初出:1997年6月21日
NEON
GENESIS
EVANGELION
SUPPLEMENT EPISODE:02
Through hardship to the stars.
1.歴史的事実、その壱
一九四六年三月一〇日――東京湾
砲声は遠雷のような残響を残し、周囲へと広がっていく。春の訪れを感じさせる熱のこもった陽光を浴びて輝く海面に浮かぶフネ。船体上部から突き出した九本の円筒の幾つかからは、白煙がたなびいている。それは傾斜した煙突のように見えなくもないが、その意味するところは大違いだ。
戦艦『イリノイ』。コロネット作戦に間に合わせるために昼夜兼行の突貫工事が続けられたアイオワ級五番艦は、ようやくその力の一部を発揮しようとしていた。
「あのモンスター――ヤマトがキイ半島沖で沈んだと聞いたときはがっかりしたが」
昼戦艦橋で双眼鏡を構える艦長の言葉に、取り巻く幕僚がしみじみと頷いた。
「もう、せっかくの16インチ砲を向けるべき戦艦は、ジャップは一隻たりとも持ってはいませんからね」
最大時で十二隻存在していた日本の戦艦は、一九四五年八月十五日に『大和』が紀伊沖で航空攻撃により沈没、一〇月二十八日には最後の戦艦『長門』が呉で空襲を受け、大破着底した結果全滅した。今やアイオワ級の役目は、日本中に艦砲射撃をして回る以外にない。
「陸の連中は、随分手を焼いているようです」
「あぁ。同情するよ。あのクレイジーなジャップと正面切ってやりあうなんて、考えたくもない」
艦長の顔は、言葉の内容とは裏腹に呑気なものだった。このフネが半世紀以上を経て、同じ場所で眠りにつくことなど、想像できるはずもなかった。
2.一休み
Xdayマイナス九一日――新横須賀
第一護衛隊群所属『いそなみ』級護衛艦三番艦『あやなみ』が、新横須賀港に帰港し、任務を解かれたのは、深夜、午後十一時過ぎのことだった。マラッカ海峡での戦闘から十日が経過していた。
泥縄的に追加された特別規定により、海外派遣を終えた艦の乗組員は、一週間の休暇が与えられる。とはいえ、一週間丸々休みになるわけではない。最初の一日こそ全舷上陸によって、全員にとっての休暇になる。が、後の六日は、二組に分かれての半舷上陸となる。次回の任務に向けての保守整備、及び燃料弾薬食料その他の補給を行わねばならないからだった。
『あやなみ』搭載のMH−7Jヘリのパイロット、生駒チカゲ一尉は後期組だった。最初の一日、彼女は新横須賀の独身女性用官舎で溶けたように眠って過ごした。年に一度の邂逅を心待ちにする織姫の如き思いを抱いていた休暇だったが、とても何か積極的な事をしようという気力が湧かなかった。全ての楽しみは三日後の半舷上陸まで持ち越しとなった。
それからの三日間は、どうにも苦痛を伴う時間だった。なにかどうしてもこなさねばならない仕事などなく、運び込まれる荷物を運んだり、ヘリの整備スケジュールについて整備員と打ち合わせを行ったりと、雑事が続いた。軍隊に付き物の『急いで待て』の状態である。
そして待望の半舷上陸の日。官舎に一旦戻った生駒は、はたと考え込んでしまった。
(これから何をしようか?)
余りに楽しんでしまうと、二度とここに帰ってこられないのではないか、そんな不安が胸をよぎったのだった。
途端に勢い込んでいた気持ちが沈んだ。三日後には再び海に出なければならないと言うのに。いや、だからこそ、というべきか。
独りでいるから気が滅入るのだ、とりあえずそう判断した彼女は、同期や後輩の女性隊員を訪ねて官舎の中をうろついた。あまり戦果は上がらなかった。多くの隊員を遊ばせておくほど、自衛隊は暇なところではない。
仕方なく、生駒はある決意を込めて、隣接する独身男性用官舎へと続くゲートを抜けた。男性側から女性側へと抜けるには、恐ろしいまでの審査を必要とされるが(独身男性隊員達は両者の敷地を隔てるフェンスをベルリンの壁、あるいは万里の長城と呼んでいた。生駒はジェリコの壁という表現が好きだった)、反対側はそれほどでもない。
案の定というべきか、目当ての人物は部屋で爆睡の最中にあった。
「真崎一曹、これから飲みに行かない?」
「なんで俺なんすか?」
真崎がはれぼったい目を擦りながら言う。
「どうも貴男とは腐れ縁になりそうだからよ。お互いのこと、良く知っとかないとね。それに独りで行くと、あまりいいことなさそうな予感がするのよ」
真崎と組んで飛んだのは、前回の護衛任務が始めてだった。その際、なるべく機体を空に上げておくべく、三人のパイロットと四人の後席員が『あやなみ』に乗り込んだ。が、遠洋護衛任務が終了した今、生駒と真崎以外は『あやなみ』勤務を解かれている。つまり、これから先は、基本的に常に二人で組むことになる。
「しかし……」
珍しく戸惑う真崎。生駒にはその理由がすぐに判った。
「心配しないで。払いは私が持つから。それにどうせ、大したところに行く訳じゃないし」
「はあ」
真崎はいぶかしりながらも結局は生駒の後をついてきた。
二人が向かったのは、新横須賀のどこにでもあるような、変哲もないバーであった。生駒も特に常連という訳でもないが、自衛官が比較的顔を出す場所である。理由は実に単純で、退役自衛官が経営しているからだった。
扉を開ける前、生駒は冗談めかして真崎の肘に腕を絡ませた。真崎は真っ赤になってそれを振り払う。
その慌てぶりが余りにも滑稽だったので、生駒は腹を抱えて笑った。
「思ったより、純情なんだ」
「冗談じゃないっす。酒も呑まない内に酔っぱらう人なんて、初めて見ました」
「……冷めてるのね」
生駒の顔に張り付いた薄っぺらな陽気さがはがれおち、沈痛な表情が剥き出しになった。
「は?」
「三日後には、また私達は海に出るのよ。ここでこんな事してていいのかって思わない?」
「誘ったのは生駒一尉のほうじゃないっすか?」
「……そうね。でも、……ああもう。とにかく呑みましょ。話はそれから」
生駒は力を込めて扉を開けた。首を竦めるようにして真崎が後に続く。彼の存在を無視するように、生駒はさっさとカウンターについた。
真崎は戸惑っているようだった。
「なにしてるの?」
「あ、いえ」
真崎は何故か席を一つ隔てたところに座った。
「もう、何してるのよ。他のお客さんに迷惑でしょ」
生駒はそう言いながら席を詰めた。
「なんにする?」
「……全然判らないっす」
「まぁ、仕方ないか」
生駒はバーテンに、ワイルドターキーを注文した。自分の分として、特製カクテルも頼む。
真崎は、一口飲んで、目を白黒させた。
「男なんだから、これくらい行っときなさい!」
生駒がくすくすと笑う。アルコール度数五十を誇るターキーをそのままで飲めば、当然といえるリアクションだった。どうやら真崎は酒には強くても、もっぱらビール党だったらしい。飲み方が良く判っていない。
