最終更新日3月12日

 竜騎奮迅


 第七話





(15)


 グラベルグ闘技場で開催されている予選大会第三戦、決勝。
 一日のうちに一回戦から決勝まで行うため、決勝戦が開始されるのは大抵は夕刻前となる。
 図太い木製の檻が左右に開かれ、通路から入場してきた。闘技場の観客席からこの日一番のどよめきが起こる。
 歓声を浴びて進み出てくるのは、炎をまとったかのような真紅の竜だ。騎乗する女性竜士も、赤色が持つ威圧的な効果を知ってか、自らの装具を赤一色に揃えている。
 日没にはまだしばらくの時間があるが、その竜と竜士だけは燃えるような夕焼けを浴びているようにさえ見える。
 竜の名は、赤竜ガレルジアス。そして騎乗するのは、ドゥエトが赤き挑戦者と称した竜士・ロテティ=スゴーだった。
 ガレルジアスの敏捷な動きとロテティの華麗な槍さばきは見事に呼吸があっていた。対戦した竜士がぶつけてくる力任せの攻撃をあしらっての正確な一撃で勝利を収め、決勝にまで駒を進めている。
 彼女もまた、誰にも仕えていない浪人竜士の一人である。
 ただし、同じ浪人とはいえ、船手大将あがりのドゥエトや、部将の嫡子だったライアットよりも家柄としては上になる。胸甲にあしらわれた紅色剣仙花の紋章を見識ある者がみれば、彼女の出自はすぐに知れる。

 対するのは、過去二戦を圧倒的な強さで優勝し、今日も順当に勝ちあがってきたライアットだった。こちらはすでに闘技場内に姿を見せている。英雄竜グレーバウルの鞍上にあり、フィレルから受け取った槍を携え、いつでも飛び立てる態勢にある。
 ライアットを送り出したフィレルとトレアの二人は、闘技場の最前列に設けられた従者の待機所に入り、相手の竜の様子を伺っている。槍試合の結果が下されるまで、その場から出ることは許されない。
 
