| 震災は今も続いている 震災から5年を検証する はじめに 11月30日の神戸市議会本会議で笹山市長は「市外からこられたお客さんに、『震災が本当にあったんですか』とよくいわれるんですよ。」とうれしそうに答弁した。確かに、三宮を初め神戸の繁華街には、真新しいビルが立ち並び、震災当時の面影はどこにも感じられない。3万戸を数えた仮設住宅も、すべて解消した。私が住むポートアイランドでも、仮設の撤去跡地が広大に広がっている。連日のように新聞紙上を飾った「仮設の孤独死」も今では死語になってしまっている。国も「震災復興は終わった」と今年2月23日の阪神・淡路大震災復興基本法の期限切れにともなって、「対策本部」を解散した。そして、神戸市も「震災5年の検証」と銘打って、行政としての対応を正当化するための検証を行い、「もう震災は終わったのだ」と言う立場で、来年1月17日から9月にかけて神戸21世紀復興記念事業をお祭りイベントとして行うというのである。それに先立ち、この4月から生活再建本部を解散し、震災復興本部総括局も企画局となり、震災に関連した名前を持つ部局は神戸市の行政組織のなかに存在しなくなった。そして、笹山市長は3月17日の総括質疑の中で、「『震災、震災』と言いますと、『神戸はいつまでこだわっているんだ』と言われるんですよ」と答弁した。この答弁に神戸市の震災に対する姿勢が象徴されている。 ますます深刻になる被災者の生活実態 仮設から多くの被災者が、1万6千戸に及ぶ復興住宅に移転した。「震災前に住んでいた場所に帰りたい」との思いを、ほとんどの被災者は果すことができなかった。郊外かまたは工場跡の再開発地など交通事情が悪く閉鎖的な地域に多くが移り住んでいった。震災以前に長屋に住み、近所が親戚以上の付き合いをしていたお年よりの多くが、14階を超えるような超高層ビルで、厚い壁に隔離され近所づきあいも全く無いまま暮らしているのである。「誰が住んでいるのか判らない」「ベルを押しても応答が無い」「仮設で住んでいるほうがよかった」などの声が聞こえてくる。自治会の結成すらままならない状況が続いている。 神戸市によると、復興公営住宅の高齢化率は約33%で、市平均の12%をはるかに上回る。しかも、そのほとんどが低所得者で「特別家賃低減対策補助」を受けている。この制度は、最低ランクで約2万円の家賃を6000円に引き下げるもので、差額は国と自治体が補助する仕組み。被災者の適用年度で異なるが、もっとも早い人で5年目の2001年に最終期限が来る。神戸市も継続を国に要望しているが、これが切れる事になると深刻な事態になることが予想される。補助を受けているのは99年度で、市営住宅で1万1千世帯に及び、ほとんどがこの制度の適用で何とか生活の維持ができているという現状である。市の当局者も「対象の7割が高齢者。収入が増える見込みはなく、事情は厳しい」と述べている。そして、国の復興本部は2月で解散した。予算措置は震災前と同様、各省庁個別ということになれば、復興特別事業など、国を挙げての復興維持の姿勢が薄れるのは確実であり、この制度の継続が計られなければ大変なことになる。神戸市も「本部がなくなる2月までに、何とか道筋をつけたい」としていたが、まだその結論は持ち越されている。これが決着がつかない限り、復興住宅居住者の不安は増すばかりである。 しかも、上限350万円の災害援護貸付金の返済が5年間猶予されていたが今年3月には償還が始まり3%の利子が発生し、今年11月に返済期限を迎える事になり、返済できない被災者が続出する事が予想される。 また、県外被災者は5万とも10万とも言われ、1度も正確な数の報告はない。神戸市は広報希望者や生活支援金の問い合わせ者の把握で、2万人という県外被災者の数を掴んでいるだけで、公の責任としての全体調査はまったく行われなかったのである。つい先日神戸市は市外避難者へのアンケート調査を行ったが、神戸に帰りたくても帰れない被災者の実態を掴むには余りにも不充分なものだった。ある民間団体の調査によれば『戻りたいが戻れない』と答えた人が50パーセントの上ったと言う。 また、住宅を再建した被災者の実態はより深刻である。毎日新聞が、神戸のある自治会を単位としたアンケート調査で、「暮らしの再建」がどの程度進んだかを聞いたところ「再建途中」「目途が立たない」とする住民が、2割を超えた。