「どう、美味しい?」
碧色をした特製カクテルで口元を湿らせた生駒が聞く。
「はぁ、良く判らんです」
「美味しいと思えるようになるまでぐっと行きなさい」
生駒はそう言いながら、真崎のグラスに氷を放り込んでやった。真崎はぺこりと頷いて、再びぐいとあおった。大きく息を吐く。
「うん、いい飲みっぷり」
出入り口の扉が開き、扉の端に付けられていた鈴が軽い音を立てた。
「生駒一尉。これ高いお酒と違うんですか?」
「気にしない気にしない。ほら、もっと飲んでよ」
「はぁ……」
「ん、随分と盛り上がっているじゃないか?」
不意に、後ろから声を掛けられた。最初、生駒はそれが自分に向けられた言葉だとは思わなかった。彼女はそれほど自分と真崎とのやりとりが楽しげだとは自覚していなかった。
振り返ると、男三人、女一人の一団だった。背筋の伸び方ひとつ取ってみても、そこいらの会社勤めの仕事仲間には見えなかった。
声を掛けた男の顔に、生駒は見覚えがあった。いや、それどころの騒ぎではない。慌てて腰を浮かす。
「菱刈三さ……、いえ、二佐。こんなところでお目にかかれるとは……。こっちは真崎ソウハチ一曹。私の相棒です」
「生駒君も一尉に昇進したんだね。……よろしく、真崎一曹」
菱刈エイイチ二佐が張りのある声で言った。航空護衛艦『かつらぎ』(艦番CVH−1001 一万三千トン)所属、一〇一航空隊のパイロットである。
戦闘機の二次中等操縦課程でエリミネートされた過去を持つ生駒にとって、戦闘機パイロットは憧れの対象であった。菱刈二佐は、ジェット練習機を用いた一次中等操縦過程で彼女の教官を務めた経緯があり、互いに知った顔だった。
今では菱刈二佐は、海上自衛隊初の航空護衛艦(実質はヘリ空母)の航空隊の飛行隊長だ。彼のタックネーム(作戦時において使用される個人のコールサイン)『クーガー』を、海上自衛隊で知らぬ者はいない。
菱刈二佐達は、通路を挟んだカウンターの向かいの席に座った。
「君たちもこっちに来るといい。会計もこちらと合わせればいいから」
「そんな」
「遠慮する必要はない。こういうのは、上の者が下に奢っていくもんなんだ」
「ありがたく戴いておきましょう」
真崎が、生駒にだけ聞こえるようにそっと囁いた。生駒相手に遠慮していた割に、菱刈二佐から奢られる事は苦痛ではないようだった。
こうなれば、断り続ける方が失礼だった。二人はぺこぺこと頭を下げつつ、席を移動した。
「マラッカでは、大変だったそうだね」
向かいの席に座るなり、菱刈二佐が単刀直入に聞いてきた。
「あ、もう知ってるんですか?」
「『アエカ』経由で噂が流れてきた」
生駒はふうと息を吐いた。
「なんだか滅入っちゃいましたよ、誰とも判らぬ相手を皆殺しにした訳ですから」
それを聞き、菱刈二佐の隣りに座っていた小柄な女性が首を振った。
「先に手を出してきたのは向こうなんでしょう? 気にしちゃ駄目です」
「紹介するよ。我が『カガト』の紅一点、山本ヒカル二尉だ。タックネームは『ノヴァ』。僕たちにとっての、勝利の女神だ」
『カガト』。一〇一航空隊のコールサインだ。
「とんでもない。足を引っ張ってばかりで。本気にしないで下さいね、生駒一尉。お噂はかねがね」
山本はにこやかに微笑んだ。
「とんでもないです。こちらこそです」
今度は心底から尊敬のまなざしで、生駒は目の前に座る女性を見た。海自初の、女性戦闘機パイロット。確か自分より一つ年下だった筈だ。
「ついでに紹介しておこう。三河アキト三佐。タックネーム『ヴァリス』。岩尾ジュンヤ一尉。タックネームは『ロック』だ」
「俺達はついでですか?」
パイロットにしては線の細い三河が、肩を竦めて苦笑いしていた。
「ところで、敵はどんな連中だった?」
岩尾が話を戻した。
「飛行艇のようなフネで、海面すれすれを完全に浮いた状態で航行してました」
「武装は?」
さらに岩尾が聞く。ごつい体つきは名前及びタックネームそのままだったので、生駒は詰問されているような気になった。
「『ストーカー』対空ミサイルで撃たれました。『あやなみ』には、対艦ミサイルと魚雷を使って攻撃してきました」
「まあ、それなりの装備を持った連中相手に、実戦を経験したという訳だ」
岩尾が結論づけた。そして手元のウイスキーのグラスを一気に飲み干した。ガン、と叩き付けるようにテーブルに置く。
「『アエカ』の連中は勇名を馳せているってのに、俺達『カガト』は」
岩尾が吐き捨てるように言った。
「腐るなよ」
三河が岩尾の肩を叩く。
「何せ、編成されたのはこっちが先なのに、俺達はまだ実戦を経験していないんだ」
三河は、独り言のように生駒に説明した。
「俺達は『かつらぎ』が、妹に先を越された行き遅れの三十路の姉貴みたいに思えてしょうがないんだ。何しろ、運用も技術もろくなノウハウもないまま作られたフネだから、初期不良を山ほど抱えた状態で進水したんだ。それを懸命に育てて来たっていう自負がある。いいフネなんだよ、『かつらぎ』は。早く一人前にしてやりたいって、みんなが思っている」
彼の言う一人前とは、実戦を経験するという意味だろう。
それからしばらくは、互いの近況を説明し合った。その間、岩尾と三河が盛んに生駒にアルコールを進めるので、生駒はあっけなく撃沈されてしまった。その様子を見ていた山本は、身代わりが居てくれて良かったと無邪気に喜んでいた。
「あの……」
回りが幹部(士官)ばかりなので遠慮していたのか、それまでほとんど黙ったままだった真崎が口を挟んだ。
「ん?」
「皆さんは、UFってご存じですか?」
「?」
三河と岩尾が顔を見合わせた。二人には聞き覚えがないようだった。山本も申し訳なさそうに首を振る。
「噂には聞いたことがある」
そう言った菱刈二佐は、口をへの字に曲げた。
「本当ですか? 私達が撃破したフネに、UFと書かれていたんです」
生駒が身を乗り出す。
「……遠洋護衛に出ている護衛艦隊の少なからぬ数が、UFのレターを表記した武装集団の襲撃を受けている」
三河達も初耳だったらしく、グラスを傾ける手を休めて話に聞き入る。
「裏は何も取れていないが、話によれば、UFは『Universal Federasion』の略称らしい」
「ユニバーサル・フェデレーション?」
酔いの回った生駒は、小学生にも劣るひどい発音で聞いた。
「直訳すれば世界連邦だが、連合国を国際連合と訳せる日本語の柔軟さから見れば、国際連邦と言っても構わないだろう。つまり、国際連盟、国際連合に続く第三の国連だ」
「ですが、UNはまだ……」
「おい、この中で、国際連盟がいつまで存在していたか知っている奴はいるか?」
菱刈二佐は大声で言い、全員の顔を見回した。誰も答えられなかった。
「一九四七年だ」菱刈二佐が言い切る。
「それじゃあ――」