「あの竜士は、歴としたお姫様だそうですよ」
 ラナエルに対抗してか、予選大会が始まって以来、対戦相手の情報収集を怠らないフィレルが、傍らのトレアに説明した。
 せっかく情報を集めても、肝心のライアットがあまり熱心に聞いてくれないのを、少しばかり残念に思っている。そのせいもあって、つい仕入れた情報を聞かれもしないのにトレア相手に話しているのだ。
「姫様って?」
「彼女は、元はリフィベル島の東北部にあったスゴー家のお姫様なのです。フェテリアがザエリラムと長い戦さをしていた頃、ザエリラムの側面を衝いてもらうよう、使者をスゴー家に送った事もあったようです。もっとも、肝心のスゴーのほうが、エストニカと分の悪い戦争をしていて、どうにもならなかったみたいですけどね」
 そこまで言ってから、フィレルは渋い顔つきになって傍らのトレアを睨んだ。
「それはそうと、どうして貴女がここにいるのです?」
 二人とも、石切工の作業着を思わせる薄い土色の短衣に身を包んでいる。竜騎槍試合における従者の服装だった。
「いいじゃん。観客席よりも広いし、落ち着いてみられるしね」
 トレアはグレーバウルの世話係を自称しており、関係者には違いないのだが、竜騎槍試合そのものが楽しくて仕方がない様子で、試合のあるときはいつも上機嫌だった。嬉々として従者の恰好をしているのもそのせいだ。
「まったく。魔法士でもないくせに、ここにいてなんの役に立てるというのです?」
 フィレルは、ことさらに魔法士の証である左手の赤い篭手をトレアに見せつける。
「別に、魔法士じゃなきゃ従者になれないって訳じゃないんだろ?」
「そ、それはそうですが。従者になるのは槍持ちや轡取りか、さもなくば万が一の落竜時に命をお助けする魔法士のみ。竜の世話係がここまでついてくる必要はありませんからね」
「いいじゃん。固いこと言いっこなし。それにアタシだって、魔法ぐらい使えるよ」
「本当ですか」
 疑わしげにフィレルが目を向けても、トレアは平然としたものだ。
「見てな。って、ホントはあんまり他人に見せるもんじゃないんだけどもな」
 言って、トレアは胸の前で掌を向かい合わせるようにして構え、フィレルには理解できない呪文の詠唱を始めた。
 やがて、かざした掌の間にうっすらと光の球が浮かびあがった。だが、それと見ていなければ気づかないほどのささやかな輝きに過ぎず、それすらもすぐに消えてしまった。
「あちゃ。ダメか。どうも森の精霊の声が聞こえないとうまくいかないな……。な、ウチの親父とかにはこのこと内緒だからな。さっきも言ったけど、人に見せちゃいけないことになってるんだ。争いの元だってさ」
「貴女の魔法は、精霊魔法なのですね」
 トレアの魔法とやらはほとんど失敗したようなものだが、それを目の当たりにしたフィレルは、トレアの言い訳の言葉も耳に入らない様子だった。
「へえ、そういう言い方をするんだ。アタシはどっちでもいいけど」
「ですが、待機所で魔法を使わないようにしましょうね。反則行為と見なされては、御大将に迷惑を掛けますから」
「えっ、そうなんだ。もう、先に言ってよ。今の、大丈夫だったかな」
 ライアットの迷惑になったかも知れないと気づき、さすがにトレアが慌てた。
「神聖魔法の場合だったら、魔法審判士の探知に引っかかったかもしれないけど、今の精霊魔法なら問題ないでしょう。なにしろ精霊魔法は――」
 フィレルが精霊魔法の貴重さを説明しかけた瞬間、再び津波のような歓声が周囲からわき起こり、二人の会話を押し流した。
 グレーバウルとガレルジアス、二騎の竜が同時に羽ばたきをはじめたのだ。相次いで宙へと舞い上がる。
 闘技場の観客席の最上段より高度をとるまでは、試合開始の太鼓が鳴ることはない。しかしながら第一撃をかける際に優位な位置を占めておこうと、互いにらせんを描きながら、間合いを計り、競い合うように上昇していく。
「考えてみりゃ、ライアットが女とやりあうのを見るのは初めてだな」
 トレアは改めて視線を鞍上のライアットと、彼に向かい合う赤竜の竜士を見上げた。その目はこれから展開される真剣勝負への期待に輝いている。
 どうやら他ならぬトレア自身が、初対面でライアットに気合い負けして降参した事はとりあえず別問題であるらしい。
「ですが御大将は、相手が女だからと言って、油断される方ではございません」
「なあ、ライアットは女を殴れるヤツか?」
 フィレルがむっとした顔になって首を振る。
「御大将は、そのような非道な方ではありません!」
「じゃあ、まずいことはないか。今からやろうとしてるのは、まさしくそういう事なんだろ」
「それは……」
 しばし言いよどんでから、フィレルは心を決めたのかきっぱりと応える。
「御大将がどのような判断をなされても、私はそれに付いていくだけです」
「ふうん」
 からかい口調のトレアは、そう言い切られてしまうと言葉の接ぎ穂を失って黙り込んでしまった。