また、住民の6割が月平均12万円の住宅ローンを返済。うち5割が「大変な負担になっている」と答えたと言う。今回のアンケートの協力者は平均年齢56歳。震災時の自宅の被害は「全壊」が7割で、「半壊」「1部損壊」を加えると9割以上が被害を受けていた。65歳以上高齢者に住宅再建の目途が立たない人が多く、生活力の弱い高齢者が復興から取り残されつつある状況が、浮き彫りになった。また住宅ローンもほとんどが震災後のものであった。そして、震災前の隣人の消息を尋ねたところ5割近くが、「同じ人が住んでいない」と答えたという。住宅を再建したくても再建する資金がなく、土地を手放さなければならなくなった被災者が非常に多かったと言うことだ。 また、住宅金融公庫が97年に実施した被災者の意識調査によれば、再建ローンを組んだ被災者の平均年齢は47.5歳。全国平均の41.1歳を上回り、2重ローンでは48.1歳だった。実際、2重ローンを抱える人は全体の5.7%に過ぎなかったが、生活費の4分1以上を返済に充ててる人は54%に上った。新たにローンを組んで住宅を再建・購入する被災者には、復興基金から利子補給があるが、ローンさえ組めない被災者への支援策は今もない。「自然災害は国の責任ではないと言うなら個人も同じ」「被災者にマイナスから出なく、せめてゼロからの再出発を」との被災者の叫びは、この国のあり方を問う声のように聞こえてくる。 被災地で広がる企業倒産と失業者の群れ 「被災地の雇用状況は、震災直後よりも悪くなっている」「いくら新規求人を開拓しても、次々失業者が現れ、追いつかない」これは県労働部の担当者の嘆きである。被災地の雇用は震災から1年をピークにして、震災復興関連の公共事業や住宅の解体などの雇用吸収によって失業率は好転の兆しを見せていた。しかし、大波のような公共事業と住宅建設は2年ほどで終了。そして、97年からの消費税アップが引き金の深刻な景気後退によって、建設関連産業に依存していた被災地経済は公共投資の反動減も重なり、98年度以降大不況に突入することとなった。神戸では現在、震災直後を上回る完全失業率は6.9%で近畿圏の失業率を1ポイントも上回る状況となっている。また、有効求人倍率は0.33と過去最悪を記録している。 また、市民1人あたりの年間収入も政令都市平均よりも100万円もしたまわる状況にある。また、中小零細企業も96年には一時持ち直したものの、97年からの不況と貸し渋りの嵐の中で98年には被災地の倒産件数は対前年の伸び率は31%と全国の倍を記録した。とりわけ95年8月の兵庫銀行、98年5月のみどり銀行の破綻で、金融不安の震源地の一つとなった被災地は、混乱に追いこまれた。更に、被災企業が瓦礫の中から立ち上がるためにかかせない資金として借りた災害復旧融資の返済が始まる最終期限が、2000年2月に迫ってきているのである。当初の3年間の据え置きで、これまで2度も延期されたが、今回は難しいのではないかと見られていた。ところが、11月24日に再度一年間の延期が認められた。しかし、9月末までの神戸市での融資件数は10108件で、融資額で1181億に上り、既に8割が返済を始めているが、現在も返済を始められないケースが約1969件にも上り、一年延ばしたとしてもこれが解決できる目途はどこにもたっていない。既に代位弁済となった融資は526件50億円にのぼる。このように、返済の据え置き期間が切れたら、爆発的な企業倒産が被災地を見舞うことだけは確実である。 また、失業対策は極めて不充分にしか行われず、特に震災を利用した大手企業の便乗リストラには行政としてなんら有効な手立てを打つことができなかった。復興基金による仕事支援事業も小遣い程度のもので生活資金確保には程遠かった。また、99年度から2000年度にかけて行われる国の緊急地域雇用特別交付金事業も、雇用期間が6ヶ月に限定され再雇用が許されない事から、6ヶ月で新たな失業者を作り出しているような事業になっている。特に神戸市では本来事業局として消化しなければならないものをこの制度に乗せ、失業対策という本来の目的と大きくかけ離れた運用が行われている。 