「そう。UNは実力で国際連盟から世界の支配権を奪い取ったんだ。UFはそれを踏襲しようとしているだけだ。実力を失った者の末路は哀れだ。そして俺達は――自衛隊の指揮権は、UNに委ねられている」
重い沈黙が落ちた。生駒が何か、取り繕うような言葉を口にしようとした時、菱刈二佐の携帯電話が振動した。
「すまん」
少し気勢を削がれた表情の菱刈二佐が、生駒達に背を向けて小声で何かを話し始めた。
短い言葉のやりとりの後に、菱刈二佐は電話を切った。
「なんですか?」
三河が聞いた。と、菱刈二佐が応える前に今度は生駒の携帯電話が鳴った。
「はい。生駒一尉。……はい。……はい、判りました。すぐに戻ります」
落胆しきった表情を見て、菱刈二佐は状況を理解したらしい。
「どうやら、同じ要件だったらしいな」
「はい。緊急出航だと」
居合わせた全員が溜め息をついた。
「仕方ないな。これでお開きだ。さあ行くぞ!」
菱刈二佐は三名の部下を促して席を立った。彼自身は、素早く会計を済ませている。
「もう一度、君たちとはゆっくり話がしたいものだな」
去り際、菱刈二佐が寂しそうに言った。
3.歴史的事実、その弐
一九五〇年十月二十六日――仁川沖
マッカーサー元帥が渾身の力を注ぎ込んで発動した回天の大作戦は、今やクライマックスを迎えようとしていた。
アメリカを中軸とする艦隊が、海面を埋め尽くすほどの大揚陸部隊を護衛し、静かに上陸地点へと接近している。
その外周を守る護衛艦の一隻に、アメリカ艦には見られない、どこか叙情的な雰囲気の駆逐艦があった。
旧日本帝国海軍所属、現海上警備隊所属、『ゆきかぜ(雪風)』。
一九四一年一二月八日の開戦から一九四六年五月六日の終戦に至るまで、主な開戦の全てに参加しながら生き残った、帝国海軍史上に残る強運艦だ。一度は戦時賠償で中国に引き渡されそうになりながら、ソ連の影響力に対処すべく海軍力再建をGHQが推進した結果、日本人の手にとどまり、強運伝説を一層鮮明なものとしている。
アメリカ製のいくつかの新装備が与えられた『ゆきかぜ』だが、全体のシルエットは日本艦の特徴を残している。それはまるで、消滅した帝国海軍の誇りを一身に背負っているかのようだった。
「さすがにこの強運艦も、今回は駄目かもしれんな」
「かなりやばい作戦だとは思いますが?」
「そうだな……。マッカーサーの旦那も、とんでもない賭けを思いついたものだ」
夜戦艦橋の指令席に座る『ゆきかぜ』艦長はふと胸ポケットに何かを入れたままであることに気づいた。何気なく取り出して、月明かりに照らしてみる。彼の顔が複雑に歪んだ。
副長が素早くそれに気づいた。艦長は照れたように頷き、それを副長に見せた。
「うん、実は出航前に届いた息子からの手紙だ」
封筒に書かれた宛名を見て、副長は艦長が顔を歪めた理由を即座に理解した。
「いくらアメちゃんに気を使わなければならないとはいえ……」
「ああ。耳にする分にはどうという事はないが、字になると慣れんから辛いな」
艦長――菱刈”善之”改め”ヨシユキ”二等海上保安正が嘆息した。
半年に渡る日本本土決戦を経験した連合国、特にアメリカは、終戦後も日本独自の文化に対する嫌悪感を強く抱いていた。日本人の思考・文化を欧米化する以外に、その不信を払拭することは不可能だった。
――日本国籍を有する者の名は全てカナ表記とする――
鹿鳴館時代もかくや、と思われる屈辱的で無意味なGHQの指導。だが、国力を失い尽くした日本が、GHQの方針に逆らうことは出来なかった。
「次か次の世代は、漢字の名前を元から持たない連中ばかりになるな」
「それどころか、下手をすればダグラスだのルイスだのと言った名前を付ける羽目にになってしまいますよ」
「世も末だ……。やっぱり、勝てない戦争を長々と続けるもんじゃないな」
仁川上陸作戦の開始。『ゆきかぜ』は揚陸艦の先陣を切って海岸に突撃、その後も艦砲射撃で上陸を支援した。そして殺到する攻撃機から多数の揚陸艦(と、それに乗り込む兵士)を守り抜いた後、壮絶な最期を遂げることになる。
4.ポー・タンブル・アンダン
Xdayマイナス九一日――新横須賀
薄暗い照明が、停泊する護衛艦の群の姿を闇の中から目に見える世界に引き戻している。『あやなみ』の姿もその中にあった。「遅いぞ! お前らで最後だ」
『あやなみ』の右舷側、ヘリパッドの真横にあるタラップの登り口では、ヘリ班長の古鷹モトアキ三佐が両腰に手を当てて生駒と真崎を見下ろしていた。
「無茶いわんで下さい! こっちはようやく盛り上がろうって時だったのに、一体なんです?」
完全に酩酊状態にある生駒の肩を支えながら、真崎が喚いた。
「出撃だよ、出撃! ……まったく、加減も考えずに飲みおってからに。予定が早まったんだ」
「どうして、予定が……?」
「大神のドックから、硫黄島宇宙港に使う浮体ブロックが三つばかり出た。当然、硫黄島に向かっているんだが、三日ほど予定が繰り上がったそうだ。今度は『あやなみ』単艦での護衛じゃない。『かつらぎ』も『いせ』も参加するそうだ。ブロックのほうとは、明日の午前中には紀伊半島沖で合流する。さっさと出ないと間に合わない」
古鷹は生駒の腕を掴んで甲板上に引摺り上げる。早速、『あやなみ』のガスタービン機関の音が甲高くなる。
「真崎! はやいとこ塩水の用意だ」
「塩水? ああ。了解です」
真崎は生駒の身体を古鷹に預けると、船内に駆け込んだ。酔い冷ましには濃い塩水を飲んで胃の内容物を吐き出す。体育会系ノリな伝統的な手法で、この酔いどれヘリパイロットの正気を取り戻させようというのだった。
その頃。
別の接岸埠頭では、第一護衛隊群旗艦ヘリ護衛艦『いせ』、航空護衛艦『かつらぎ』、イージス護衛艦『きりしま』、汎用護衛艦『うらなみ』『むらさめ』が錨を巻き上げていた。一二隻の護衛艦が属する第一護衛隊群の、隻数にして半分の護衛艦が、今回の護衛に参加する事になっていた。
『あやなみ』艦橋。
右手に、真新しい造船ドックと、関連施設が見えていた。中で建造が進んでいるのは、艦尾の形状から見て『かつらぎ』級の同級艦らしかった。ほぼ船殻は完成している。
「『かつらぎ』級四番艦。予定艦名は『あそ』です」
久川の視点の先にある物に気づいた由比が先回りして言った。
「四番艦?」
「はい。三番艦『かさぎ』は佐世保で公試を控えています」
「随分張り込んでいるなあ」
「呉のほうじゃ、『いせ』級三番艦の艤装が始まってます」
「そういやそんな話を聞いたな。名前は決まってるんだろ?」
「はい。予想が付きますか?」
「うーん。『やましろ』あたりじゃないか?」
「『いぶき』ですよ」
二人は顔を見合わせて笑った。
「『こんごう』級の時と同じか。『こんごう』『きりしま』と来て、『みょうこう』で肩すかしを喰わせた……。それにしても、あまりといえばあまりな命名じゃないか?」