 三合目までは、まったく互角の勝負だった。
 同高度ですれ違うたびに互いの槍が繰り出されるが、どちらも相手の身体にかすりもせず、槍同士を絡め合っただけで行き違う。
 その度に、貧富の差を問わない観衆によって埋め尽くされた闘技場の観客席からは、地鳴りのようなどよめきと歓声が起こる。
 二戦連勝のライアットが賭け率から言えば一番人気なのだろうが、中には番狂わせを信じてロテティに賭けている者もいるらしい。両者に対して送られる声援もいまや常軌を逸した悲鳴になりつつある。
 ライアットはこれまでほとんどの試合において、三合までにはだいたい勝敗を決している。彼の突き出す剛槍を三回以上凌げる竜士はまずいなかった。
 それだけロテティの技量が並々ならぬものと思われるだけに、観客の不安と期待も高まっていくのだ。
 そんな中にあって、一見すると苦戦を強いられているように観衆の目に映るライアットには、実はまだ余裕があった。
 確かに手強いが、昨年のアグレスと相対したときに感じたような恐怖はわき起こってこない。
「考えていた以上にたいした力量だが、所詮は女の細腕。そろそろ決めてやらねば可哀相だ。いくぞ、グレーバウル」
「承知した」
 緩やかに旋回しながら上昇していたグレーバウルが、ライアットに横腹を軽く蹴られて合図を受けた瞬間、一気に翼に力をみなぎらせて降下する。
 ライアットの目には、対向してくる赤竜と鞍上のロテティの姿しか映っていない。ぐんぐんと迫ってくる地上への激突など、全く恐れてはいない。
 赤い竜の姿がたちまち大きくなる。
 ライアットが右腕で構えた槍を繰り出した。竜の行き足に突き出す速度が重ねられた結果、目にも止まらぬ一撃がまともにロテティの胸甲を突いた。
 彼女もほぼ同時に槍を振るっていた。しかし、上昇しながらの窮屈な態勢であったこともあり、その速度は一段劣っていた。
 ロテティが突き出した槍の先端が狙いを定めたライアットの胸甲に届く前に、自分の胸に強烈な衝撃を受けていた。竜騎槍の先端に分厚い覆いが装着されていなければ、金属製の胸甲といえどぶち抜かれ、背中まで串刺しになっていたかも知れない。
 そんな打撃を受けながら、攻撃が決まるはずもない。ロテティの槍が描いた軌跡は、意図した線から外れ、空しく空を切っていた。
「ぐうっ!」
 ロテティがもらした苦しげなうめき声が風に乗り、ライアットの耳にもかすかに届いた。
 だが、それで彼が動きをとめることはしない。
 槍を繰り出した瞬間には、ライアットの腕は、すでに槍を引く動作に入っていた。
 槍を衝いたまま腕を伸ばしていると、相手の身体に槍がからみ、自分が巻き添えで引きずり落とされかねないからだ。ノードの岩山でグレーバウルと共にあきるほど繰り返した鍛錬の成果が、この引き手の速さにも表れていた。
 もっとも、それを誇る時間はない。すさまじい速度で逆落としに突っ込んだライアットの眼前に、闘技場の観客席が迫っていた。
 観衆が右往左往している様すらはっきりと見て取れるほどに、グレーバウルの高度は下がっている。
「こらえろっ」
「言われるまでもないっ!」
 グレーバウルが首をもたげ、翼を大きく羽ばたかせる。
 地面に叩きつけられる寸前、降下速度をようやくにして殺し、突風を四方に吹き上げながら上昇に転じる。
「今のでケリがついたと思うが……?」
 顔を上げ、自分が仕留めた筈のロテティの姿を探したライアットの全身に緊張が走った。
 なんと、先ほどの一撃で鞍からはじき飛ばされたロテティが、空から落ちてくるところだったのだ。ガレルジアスのほうは懸命な羽ばたきでなんとか態勢を立て直しているが、翼を持たない人間は一度落竜してしまえばそれまでだ。
 高い位置で交錯したことでロテティの身体には落下にかなり加速がついている。下手な魔法士の浮遊魔法では、勢いを止めることは出来そうもない。
「受け止められるか」
 ライアットと同じ考えに同時に至ったらしいグレーバウルが訊ねた。
「やってみる」
 右手首に巻いた槍をつなぎ止める綱をほどいている暇はない。竜騎槍を右脇に抱え込むようにしてから手綱を鞍の前縁にある輪に引っかける。
 グレーバウルは空中で羽ばたきながら一点にとどまる。並みの竜に出来る芸当ではない。そして、その鞍上でライアットは腕を広げた。息を吸い込み、落ちてくるロテティを待ちかまえる。
 フェテリアとエストニカの竜士として実戦を経験し、竜騎槍試合も数知れずこなしてきたが、落下してくる人間を受け止めようと試みるのは今回が初めてだった。
 上手くいってくれ。祈るような気分でライアットは内心でそう呟いた。

