凶気のノブレス・オブリージュ

――エヴァパロディ小説分析に至る途




 本稿は、98年6月の拙作『虚栄のエヴァ』発表後一週間近く経過してから勃発した、いわゆる”6月危機”の後遺症が一応の治癒をみせ、本来の攻撃的性向が再燃した時期に書かれている。当時はまだ”エヴァ小説”の構造分析関してにただならぬこだわりを持ち、また同時期にその存在が騒がれていた「エヴァ小説の批評・ランキング」に対する感情的な嫌悪感が前面に押し出されている。為に、不快感を覚える向きもあろうかと思われるが、感情が先走った結果だとご容赦いただきたい。

(1999年1月6日改編にあたって)



 ”ど素人の、ど素人による、ど素人の為の”エヴァパロディ小説。
 紹介や批評という言葉を安易に使うと、途端に私見が偏見と化し、本音と建前が”ダブルスタンダード”という横文字で否定され、結果、奇怪な「ためにする議論」が延々と続く羽目になる。

 その原因は、指標を直感的な判断に頼っているからである。いや、好き嫌いは条理を超えたところにあるというのは事実であるが、仮にエヴァパロディ小説作品群に序列をつけるのであれば、その基準は厳格に規定され、正しく運用されていなければならない。
 その場合、問題となるのは基準の偏向であり、それがすなわち「独断と偏見」の根拠として示すことにつながる。
 LASにはLASの、本編補完には本編補完の、それぞれの好みに応じた判断基準を規定することで、各人が容易に序列づけを行えるようにすることが、本コーナーの主旨である。
 分析はいずれ批評の体裁をとるであろう。ここでは、ただの序列から批評に至るまでの途を、私自身が皆様のご教示を受けながら、己の観察眼を高めていきたいと考えている。


エヴァ小説用スコアリングシート




スコアリングシート(ver1.0)
項目
過去執筆作品数 5以上 22 17 2〜3 12 初作品
サイズ 連載の完結編 14 長篇読み切り(31KB以上)、あるいは連載の中途作 10 中編(30〜16KB) 短編(5〜15KB)
誤字・脱字・誤用等
(テキストファイル15キロバイトあたり)
0箇所 15 1箇所 11 2箇所 3箇所
ジャンル 本編を一から独自の視点で再構成する補完型 17 本編24話の続き、あるいは学園系と本編系の統合型 14 学園エヴァ キャラだけエヴァ
オリジナルキャラクタ 使用せず 12 ストーリーに関係しない、端役にのみ使用 ある程度ストーリーに関わる脇役として使用 メインとして使用
山(クライマックス) ラストに向けて盛り上がるべく、伏線が張られている ストーリーの展開上、一応存在する 終始平板

落ち(ラスト。連載の場合は次回への引き) 伏線が全て消化され、破綻することなく大団円を迎える 12 お約束を守った、安心できる終わり方 一応、ストーリー展開上納得の行く終わり方 落ちていない
意味(テーマ) エヴァ本編の謎・未消化部分を独自解釈で展開する 自分が本来訴えたかった事柄を、エヴァ小説という体裁で表現 キャラクタ同士の相思相愛(LAS等) 不明
視点 3人称・視点揺れ無し 12 1人称 3人称・視点揺れあり ト書き型、小説の体裁を為していない

合計
100
75
50
25


 採点方法
(あ〜け)の項目の
合計点数
配点(星の数)
100 10
99〜95
94〜90
89〜85
84〜80
79〜75
74〜70
69〜65
64〜60
59〜55

 ※スコアリングシートの合計点数が54点以下の場合は評価の対象外とする。

 ただし、このスコアリングシートは、たたき台として提示してあるだけで、実用性は無い。星10個を獲得するような作品が一体どんな代物なのか、想像していただければすぐにその実用性のなさは理解できよう。いかに優れた作品であっても、それが気鋭の新人の初作品であるというだけで、星は10個にならない。本来ならば時間と手間をかけ、項目および配点のバランスを慎重に計る必要がある。

 もちろん、「Aという作品は、台詞回しの軽妙さが面白くて好き、Bという作品は本編後半の絶望感を文章で見事に再現していることを最大限に評価したい」といった、評価の基準がまったく違う場合があって当然である。
 だからこそ、もし仮に「AとB、どちらが面白いか」という問いに答えを出すためには、こういうシステマティックな解法が不可欠になる。逆に言えば、自分は何を面白いと感じるのか、という問いかけでもある。これに対して「なんとなく、直感的・感覚的に」としか応えられないようなら、そもそもこんな序列をつけるというやり口自体が間違っているのである。
 この方法自体は決して間違っていない、と断言できると思う。間違っているとすれば、採点項目と配点バランスである。各個人が自分自身のスコアリングシートを作り、好きな作品群を評価して、その序列が感覚的な序列と等しくなるならば、その人は自分の趣向を正しく理解していると言うことになろう。



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