『かさぎ』、『あそ』、『いぶき』。いずれも太平洋戦争中、建造途中で終戦を迎えたか、完成しても実戦に出ないまま終わったフネの名だった。
「本当はこれ以上無理したくないってのが本音じゃないですか?」
セカンドインパクト直後、自衛隊はUNの指揮下に置かれた。同時に人はいても乗るべきフネが無い国の為に、『こんごう』を始めとして、海上自衛隊の護衛艦の一部はUNにたたき売られていた。いや、むしろ足元をみて高く売りつけたというべきだろう。これは両者にとって悪くない取引だった。UNは絶対数が不足していた水上艦艇を補完出来たし、自衛隊は売却資金を元手に新造艦の大量建造に手を付けることが出来たからだ。
「揚錨終わり! 出航準備、完了しました」
報告を受け、久川は壁にかけられた時計を見た。十時ちょうど。
「よし、出航だ」
サイドスラスターにより、船体がゆっくりと埠頭から離れる。
自衛艦のほとんどがこれを装備していない。が、海外での活動を前提に建造された『いそなみ』級は、タグボートを使えない状況を想定し、自力で船体を埠頭から離せるサイドスラスターを搭載している。その分、手順を簡略化出来た。
十分に離れたところで、機関音がさらに高まり、スクリューの回転数が上がり始めた。
「今度は何もなければいいんだがな」
それが絶望的な望みであることは、嫌と言うほど承知している久川であった。
5.歴史的事実、その参
二〇〇一年二月十五日――呉
『たちかぜ』(DDG−168 三八五〇トン)。
朝靄に霞む埠頭に接岸している護衛艦の甲板上には、人影がまばらに動いていた。
幹部特技過程で、艦長の菱刈ノブチカ二佐の副官を務める久川ジョウジ二尉は、艦橋で前部甲板の作業を見下ろしながら、青い顔付きで菱刈艦長の後ろに控えていた。
「どうした、顔色が悪いぜ?」
指令席の菱刈艦長は対照的に涼しげな顔付きだった。
「これから我々はどうなるんでしょうか?」
久川の言っているのは、昨日批准された『バレンタイン休戦臨時条約』の事だった。
セカンドインパクト後、世界中で扮争が勃発した。二〇〇〇年九月一五日のインド・パキスタン国境での難民紛争、九月二〇日の東京へのN2爆弾投下、その他で大混乱に陥った世界情勢を鎮静させるため、二〇〇一年二月十四日。バレンタイン休戦臨時条約が結ばれた。条約内容には、各国軍隊のUN軍加入への合意が示されている。勿論、自衛隊も例外ではない。
「かわらんさ、何も。まあ、昨日の今日じゃ、がっかりするなと言うほうが無理だが」
菱刈艦長は悠然としたものだった。が、どこかに屈託がある。
「変わらない?」
「そうだ。最高指揮権がUNにあるとはいえ、我々は、やるべき事をやるだけだ」
「……」
「世界平和は日本の平和につながる、そうだろう、久川二尉?」
「……そうですね」
この時の久川は、素直に頷く事が出来なかった。日本のために戦いたい、その気持ちが強かったからだ。彼は思った。
(少なくとも自衛隊関係者が、今後二月十四日を――バレンタイン・デーを心軽やかな気持ちで迎えることは二度とないだろうな……)
『たちかぜ』が、紛争続く朝鮮半島に出撃するのは、それから三日後のことである。UN軍が有効に機能し、世界中の紛争を抑え込むのに、さらに三年を要することになる。
一方、2003年に南沙諸島での中国・ベトナムの衝突を契機として、日本では戦略自衛隊が発足された。戦略自衛隊は旧陸上自衛隊第七戦車師団等を中核としたあくまでも本土防衛を目的とした、地上軍中心の編成であった。これは、バレンタイン休戦臨時条約に明らかに抵触する存在だった。以降、UNの指揮下にある自衛隊と日本政府に指揮権を委ねる戦略自衛隊とは、水面下での対立を深めていくことになる。
6.一次的接触
Xdayマイナス九〇日――潮岬沖
そこは、戦艦『大和』が、九州へ水上特攻を掛ける途中に航空攻撃によって撃沈された海域であり、セカンドインパクト前には、毎年八月十五日に慰霊祭が行われていた。勿論、二十一世紀以降、半世紀以上前の過去を懐かしむ精神の余裕は失われている。慰霊を行うべき対象が多すぎるのが問題だった。
『かつらぎ』。航海艦橋。
「なんともはや、どうにもこっちがみすぼらしく見えて仕方がないね」
自ら見張り台に出て双眼鏡を構えていた艦長の三石タクヤ一佐が、首を左右に振りながら艦長席に座った。謹厳実直な久川に比べると、数段いい加減な雰囲気を持つ艦長であるが、防大出身ではない彼が航空護衛艦の艦長を任されるまでには、それなりの苦労と努力を経ている。
「気にすることはありません。硫黄島には、あれが何十個と群れてるんですから」
菱刈二佐はさして意味のない言葉で三石を慰めた。同時に、まあ仕方ないかと思う。
水平線上には、全長三百メートル、全幅五〇メートルという、戦艦大和より一回り大きく、ニミッツ級原子力空母並みの大きさを持つ浮体ブロックが三つ。それが、タグボート(それでも五〇〇〇トン近くある)と、補助推進装置によって単縦陣を組んで航行する様は、三石ならずとも圧倒される光景であった。
生駒は『あやなみ』のヘリパッドの後縁部にあぐらをかいて座り込み、空を見上げていた。二日酔いではないが、身体がだるくて仕方がなかった。
『あやなみ』はステルス性を考慮し、ヘリが着艦している状態においては、ヘリパッドの左右からシャッターがせり上がり、ヘリのレーダー反射を防いでいる。
シャッターが上下する様は、ちょうど自動車のパワーウィンドウを彷彿とさせる。
生駒は左右をシャッターで区切られた空を眺め続けていた。星が次第に姿を消し、空全体が明るくなってくるのが判る。
「寝てたほうがよろしいのと違いますか?」
ぶっきらぼうな調子で、後ろから声が掛けられた。相手が誰であるかすぐに判った生駒は、ダルマが転がるようにあぐらのまま後ろ向けに倒れ、相手の顔を視野に入れた。
「そういう貴男は平気そうね。……風にでもあたって酒気を抜かないと、とても飛べないわ」
「自分も同じです。座ってよろしいですか?」
「はいはい、遠慮しないの」
「失礼します」
真崎はゆっくりと生駒の隣りに腰を降ろした。生駒が腹筋に力を込めて身体を起こす。
「どうして出航がはやまったりしたのかしら?」
「古鷹班長の話、聞いていなかったんですか。護衛する浮体ブロックが予定より早く海に出るから――」
「それよ、それ」生駒は真崎のほうではなく、艦尾の対空ミサイルランチャーに視線を送ったまま言った。
「ああいうもののスケジュールって、普通綿密に管理されているものでしょ? 工期が遅れることは仕方ないにしても、早く出来たからって、その場で送り出されてくるなんて変だと思わない? 大体、前は十四隻を本艦一隻で護ったのに、どうして今度はブロック三つに護衛艦が六隻もつくの? しかも、前みたいに喜望峰まで出張る訳じゃない。硫黄島まで行くだけなのに」