(16)


 気づいたときは、ひどい吐き気にうんざりとした。
 身体を起こして、胸から肩、さらには背中にかけて嫌になるほどの痛みが走って、思わず声が漏れた。
「おお。お目覚めになられた」
「ご気分はいかがですかな」
 ロテティは自分が控え室の長椅子に横たえられていて、その周りに従者や魔法士が集まっていることに気づいた。
 思わず、自分の身体にかけられた毛布を自らめくりあげて、身体の下半分がきちんとついているか確かめてしまう。途端に、落竜する寸前の光景が脳裏をよぎった。
(……生きて、いる)
 頭を振りながら、改めて背筋を伸ばしたロテティは、げっそりとした表情で、自分の従者である魔法士・ガルプに目を向けた。頭からすっぽりと暗色のローブをかぶった彼の腰は曲がり、長い眉がただでさえ皺に埋もれた目の在処をを覆い隠している。
「気分か。最低だな。けど、生きているだけマシというものか。感謝する」
 口には出さなかったが、あの高さからあれだけの勢いで落ちたのをよく止め切れたものだと、自分の魔法士を見直していた。
 見た目こそいっぱしの魔法使いに見えるが、老境に入って久しいガルプは、生まれついての魔法使いではない。
 資質を見込まれて鍛錬をはじめたのは、既に人生を半ば過ぎてからのことだ。
 本式の魔法使いの一族では、後継者を物心つく前から鍛えはじめることも多くないと言われる。若いうちに仕込まねば役に立たないというのが通説だ。
 元々はスゴー家の使用人の一人に過ぎなかったにも関わらず、ロテティが竜騎槍試合に出る為に、曲がりなりにも浮遊の魔法を使えるように修練を重ねたのだ。その甲斐あって、魔法士の資格を取得できたガルプは誉められて良い。
 凄まじい突きを喰らった瞬間に意識を失っていたロテティには確証はないが、胸に残る痛みは、ライアットの凄まじい突きによるものだけだろう。ガルプが自分の身体を羽毛のように舞い降りさせてくれなければ、あの高さから落竜して生きているはずもない。
 だが、ロテティの感謝に困惑するように、老魔法士は大きく首を振った。
「恐れながら……。御身を止めたのは私ではございませぬ」
「ほう。では敵方の魔法士が情けをかけたとでも?」
「いえ。ライアット殿が自ら、騎竜したまま御身を受け止めたのです」
「なんだと。そんな……。なぜだ」
 倒した相手を受け止めて助けるなど、聞いたことがない。今度はロテティが困惑する番だった。
「ご当人に直接お聞きになってはいかがですかな? 我等にも推察しかねる事ゆえ」
「なに?」
 ロテティは意外なことを口にしたガルプの顔をまじまじと見つめた。周囲を取り巻いていた従者達も一様に頷いていた。
「なにか思惑がありそうだな」
「ライアット殿はエストニカを逐われた浪人竜士ながら、その剛勇はかつてフェテリアの竜士時代からリムギア大陸全土に轟き、まさに比類ありませぬ」
「言われずとも判っている。ただの名声だけでなく、その実力もな。それはこの身をもってよく知った。それで?」
 重く残る突きの感触を思い起こすように、胸に手をあてたロテティが続きを促す。
「はっ。恐れながら、ライアット殿を味方に引き入れることが出来れば、大きな力となりましょう」
「スゴー家再興の為、か。だがそれも、私がライアットに勝てないのでは意味がない」
 ロテティは悔しげな声を出し、毛布を握りしめた。
 スゴー家再興。
 それだけが、ロテティが竜騎槍試合に参加し続けている理由だった。竜騎槍試合に優勝して正竜士として領主に任じられること。たとえそれがスゴーの旧領でなくとも構わない。ともかく領地さえ手に入れば、旧臣をいくらかなりとも養える。
 そして力を蓄え、かつて彼等が収めていたリフィベル島北東部の二つの街、ウェリンとアイフォンを奪還するのだ。
 リフィベル島を統一したエストニカ王国を相手の戦争となるだろう。だが、それ以外に自分達に未来はない。ロテティはそう思い定めていたし、今なお自分に付き従ってくれる旧臣達の思いも同様であるはずだった。
 竜士としての才能を持ち合わせ、スゴー家当主代々の乗竜であった赤竜ガレルジアスを乗りこなせるのは、もはやロテティ以外にはいないのだ。
 しかし、ライアットの強さは桁外れだった。彼には到底勝てない。そして彼に勝てなければ、たとえ予選大会を通過できたとしても、全国大会で優勝することはできない。
「ともかく、会ってみることだな。命を助けられた礼はしておかねばならん。味方に引き入れる、などという高望みはすべきではないだろう」
 大儀そうにロテティは長椅子から足を降ろし、腰を浮かせた。まだ足下が少しふらついている。