また、神戸市は本格的な産業復興を叫び、神戸空港の建設とそれと結ぶついた医療産業都市構想を発表した。既に、その中核施設である先端医療センターの事業主体の立ち上げが終わり、また再生研の誘致も決まった。しかし、その前提は企業誘致であり、企業誘致が進まなければすべての投資(市民の税金)が消えてしまうのである。そして、企業誘致が進んだとしても、現在失業している労働者の雇用に直接結びつくような職種では全くないのである。 ボタンの掛け違いが続く震災復興区画整理・市街地再開発事業 区画整理、再開発などの都市計画は震災からわずか2ヶ月の3月17日、強行決定された。3000人を越える住民が反対の意見書を神戸市都市計画審議会に送り、500人を越える住民が傍聴を求めて市役所に押しかける中での強行決定だった。したがって、この時のボタンの掛け違いがこれら事業の進捗に大きな影響を与える事になった。特に区画整理事業では震災から5年を経過した現在でも仮換地が平均して60%程度であり、しかも仮換地が決まっても住宅を建設するには、1度仮設住宅などに移り住んで住宅を再建しなければならず、急いで住宅・生活の再建を計らなければならない震災復興対策には区画整理手法はなじまないものである事が明らかとなった。 また、震災復興市街地再開発事業も土地は常に上がりつづけるという『土地神話』に基づく事業手法であり、事業の採算性のためには十分な保留床を確保しなければならず新長田の再開発事業のように30階建てのビルを建てざる負えなくなるのである。さすがに、市長も事業の変更を検討しているようだ。バブルが既に崩壊して、土地神話が崩れているにもかかわらず市街地再開発事業で震災復興を図るということにそもそも無理があったと言う事である。 生活再建に役立たない災害被災者支援法 98年の5月15日「被災者生活再建支援法」が、国会で成立した。この法律は、市民=議員立法が下敷きとなり、日本で始めて個人の生活に公的資金を投入したものとして画期的なものである。しかし、被災地の私達にとっては極めて不満の残るものであった。支給対象に制限があり、住宅の全壊もしくは半壊で解体証明のあるものとされ、それも自宅に限られ、店舗や社屋が全壊して収入の道が閉ざされたものは対象にならず、支援は全く受けられないのである。 また、収入額による対象制限もあり、@一世帯あたりの年収が500万円以下なら100万円A年収が800万円以下で世帯主が60歳以上、あるいは年収700万円以下で世帯主が45歳以上60歳未満なら最高50万円と規定している。ただ、これは一世帯あたりの収入で、共稼ぎ世帯などでは年収が500万円を超えてしまうケースが大半だ。したがって、厳しい条件に該当するする世帯は現実には少なく、阪神淡路大震災の場合全被災者の12%しかこの制度の対象になりえなかった。 そもそも、支給の上限が100万円では、住宅の再建はおろか引越しの費用にもなり得ないのである。また、店舗や社屋を被災した中小零細企業には何らの支援もないのである。そして、住宅を自分で再建しようと言う中間所得層のとっては、すべての支援の枠から除外されているのである。 これらの矛盾を解決するため新たな立法をしようとの動きが被災地で今始まった。小田実さんが代表を務める「市民=議員立法実現推進本部」は、被災者の公的支援を強化するため、市民立法案「生活基盤回復援護法」を作成した。その法案では、支援金を国が支給するとし、被災者の生活基盤の回復は国の責務であることを明記した。年齢や収入による支給制限を止め、世帯の人数によって支給額を決めることも求めている。金額も住宅が全壊した場合最高500万円まで支給することとし、住宅が全壊していない世帯に対しても、住宅の補修や生活必需品購入のための「住居補修等資金援助金」を支給する道を開いている。また自宅に限らず店舗の被災なども対象としている。そして、住宅再建に最高2000万円の貸付も行うとしている。既に、地元での運動も始まった。議会への請願行動も開始されている。神戸市も国も「震災は終わった」との認識にたった検証を行おうとしているが、震災から5年を経過し、新たな運動に市民はもう一度立ち上がり始めている。「個人の生活には公的資金は使えない」と言う国の姿勢を変えさせた市民の全国的な運動をもう一度起こしていかなければならない。 |