「ま。出航が早まると休暇も潰されますしね」
興味ない、とでも言いたげに真崎が相づちを打つ。生駒は大きく溜め息をついた。まだ酒臭かった。
「おい、暇そうにしてる場合じゃ無いぞ」
ふいに、古鷹の胴間声が聞こえた。
なんですかぁ、と生駒が気の抜けた返事をしながら振り返ると、そこには久川、由比、丸橋といったお歴々が勢揃いしていた。
「し、失礼しました!」
あたふたと跳ね起きて敬礼する。真崎は、多少ふてぶてしい態度でそれに習う。
「いや、楽にしてくれて構わん。休暇を潰したんだから、愚痴りたくもなるさ」
久川は苦笑をかみ殺して言った。艦長が休暇無しで補給作業を指揮していたことを知っている生駒は、恐縮しきって小さく頷いた。
「早速だが、飛んでもらわにゃならん」古鷹が生駒の鼻先に顔を近づける。「……大丈夫だろうな?」
「もちろんです」
そういう生駒は、喉元にこみ上げてくる違和感を苦労して抑え込んでいた。
『いせ』級ヘリコプター護衛艦『いせ』(艦番DDH−201 一万二千五百トン)。
以前、アメリカの『アーレイ=バーグ』級イージス駆逐艦をモデルに建造された海上自衛隊初のイージス護衛艦が『こんごう』と名付けられたとき、一部の関係者は反発した。
かつての巡洋戦艦の名前をたかが防空艦に付けるとは何事か、という訳だった。
だが、少なくとも『いせ』級に関しては、その手の批判は存在しない。ヘリあるいはVTOL機四機の運用を前提に設計された、艦体後部三分の一を占めるヘリパッドが、まさしく旧日本海軍の航空戦艦『伊勢』を彷彿とさせる姿を持っているからだ。
そのヘリパッドに、一機のMH−7Jヘリが降り立った。どこか危なっかしい着艦だった。
「しっかり休養を取ってくれよ」
降り際の久川の言葉に、操縦席の生駒は神妙な顔で頷いた。
作戦指揮室。
第一護衛隊群の指揮要員が勢揃いしたところで、担当の艦隊司令部付き作戦幕僚が、前面のスクリーンに様々な情報を呼び出した。
「『ユナイテッド・ステーツ』――、あ、失礼しました。今の名前は『オーバー・ザ・レインボウ』ですか。その、『オーバー・ザ・レインボウ』に替わってUN太平洋艦隊に編入されるべくグアムを出航した『ラングレーIII』他四隻が、UN太平洋艦隊の指揮下を離脱して、針路2−8−0を取って依然進行中です。UN軍令部は二時間の猶予を与え、なおも状況に変化がない場合、……撃沈やむなし、との結論に達しました」
幕僚の言葉に、集まった艦長達から溜め息が漏れた。
「相手が悪い……」
そう呟いたのは、他ならぬ第一護衛隊群司令、橋場ヘイハチロウ海将補だった。
彼の言葉も無理からぬものだった。
「どうやってヘリ空母で正規空母と正面から殴り合えってんだ……!」
『かつらぎ』級はFV−Xを常用十六機、補用二機搭載している。その他、電子戦用に改造された複座機、EFV−Xが二機。後は対潜ヘリが四機。常時空中に上げておけるFV−Xは、一個小隊四機がせいぜいである。
「前半は防御に徹するとしてもな……」
「凌げるという保証はないですよ。戦闘が始まれば、連中は『ヴェルセルプ』もぶっ放して来るでしょうし」
『ヴェルセルプ』。
EU――特にフランスが中心となって開発した『セルパン(蛇)』巡航ミサイルを、UNが大幅に改良を加えて完成した。原型を開発した技術者が、その改良ぶりに驚嘆し、「今までの『セルパン』はまがい物だった」とコメントしたことから『真実』を意味するヴェリティを冠して略し、『ヴェルセルプ』と呼ばれるようになった。
お値段一発六億円。もはやこれはミサイルと言うよりは、無人の体当たり戦闘機としか呼びようがない。なにしろ、対空ミサイル迎撃用のバルカン砲まで搭載しているのだ。弾頭部はチョバム・アーマーの装甲板に覆われ、古代の甲殻類の一種を連想させる凄みのある外形になっている。『トマホーク』巡航ミサイルは、この新型巡航ミサイルの実用化で一気に二線級扱いとなった。
「対空迎撃戦。その為のNADIAシステムだろう?」
「無理ですよ、何十発と一度に浴びせられたらたまりません。こっちの弾切れのほうが早いに決まってます」
「『あまぎ』は?」
「現在、台湾沖。とても間に合いません」
沈黙。誰もが前面スクリーンに映し出された原子力空母のワイヤーフレーム画像を睨んだ。
ニミッツ級原子力空母十四番艦、艦番CVN−81『ラングレーIII』(十万二千トン)。通称『ミンクス・フォーティーン』(ミンクスとは、生意気娘の意)。
セカンドインパクト後の混乱期に突貫工事で建造された。その為原子力機関にしばしば不調が発生する。結果、有り難くないあだ名が冠せられてしまった。
とはいえ戦力には何の問題もない。Su−35『スーパーフランカー』、F−14B『ボムキャット』、F/A−18『ホーネット』を各一個小隊、その他電子戦機等を含めると、八十機近くを搭載している。
「UFに取り込まれたと見て、まず間違いなかろう」
橋場の言葉に、室内が重苦しい空気に包まれた。
「UFに関しては、隊員の中に動揺が広がっています。いい加減、隠しきれるものではありませんが……」
「まだ、公表は早い。……日本ほどUNに深入りしすぎた国はないからな。いまさら足抜けも出来やしない」
「UNの対応は?」
「ほとんど我々任せだよ。全く、買いかぶりもいいところだ」
「どう考えても、あてには出来んな。現場に面倒を押しつけよってからに……」
「新横須賀の『オーバー・ザ・レインボウ』は、やはりまだ動けないのですか?」
「あれは駄目だよ」若手の幕僚の問いに、三石が首を振る。「ドックで伏せっているよ。飛行甲板の上でエヴァンゲリオンが暴れたお陰で、エレベーターは油圧装置がイカれたし、甲板は波打ったままだ。原子力機関の一基では制御棒が降りたそうだからな……。全治三ヶ月の重傷ってところだ。あの無茶な艦長、結構好きだったんだがな。経歴もこれで仕舞いだ、可哀相に……」
「それにしても、連中の狙いは何だ?」
『むらさめ』艦長の呟きが、会議の進行を促した。
「想定……」
橋場が独り言のように言う。作戦幕僚が背筋を伸ばして、手板に挟んだ紙に書かれた文章を読み上げ始めた。
「想定一、硫黄島への攻撃」
「空自さんはどうもそっちの方向で対応策を固めているようだ。現在、硫黄島には、航空自衛隊第一〇航空団に所属する三〇四飛行隊のF−15SJ『スーパーイーグル』戦闘機に加え、千歳の第二航空団三〇六飛行隊のF−2Dが進出している。連携を取るため、出撃の要請はこちらに一任されている」
三石の言葉に、橋場が大きく頷いた。
「うまくすれば、横田、百里、厚木、硫黄島、そして我々の包囲殲滅戦も可能になる」
「そもそも、想定の根拠は何かね? 当然、狙いは宇宙港ということになるんだろうが」