(17)


 いつものように、竜騎槍試合が終わった後、ライアット達三人は宿屋の酒場で宴席を設けていた。今回は、メルルドの街以来、顔をみせていなかったラナエルも同席している。彼はライアットに朗報をもたらしていた。
「アグレスが全国大会への参加を決めたようです」
 麦酒で唇を湿らせたラナエルが、静かな口調で告げた。
 その言葉を聞いただけでは彼が単に情報をあつめてきただけのようにしか聞こえない。だがその裏では、アグレスを引っぱり出すべく世間の風評を誘導する為の、地道な流言工作を行っていた。
 ラナエルはその事をライアットに告げるつもりはなかった。生真面目なライアットはそのような行為を好まないと判っていたからだ。
「そうか、それで懸案の一つが消えた」
 事情を知らぬライアットは素直に喜びの表情を見せた。隣でフィレルも目を細め、嬉しそうにライアットの横顔を見つめている。
 あとは、ライアット自身が全国大会へと出場できるかどうか、だけが問題だった。
「これで三勝目だろ。いくらなんでも、これだけ勝っておけば文句ないんだろ?」
 一番はしゃいでいるのはトレアだった。酒も入っていて、声が大きい。
「そうだな」
 勢い込むトレアとは対照的に、ライアットの返事はおざなりなものだった。
「どうしたよ、元気ないな」
「御大将は、貴女のように浮かれる気分にはならないのですよ」
「なんでアンタが判る?」
「判りますとも。幼少の頃より、私は御大将と寝食を共にしてきたのですから」
 こうやってトレアとフィレルが口論を始めるのも、もはや見慣れた光景となっていた。それに水を差すように、ライアットがぼそりと呟いた。
「恐らく、決勝には進出出来るだろう」
 つかみ合い寸前のところまで行っていたフィレル達の動きが止まる。互いにぽかんとした顔を見合わせて言葉を失う。
 このように、自信ありげな事を口にするのは、ライアットにしては実に珍しいことなのだ。
 その剛力のせいで性格も豪放に思われがちだが、元来は慎重な男なのだと言える。流言が原因で准竜士の地位を失う羽目になった時の経験も加わって、一層普段は寡黙になっている。
 もっとも、根拠のない自信だけで、ライアットが強気の台詞を言い放った訳ではない。
 エストニカの竜士であれば、正竜士であろうと准竜士であろうと、だいたいの実力は把握している。不覚をとることはないだろう、とライアットは確信している。
 そしてそれ以上に重要な要素もある。幸か不幸か、昨年までリムギア大陸全土から集っていた浪人竜士の多くが、ジスチャード諸島への遠征を企図するザエリラム連邦の徴募に応じて不参加、という事情があるのだ。
「これからは出場することよりも、アグレスに勝つことを考えずにはおれなくなった」
「アグレスって、そんなに強いの?」
 無意識のうちに居住まいを正すトレアが訊ねる。
「当然ではないですか。御大将を破ったほどの実力ですよ。ですが次は負けるはずがありません」
 フィレルが、自分が侮辱されたかのように熱弁を振るう。
「次、か……。本当の戦場であれば、次などある筈がなかったのだ」
 アグレスの竜騎槍にたたき落とされたとはいえ、槍先に覆いがついていなくともアグレスに突きを許した訳ではない。だが、戦場での落竜は、それを受け止める魔法士がいたとしても命の危険に変わりはない。
 敵陣深くに切り込んで縦横に暴れる竜士を仕留めることは、地上の将兵にとっては最高の手柄となる。竜士が竜から落ちれば、たとえ墜落死しなくとも四方八方から敵に攻め立てられ、なぶり殺しにあう羽目になる。
 竜騎槍試合だったからこそ、再戦の機会もあるのだ。その事を思うと、ライアットとしては単純に勢い込む気になれなくなる。
 その複雑な思いを一番敏感に察したのは、やはり同じ竜士でもあるラナエルだった。
「しかしまあ、まずは戦勝を喜び合うべきでしょう」
 言いつつ、ラナエルは如才なくライアットの酒器に酌をする。ライアットも気を取り直して酒器に満たされた麦酒を一気に飲み干す。
 その後は、しばし互いに酒器を傾けあって歓談する。話題は自然と、フェテリアの竜士隊で共に闘った時代のものとなる。