「そうです。あれは、諸外国にとっては不気味な代物ですよ……。怪しげな技術が集まっているという点では、第三新東京市とどっこいどっこいですから」
「想定二、現在クーデターが噂される極東シベリア地域との連携」
「それならば、もっと北よりの針路を取り、宗谷海峡か津軽海峡を抜けるコースに向かうのが妥当だと思うが……」
「それより、その想定が可能性大となれば、千歳から戦力を抜いてしまって大丈夫なのか?」
「その点に関しては、航空総隊……あー、北部航空方面隊はさほど心配していないようです。むしろ、北海道への侵攻が行われた場合、千歳では近すぎ、早々に基地機能を喪失すると判断しているようです。当面は、三沢と小松に、九州の戦力を進出させて凌ぐことになっているようです」
「想定三、第二新東京市への爆撃。同市はUNにとってあらたなニューヨークです。UNの指揮下を離脱したのであれば、この想定は可能性が高いものと愚考しますが?」
「確かに。だが、だとすれば第三新東京市も攻撃目標になっている可能性が高いな。第二新東京のほうは、死にものぐるいになってUN直轄軍がまもるだろう」
「第三新東京……。あそこの防衛は、ほぼ完璧だ」
「その場合、迎撃はネルフが担当することになる。警戒警報は出てるんだろうな?」
「どうもそのあたり、連携が弱いですね。UN経由で伝わっているでしょうが」
「ネルフなんざ、『ラングレー』の連中に喰わせてやればいいんだ」
「第三新東京市を失うわけにもいくまい」
「想定四、我々が護衛している、硫黄島宇宙港浮体ブロックへの攻撃」
一同が沈黙した。三石が身を乗り出す。
「それは――、逆じゃないのか? いや、そうか。むしろ自衛艦隊司令部や海幕が出航をせっついて来たのは、この反乱軍の迎撃が目的なのか?」
「だとすれば、こちらの針路を変更するわけにはいかんな……」
「ま、なんにせよ、向こうの戦力はこの五隻でとりあえず打ち止めだが、こっちにはあれこれと戦力倍増要素がある。完全勝利は難しいが、こんな勝手な連中を放置しておくのは危険すぎる」
橋場は迎撃を決意した。居並ぶ艦長、幕僚も顔を引き締めて頷いた。
「第一警戒態勢へ移行。『かつらぎ』は航空隊の出撃準備を為せ」
幕僚の何人かが、慌ただしく席を立つ。
「アメちゃんの空母と日本の空母がまともにやりあうのは、マリアナ以来じゃないか?」
三石に、橋場が砕けた調子で訊ねた。
「どうですかね、レイテでも、一応は戦闘を行ってますが」
「なんにしても、ここ七十年、日本は空母も持っとらんし、まともな空母同士の戦闘を考慮した戦力維持もやってないんだ」
橋場の顔には苦渋が浮かんでいた。
単縦陣を組んでいた護衛艦隊は、首脳部の困惑をよそに、無駄のない機動で隊形を変更し始めた。
まず、ピケットとして前衛に出たのが『あやなみ』。その後ろを『いせ』『かつらぎ』の順で続く。その後ろに三隻の浮体ブロックBW−01から03までが番号順に連なり、最後尾を『きりしま』が固めた。浮体ブロックの左舷側には『うらなみ』が、右舷側には『むらさめ』がそれぞれ配置についた。彼我の位置関係から、左舷側からの攻撃を考慮した配置になっている。新鋭の『なみ』級が前衛と左翼を守ることからもそれが判る。
『あやなみ』艦橋。
「『きりしま』から通信です。本艦が前衛に出たんで、横山艦長が文句を付けてきてますよ」
丸橋の言葉に、久川は口元をすぼめた。それから首を振りつつ言葉を絞り出す。
「『きりしま』のイージスじゃ、力不足だよ、向こうも判っている筈だ。第一、こっちに文句を付けられても困る。配置を考えたのは艦隊司令部のほうだ」
「まあ、対空戦闘用のイージスが、汎用護衛艦搭載のNADIAにお株を奪われたんじゃ、いい気はしないでしょうがね」
浮体ブロックBW−01。
一応外殻は完成しているものの、内部では突貫工事が続いていた。通路にはケーブルがのたうち、あちこちのダクトが剥き出しになったまま放置されている。その中を、怒鳴り合うようにして作業が行われている。
「どうも、接触が予想より早まりそうだが……。間に合うのか?」
火事場の喧嘩さわぎと化した現場を早足で回る保全運行管制主任・東郷ヒサカズの問いに、お付きの技術者の一人が首を振った。彼が被っているヘルメットには『日本重化学工業共同体』の字が明朝体で記されている。
「難しいです」
技術者がきっぱりと応える。通路の真ん中に陣取るなにかのボンベを大股でまたいでヒサカズの後を追う。
「NADIAとのリンクだけでも確実にしておこう。リンク33は動くんだろうな?」
溶接のバーナー音が一瞬彼らの会話をかき消す。
「……そちらのほうは問題ありません。むしろ火器管制システムのソフトのデバッグのほうに、時間がかかりそうです。こればかりは、人数をつぎ込んでも、どうにもなりません」
「あれは規模がでかいからな。しかも、全貌を掴んでる奴が十人とはいない」
技術者の持つ携帯無線が鳴る。二言三言、怒鳴りあうようにして言葉を交わす。それからにんまりとしてヒサカズに告げる。
「C班です。粒子加速器の調整が終わりました。試射を要求してますが」
「無茶を言うなよ。まだだんまりを決め込んでいる段階だ」
ヒサカズが苦笑いで応じる。
「いきなり実戦というほうが無茶ですよ」
「全く、ビスマルク追撃戦の『プリンス・オブ・ウェールズ』ばりに作業員を乗せて出てきたはいいが……。使い物になりませんでしたじゃ、海自の皆さんにも申し訳がたたん」
「乗っている半分は素人です。実際にぶっ放すまでは、気を張っているより仕方ないでしょうね」
「そうだな第一、俺も実戦はしらんのだ」
「やるだけの事はやります」
「頼むぞ」
ヒサカズは疲れのたまった首を回した。グキリ、と嫌な音がした。
『かつらぎ』ブリーフィング・ルーム。
予備を含めて二十二名のパイロットが一堂に会すると、さすがに熱気が室内にこもった。
「現在、反乱軍艦隊、及び我が自衛艦隊はともに針路の変更は無く、彼我の距離は千二百キロ。『ヴェルセルプ』の射程に既に入っているが、向こうは攻撃してくる気配はない」
菱刈二佐が前面の壇上に立ち、壁のスクリーンに映された海図を示しつつ、状況を説明していた。
「現在、硫黄島の南部航空警戒管制団がEC−4J(AWACS)をオン・ステーションさせている。動きがあれば、すぐに伝わるはずだ」
この言葉に、場の空気がわずかに和む。いきなり奇襲を食らうような真似だけはしたくないからだ。
「UNが示した最後通牒まで、後一時間余り。相手が動かないようであれば、こちらから攻撃を仕掛けることになる。が、もし本気で向こうが殴りかかってくるようであれば、こちらは防戦に徹するより無い」
パイロットの一人が挙手した。
「相手は反乱を起こしたとのことですが、ならばまどろっこしい最後通牒の時間まで待つ必要はないのでは?」