 ライアット達の時代は、既にザエリラムが攻勢を強めており、フェテリアは防戦一方に回る苦しいものとなっており、本当の意味でフェテリア竜士隊の栄光を知っている訳ではない。
 それでも、二人にとってはあの青春を過ごした日々こそが、人生の中でもっとも輝かしい時間だったのだ。
「今頃、フェテリアのお城はどうなっているのでしょうね」
 物心ついた頃からライアットの姿を見続けてきたフィレルも感慨深げで、うっすらと目に涙さえ浮かべて思いを馳せている。
 この場の中で唯一フェテリア王国を知らないトレアだけが、話題に入れずに黙っている。が、それでもライアットの昔の話には興味があるらしく、文句も言わずに聞き入っている。
「いつか戻れる時が来るだろうか」
 思わず、そんな言葉がライアットの口をついて出ていた。
「それはライアット殿の心次第かと」
「その気になれば、まあ、ただ見に行くだけのことならば出来る。しかし恐らくは城も荒れ果て、フェテリアの民も今やザエリラムの統治下で日常を過ごしているだけだろう。そんなところへ足を運んだところで――」
 ライアットの言葉は中途で途切れた。近づいてくる人の気配に気づいたからだ。
「おう。これはロテティ=スゴー殿か」
「ライアット=ベラルハール殿、見事な槍さばきでございました。優勝、おめでとうございます」
 ロテティは硬い表情で頭を下げた。胸甲こそつけていないが、真紅の竜士服を身にまとったままの姿だ。
 間近で顔を見るのは初めての経験だが、盛装すればそれなりに見栄えのする面立ちだろう、とライアットはなんとなく思った。スゴー王家の継承者だけに、自然な高貴さがその立ち振る舞いひとつからでも伺える。
「貴女もなかなかの使い手でした。本大会に参加する竜士が皆、貴女のような手練れであれば、先が思いやられるというものです」
 今は同じ浪人の身の上とはいえ、相手は王家の血筋だ。ライアットの口調は丁寧なものになる。
「ご謙遜を。それよりも、我が魔法士・ガルプの言によれば、私の身体を受け止めて命を助けていただいたとか。感謝いたします」
 そういって再び頭を下げながらも、ロテティの表情は警戒とも緊張ともつかぬこわばりが消えない。
「戦場ならばともかく、槍試合で命を落とすのは誰にとっても不本意でしょうから。……そう固くなられると、こちらも身の置き所がないのですが」
「なぜ助けていただけたのか、それをお伺いしたく参上しました。わたしが女だからか、それとも、スゴー家の当主だから……」
 思い詰めたような目で、そんな問いを向けてくる。
「理由……、そういわれても、特にないとしかお答え出来ないが」
「なっ?」
「見上げたら、貴公が落ちてきたのです。受け止めない訳にもいきません」
「それだけ、ですか?」
「他に理由があるとお思いか」
「いや……」
 ロテティは唇を噛み、首を振った。そして顔を上げると、三つ折りにした紙をライアットの前に滑らせた。
「戦勝祝いの席に無粋とは思いますが、ライアット殿は、このようなものを受け取ってはおられませぬか」
「これは?」
 ライアットがロテティに目で促されて紙を開く。ザエリラム連邦から発せられた、浪人竜士を雇い入れる旨をしたためた書簡だった。
「先日、私の元に届いたものです。浪人者に対しては手当たり次第の様子。それどころかエストニカに召し抱えられている准竜士の中にすら、他家から仕官した者には密かに出回っているとの噂もあります」
 もし届いているのであれば、存念を聞かせていただきたい、とロテティは言う。
「俺のところに、このような手紙が来るはずがないですが」
 苦い表情を浮かべながら、ライアットは書簡を押し返す。
「それは、なにゆえ」
 彼女の問いに答えたのはライアット自身ではなく、二人のやりとりを歯がゆそうな表情で伺っていたフィレルだった。
「ご存じありませんか、ロテティ様。我が御大将は、ザエリラムとの戦役において、敵方の竜士だけでも三十名は倒しております。死傷させた兵士の数は恐らく千余に達するものと。いかに御大将の武勇を認めようと、ザエリラムが御大将を召し抱える筈がございません」
 まくしたてるフィレルを、ライアットが困惑した顔でたしなめる。