「俺もそう思う」菱刈二佐はわずかだけ語調を柔らかくして頷いた。「だが、我々に対する指揮権はあくまでもUNにある。そのUNが示した最後通牒となれば、無視は出来ん」
「先制攻撃が許されないんじゃ、セカンドインパクト前の自衛隊と変わらないじゃないか……」
誰かが独り言を呟く。
「……。こちらも、通常のアラート待機編成に変更はない。その他の者は、全員待機所にて、適度なテンションを維持せよ。二時間後には、全てが動き出す。それまでに、為すべき事は為しておけよ」
菱刈二佐はそう言って言葉を切った。彼の部下の顔を眺め回す。空自からの転向組である菱刈二佐自身は戦闘を経験しているが、部下のほとんどは今回が初陣になる。
だが、彼らの顔に恐怖や動揺は浮かんでいなかった。むしろ、来るべき戦いをむしろ望んでいるかのような戦士の顔。これが、菱刈二佐の鍛え上げてきた者達の姿だった。
菱刈は部下のふてぶてしさに満足を抱いた。咳払いをして言葉を続ける。
「さて。最後に一つだけ。何か気の利いた言葉でもと思ったが、上手く思いつけなかった。だから、先人の言葉を引用させて貰う。ロイヤル・エア・フォース、英国海軍のモットーに曰く、『艱難を経て星の世界へ』。敢えて困難な道を歩むことを恐れず、勇気を持って戦おう。以上」
パイロット達がバネ仕掛けのように一斉に立ち上がった。
7.冗長的風景
Xdayマイナス九〇日――『硫黄島中部居住区硫黄島第壱中学校』二年一組教室
授業の終わった教室には、十名ほどの生徒がまだ残っていた。多くは部活動が始まるまでの貴重な時間を過ごしていたが、例外も居た。
東郷タカトラが、面倒くさそうに椅子の一つを持ち上げた。
「ほらほら、ちゃっちゃと終わらせてよ!」
「るせえ! なんで俺が……」
「なぁに言ってんのよ。貴男今日、掃除当番でしょ?」
「なんなんだよ、全く」
タカトラは文句を言いながらも、手早く机の下から土埃を掃き出す境サオリの邪魔にならないよう、椅子を脇へ寄せる。
「全く仲のよろしいことで」
教室の後ろで境とタカトラのやりとりを見ていた岡崎トシヤが、心底羨ましげな調子で冷やかした。大人しげな容姿の岡崎と、薩摩隼人の典型のような剽悍さの持ち主であるタカトラとはまるで接点が無さそうに見えるが、どういう訳か二人は大の親友同士であった。
「どこがだよ」タカトラは憮然としている。「第一、お前にだけは言われたかぁないな」
「どうして?」
「羨ましいのはこっちだよ。……いいよな、マッちゃんは心根が優しいから」
「そんな……」
岡崎の隣りにひっついていた、マッちゃんこと松田チアキが顔を赤らめていた。岡崎も苦笑いする。
「どうせなら隣りの部屋に住むのがあんな、がさつ女じゃなく――」
ガツ!
タカトラの後頭部にホウキの柄がめり込んだ。
「誰ががさつ女だって?」
見ると、境がホウキを片手に仁王立ちしている。
「ててて。ホウキ振り回すような女の何処ががさつじゃないってんだ」
「うーん、やっぱり仲が良いんだよ」
岡崎と松田は揃って笑い転げている。
「そういやさあ……」
まともに取り合うと分が悪いと判断したタカトラが、強引に話題を転換する。
「来週、また転校生が来るって話だぜ。島田先生が言ってた」
「どっち? 男、女?」松田が聞く。
「さあ。優しい美人だと良いなあ」
言わずもがなの台詞を口にしたタカトラのこめかみに、鈍痛が走る。サオリの両拳がタカトラの頭部を左右から挟み込んでいた。曲げた中指の関節を起点に、ぐりぐりとこめかみを捻る。
「いててて。何でお前が怒るんだよ」
「それは……。もう! 無駄口叩いてないで、掃除を終わらせましょ」
「へいへい」
頭を抑えながら、タカトラが掃除に戻る。
「仕切るわねぇ、境さん」
「委員長だからね。でも、タカトラもこっちに来てから三ヶ月なのに、もうすっかり馴染んでるよな」
「ま、ここにいる全員が転校生な訳だから」
タカトラは、背中越しで松田と岡崎の会話を聞きつつ、境が転校してきた日を思い出していた。
タカトラが転校を経験するのは、今回が初めてではない。前回は、鹿児島から岐阜への引っ越しだった。ただ、その時は春休みに引っ越した為、学期の始めから授業に参加出来た。今回のように、中途半端な時期に転校するのは経験していない。
(こういう場合、クラス全員の前で自己紹介しなけりゃならないんだよな)
担任の教師の後ろについて廊下を歩くタカトラの足どりは、どう贔屓目に見ても軽いものではなかった。昨日の晩から、どんな顔をして、どんなことを言えばいいのか考えるだけで、完成途上の宇宙港を見た興奮は消えてしまっていた。
タカトラは、急に転校することになった理由、父親の転勤について思いを巡らせた。前々から、いずれは硫黄島にいくことになると判ってはいたのだ。しかし、余りに本土から隔絶された場所にあるため、父親は硫黄島行きを渋っていた。結局引っ越すことになり、しかも学期の途中になってしまったことを考えれば、無駄なあがきをしたものだとタカトラは思う。
やがて、担任の教師は、彼の教室の前に到着した。
亜熱帯の火山性の島、しかも自衛隊の基地と宇宙機の拠点が間近にあるということで、校舎には冷房設備と防音設備が完備されている。それでもタカトラは手と額に汗が吹き出るのを感じた。
教師に続いて教室の中に入る。タカトラは視線が自分に集中しているのを意識せずに入られなかった。
教師がタカトラの名前を紹介した。続いて、彼が自己紹介をしなければならない。そういう流れが暗黙の了解としてある。
ところが、その「お約束」を中断させるアクシデントが起こった。タカトラが震える声で名乗りを上げようとした瞬間、一人の生徒がガタンと派手な音を立てて立ち上がったのである。
何事かとタカトラが視線を向けた先では、驚愕の色を黒目がちの瞳一杯に浮かべた女生徒が、タカトラの顔を穴の空くほど見つめている。タカトラにもその顔に見覚えがあった。
境サオリ。岐阜にいた頃、家族ぐるみでの交流があった。奇遇ってのはあるもんなんだな。タカトラは呆然となりながら、そんなことを思っていた。
松田と岡崎の会話はまだ続いていた。
「良いよね、幼なじみって」
「うん、運命の再会を果たした二人。僕もどうせならそういう出会いがしたかった」
「岡崎君……!」
「冗談だってば」
笑う二人の前に、タカトラが立つ。
「勝手に話し作って盛り上がっているところ悪いけどさあ」タカトラは本気で困惑した表情を浮かべていた。
「俺がサオリと始めて会ったのが小学四年の時。幼なじみとは言わないだろう? それに、一年ほどでサオリのほうが先に転校して行ったんだから」
「でも、運命の再会には違いないでしょ?」
「後半年もすりゃ、俺はここを出ていく。奇遇は奇遇だけで終わるんだよ。大体、何で俺が――」
ズゴ!