「控えろ、フィレル。らしくもないぞ」
「はっ、出過ぎた事を申し上げました」
 ようやく、我に返ったフィレルが慌てて顔を伏せる。それをみて、ロテティも気まずそうな顔で手を振った。
「いや、これは確かに無粋なことをおたずねした」
 場の空気が妙になった事を察し、ライアットは軽く咳払いをしてから話を戻した。
「時に、ロテティ殿はザエリラムの招きを受けるおつもりか」
 ロテティは周囲を見回し、人の目がないことを確かめてから静かに首を振った。
「いえ。我等には、大望がありますので」
「ほう。大望とは?」
「言うまでもないこと。スゴー家の再興こそ、私の……、いや、私だけでなく、付き従ってくれる郎党全ての、唯一の望み。ザエリラムに雇われて使い潰される訳にはいきません」
 全国大会で優勝して領地を得ることがその手始めとなる、というロテティ達の秘策を知らないライアットは、その言葉の奥に隠された思いにまでは気が回らなかった。
 ただ単純に、その純粋な思いに胸を打たれていた。
「なるほど。これは、こちらこそ不躾な問いをしてしまったようです。お許し下さい。……今のこの身は、ザエリラムの領内に足を踏み入れることもままならず、父母の墓にぬかずくことさえかないません。その一念、羨ましい限りです」
 ライアットはまぶしげにロテティの顔を見つめた。穏やかな口調とはいえ、その言葉の内容はかなりきわどい。スゴー家の再興とはすなわち、エストニカに対する反逆に他ならないのだから。浪人の境遇でなければ、その言質をとられただけで処罰されかねない。
 裏を返せば、ライアットにとってエストニカに対する忠誠心がその程度のものでしかないことも表していると言えよう。
「なんの。誉められるほどのことでは。王家の、血筋なれば……」
 ロテティが頬を赤らめてうつむいた。
「御家再興、か……。ラナエル、どう思う?」
 その様子に気づかず、ライアットはそれまで無言でロテティとのやりとりを聞いていたラナエルに意見を求めた。
「フェテリアの再興にございますか。もし、ライアット殿が立たれるというのであれば、拙者は一も二もなくお供つかまつりますが」
「俺はスゴー家の再興の可能性を聞いたつもりだったのだがな。まあ、我等がもし仮にフェテリア再興の為に立ち上がるとるするならば、宗家の血を引く貴公を大将として押し立てることになるのかな」
 ラナエルは頭を振りながら小さく笑った。
「お戯れを。ライアット殿を頭に戴かずして、なんの御家再興ですか。ライアットの武勇あればこそ、かつてのフェテリアの家臣もはせ参じましょう」
「ふむ……」
 日頃ひょうひょうとしたラナエルにも、フェテリアに対する熱い思いが宿っていることに、ライアットは感動もし、また同時に困惑もしていた。
 それは、戦乱の時代が収まった今、一国に対して戦争を仕掛ける事に対しての無謀さへの懸念だった。
 自然と、ロテティに向け、忠告めいた言葉を口にする。
「ただ、今のエストニカ相手に戦さを仕掛けても、勝てるものではないですぞ。我等フェテリアの旧臣がザエリラムに刃向かってもまた同じ事かと」
 ロテティは、何度か口を開き、なにかを言いたげな表情になったが、うまく言葉に出来ない様子で、しばし沈黙してしまった。
 ライアットは特に返事を促すこともなく、自分の酒器に向き合う。
 やがて、ロテティが改めて言葉を発した。
「……実は、貴殿を同志として迎えたかったのです」
「俺を?」
 驚くライアットに、ロテティがこくりとうなずく。
「一騎当千の強者とは、まさしくライアット殿のこと。貴殿が我等と共に戦ってくれるのであれば、あるいは勝ちの目も出るのではないかと考えておりました」
「……」
「ですが、あきらめました」
 ロテティは吹っ切れたような爽やかな笑みを浮かべた。
「俺はまだなにも返事を……」
「よいのです。少なくとも全国大会が終わるまでは、この話は無しにしましょう。ご武運をお祈りしております」
 宴席の邪魔をして申し訳ありませんでした。とロテティは深々と頭を下げ、酒場の店員に上等の酒を数本注文してライアット達の席に届けるように告げ、去っていった。