タカトラの背中に、ホウキの柄が突き刺さった。
「ぐえ!」
「すぐサボる! このバカトラ!」
境が顔を真っ赤にして怒鳴る。
「ほんと、タカトラ君は懲りないわね」
「打たれ強いんだよ」
岡崎と松田は肩を竦めて笑いあった。
その時、けたたましい非常ベルの音が鳴った。
「おいおい、こんな時間に避難訓練かよ」
背中をさすりながらタカトラがぼやく。彼が硫黄島に来て気に入らないことの一つが、この不定期に行われる避難訓練だった。
自衛隊機、あるいは宇宙港から発進する往還機の事故に備えてのもの、という説明は、誰も信じていない。が、非常ベルが鳴り響けば、とにかく島内に無数にある避難壕に退避しなければならない。避難壕の多くは太平洋戦争中に日本陸軍が掘った壕を掘り返して作り直したものだ。
「さ、いこ」
境が、何でもないような顔をしてタカトラの腕を取っていた。
「ああ。本当に面倒くさい島だぜ、ここは」
タカトラは疑問に思った。何だってこんな時間帯に。もしかしたら、本当になにかやばい事が起こってるんじゃないのか?
8.いくさびと
Xdayマイナス九〇日――小笠原群島西方海域
『かつらぎ』ブリーフィングルーム。
壁のスピーカーから呼び出し音が聞こえ、続いてパイロット達を甲板上に召集する命令が続いた。間違いなく実戦である。
「さて、我々がいくさびとになる瞬間が到来したようだ」
菱刈二佐に継ぐ古株で第二小隊を率いる、加古サトシ二佐はあえて呑気な動作で腰を上げた。内心では沸き立つ心を抑えかねている。菱刈二佐が口癖にしている唄のような一節がつい漏れた。
「いざ立ていくさびとよ、御旗に集え、か」
「雄々しく進みて、遅るな仇に」
いつもそれを聞かされている山本がそれを受けた。岩尾があとを継ぐ。
「歌声合わせて潮の如くに」
最後は全員が声を揃える。
「正義の御神は、我等の守り」
一拍置き、満足げに頷いた加古が吠えた。
「ぶちかますぞ!」
「おぅ!」
既にフライトスーツの上からGスーツを着用しているパイロット達が、ヘルメットを抱えて席を蹴った。
飛行甲板上の後部には、第一、第二小隊の計八機のFV−Xが、機首を艦軸に向ける格好で既に駐機されていた。パイロット達は機体回りを確認してから、補助ラダーを使ってコクピットに乗り込んでいく。
FV−Xの全体的な外見上はF−22にも似ているが、サイズは一回り小さい。また、F−22がミサイルを胴体内のウエポンベイに収納するのに対し、FV−Xは昔ながらのハードポイント方式である。垂直離着陸を可能にするベクタード・スラスト・ノズルの構造が複雑で、胴体内にミサイルを収める余裕が無かったためである。
「どう考えても圧されるぞ……」
コクピット内でコンピュータによる異常チェックを開始した菱刈二佐は、滅多なことでは吐かない弱音を口にした。
常用十六機では、一個小隊を空に上げておくのが精一杯だ。『ラングレーIII』が後先を考えない全力攻撃を仕掛けてきた場合、とても対応できない。いや、搭載機数の三分の一を投入する通常時の全力攻撃、アルファ・ストライクを仕掛けられても苦戦は必死――。
どこまでもつか。菱刈二佐がそう考えたとき、チェックが完了した。異常なし。整備員の仕事に手落ちは無かった。
菱刈二佐は、前面のコントロール・ディスプレイに記された『OK』の文字を確認した。続いて、ちらりと画面の端に表示されている時刻表示に視線を送る。『15:45』。日没までには全てのケリがつく。
「こちら『カガト』コントロール。ブルーシード、離陸せよ」
CICから通信が入る。
「了解、ブルーシード・リード」
「ツー」「スリー」「フォー」
小気味良く、彼の部下が応答する。
やるしかない、そう言うことだな。菱刈二佐はFV−Xを発進位置にまで滑らせた。前面にスキージャンプ甲板がそそり立っている。彼はスロットル・レバーの隣にあるノズル・レバーを引き、推力ノズルを斜め下に向けた。続いてスロットルレバーを力強く押し込む。
FV−Xのエンジン音が高まり、機体が前進を開始した。カタパルト発進のような強引さは無いが、たちまちの内に加速する。
機体が勾配に達すると空が一気に広がった。思わず歯を食いしばる。車輪が甲板から離れた瞬間、衝撃と共に機体が宙に躍りだしていた。
MH−7J。
『かつらぎ』のスキージャンプ甲板から、FV−Xが一機、また一機と軽やかに離陸していく。その様子を前席のコクピットから見つめていた生駒は、
「とてもあんな芸当は出来ないわ……」
と呟いた。彼女のMH−7Jは『かつらぎ』の左舷後方を、艦隊速度にあわせてホバリングし、FV−Xが万一離陸に失敗して着水した場合の救助任務を与えられている。装備は対潜用のUユニット。基本的に洋上での運用を考慮してあるUユニットは、対潜のみならず、救難任務も可能なよう、人の座れる空間が設けられている。二人が腰掛ければ一杯になってしまうような狭さで、普通のヘリのキャビンとは格が違うが、無いよりは遥かにマシだった。
ちなみに、実際に海面にウインチで降りるのは、後席の真崎の役目だった。彼はダイバースーツに身を固め、後席で待機している。ユニットと後席とは、狭いながらも通路があり、互いに行き来できる。
「ヘリを飛ばすのも、並の人間の芸当とは思えませんが?」
「そうかしら……?」
第一小隊四機は無事離陸を終えた。彼らの行く手には、『ラングレーIII』が放った戦爆連合編隊三十六機が待ちかまえている。
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