「あの姫さん、ライアットに惚れたね」
 訳知り顔でトレアが小声でささやく。その横でちびちびと酒器に口を付けていたフィレルが激しくむせた。
「なっ、なにを馬鹿なことを」
「いや。間違いないね。あの眼を見りゃ判るよ」
 トレアの楽しげな言葉に対し、押し殺した小さな声で、フィレルが反論する。
「そのようなことがあるはずが。ロテティ様は御大将の比類無き強さを認めただけです。第一、ロテティ様にとって、御大将は優勝を阻まれた憎い相手ですよ」
「だけど、危うく死にかかったところを逆に命を助けられてるからな。惚れてもおかしくないだろ」
「そっ、それをいうなら、トレア。貴女も御大将に、その、恋心を……」
「なにっ? なんで」
 どもりながらのフィレルの言葉に、今度はトレアが泡を食った。
「忘れたとは言わせませんよ。御大将を弓矢で狙いながら、御大将の慈悲によって命を救われたことを。その理屈で言えば、貴女も」
「それはなあ……」
 二人とも真っ赤になってしまい、それ以上の言葉が出なくなる。

「なかなかに、ライアット殿も大変でございますな」
 二人のやりとりをしっかり聞いていたらしく、我関せずの口調で小さく呟き、ラナエルが酒器をあおった。

 第八話に続く

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 作者メモ(その7)

 三回目の酒場のシーン。繰り返しになっているので改良の余地有り。
 全八話を予定していたが、一話増える可能性も。あと三〇KBほどでおさまるだろうか。
 一話二シーン構成が崩れた。別にそうである意味はないので、一話からシーンの番号を打ち直すべきかも。切るべきところをきっていないところもあるので。