『おとぎの国の”レッドサン”』第九話
初出:1998年4月11日
NEON
GENESIS
EVANGELION
SUPPLEMENT EPISODE:09
See you again! II
1.剣が峰
Xdayマイナス七二日
――22:00。
硫黄島高校体育館。
真崎は敵襲を警戒して、歩くような速度でRVを走らせて来た。硫黄島高校の脇で停車する。
反応の素早いトップチーム隊員の一人が水たまりを蹴ってMP5SD6を手に駆け寄ってきた。警戒心に満ちた顔をしていたが、相手が海上自衛隊のヘリパイロットの装備をしていることで事情を飲み込んだらしい。わずかに相好を崩した。
「ミサイル喰らったのを見てました。てっきりダメだと思いましたが、脱出に成功されたようで、良かった……」
童顔の隊員がそう言って歯を見せる。
「状況は?」
固い表情のまま、生駒が問うた。隊員はぐっと奥歯を噛んでから、おもむろに口を開いた。
「UFの兵士は殲滅しました。ただ、民間人の死者が二十名、死傷者は軽傷を含めると三桁に達するほどで……」
そこまで言ったとき、はじめて彼は真崎の陰に隠れるようにしていたナルミの姿に気付いた。瞬時に緊張を漲らせてサイレンサー付き小銃の銃口を向けようとする。
「待って!」慌てて生駒が制止する。真崎も身を挺してナルミを庇おうと動く。
「御存じないんですか!? そいつが観念しておとなしくしてりゃ、民間人の犠牲は出さずにすんだんです!」
「ええ、ええ。判ってるわ。だからこそ貴重な証言者なのよ。UFってのが一体何なのか。本人の口から語って貰わないと」
「私、知りません、UFなんて……。どうしてあんなことになったのか……」
ナルミの虚しい呟き。隊員は数拍考えてから、隊長の天満のところに案内する、と言った。
隊員と生駒達のやりとりを横目に、その場を離れようとしたタカトラの首根っこを生駒が掴んだ。
「貴方にも来て貰うわよ」
「……仕方ないですね」タカトラは嘆息した。この一両日の陶とのいきさつを供述しなければならないと思うと、頭では判っていても気が重かった。まして陶があんな最期を遂げた後では。
「サオリにはこんなところ見られたくねえな……」つい独り言が漏れた。
隊員に連れられ、四人が体育館に向かって歩き出す。雨降り注ぐなか、周囲にはまだ火薬の匂いが満ちていた。死傷者は体育館の中に搬送が終わっているものの、水たまりは血液が混じって赤く色づいていた。ぞっとする光景だった。
「真崎さん……」
「びびることは無いさ。信じてやっからさ。……別に”好きだから”なんて言われたからじゃねえぞ。本気であんな阿呆な事をするとは思えないだけだからな」
照れ気味に早口でまくしたてる真崎の言葉に苦笑する生駒も、ナルミを信じてみようかと思った。自分の信頼する後席員たる真崎がそう考えるのならば、と。
――22:10。
BW−03兵装管制室。
コンソールが並ぶ室内の前面に、状況を表示するスクリーンがある。搭載されたコンピュータにより、全自動戦闘モード、しかも最高臨戦態勢への移行が知らされている。BW−03を中心とした同心円が描かれ、硫黄島の海岸線のラインと、いくつかのシンボルマークが記されている。
「謀られたか」
島によるクラックを受けて浮き足だったところに、ヒサカズ達が突入し、千熊以下は全員制圧されていた。銃撃戦によって、ヒサカズ側も一名が死亡、一名重体、重傷者三名の大損害を蒙っている。ヒサカズ自身、左腕に流れ弾を受けて、ハンカチで縛って出血を止めているほどだ。
が、今のヒサカズにとっては、己の怪我よりも重大時が目の前にあった。
「抑えられるか?」
「今のところは、なんとも。時間さえあればと思いますよ」
島がキーボードを素早く叩きながら応じる。元々全自動戦闘モードのOSを開発に携わった者として、負けるわけには行かなかった。
静かな喧噪とでも表現すべき空気の満ちる兵装管制室。入り口近くに並べられた椅子の上に横たわっていたレミが眼を開けた。二回目か、と思う。
良くもまあ、生きていられたものだ。あんな大きな弾が命中しても平気なんて。
ゆっくりと身体を起こす。一瞬状況が把握できない。ヘルメスの機内ではなく、機外に出されて水冷スーツ姿で寝ていたことに気づく。衝撃を受けた影響か、身体の節々が痛かった。
身体をかばいながら立つと、その気配を察したのか、コンソールにつく島の後ろからモニタを覗き込んでいたヒサカズが振り返った。
「レミちゃん、大丈夫か?」
その優しげな笑顔にレミはどぎまぎする。
「はい……。私、どうなったんですか?」
「あの潜水服は大したもんだ、グレネード弾でぼろぼろになったが、君は助かった。中から引っぱり出すのに少々苦労したがね」
「そうですか。……ありがとうございました」
「礼を言うのはこっちだよ。お陰でほら、兵装管制室を奪還できた。問題も残ってはいるが」
ヒサカズの自嘲的な言葉にレミが首を傾げる。ふと彼女は、モニタに警告の表示が出ているのを目に留める。コンピュータが全自動で最高臨戦態勢に入ったことを告げているものだ。
レミがその意味を理解するのにしばらくかかった。
「コントロール出来ない!?」
「残念ながら、そういう事だ」
「もう少しだけ時間を下さい、絶対に取り返して見せます」
島が、脂汗の浮いた顔を一瞬だけヒサカズとレミのほうに向けて怒鳴った。
と、何か感じたことのない違和感がレミの五感を刺激した。
「これは……?」
それが船体が不気味に振動しているのだと気づいたのは、ヒサカズのほうだった。
「ええい、なんてこった。こいつ、喫水を下げてやがる……!?」
眉間に縦皺を刻んだヒサカズが呻く。
兵器庫艦のデータ収集の目的も与えられていた武装ブロックは、防御力の脆弱さをカバーするための、幾つかの方策があった。その一つが、船内に注水して喫水を下げるというものだった。
これによってレーダーに映りにくくなるし、海面すれすれを突っ込んでくる対艦ミサイルがすっぽ抜けたり、あるいは波に叩かれて墜ちたりする、といった効果が期待されての措置だった。
ブロック内の通路には次々とシャッターが降ろされて行く。完全無人での戦闘可能な設計が裏目に出たかとヒサカズは思った。
「これ、まずいですよ……!」
悪戦苦闘する島をサポートしていたSEがヒサカズに情けない顔をみせた。
「なんだ、どうしたというんだ!?」
SEが状況をまくしたてる。戦闘システムの提示している攻撃目標を知り、ヒサカズも顔色を変えた。
「……確か、海上自衛隊が近くにいる筈だ。こうなったら、直接的な方法で事を終わらせるしかあるまい」
ヒサカズは海上自衛隊がモニターする周波数に合わせて通信を送った。
「こちらBW−03。硫黄島宇宙港保全運行管制主任、東郷です」
それを傍受した『あやなみ』では、前回の事があるので、取り次ぎはトップチームの時よりスムーズだった。
「ああこれは東郷主任。『あやなみ』艦長、久川です。小笠原沖ではお世話になりました」
久川の声には安堵が多量に含まれていた。
「申し訳ないが、今度はその貸しを返して貰うことになりそうです。お手を煩わせることになりますが……」
「貴方がこうやって通信を送ってきているという事は、そちらの主導権を奪還したと判断してよろしいのですな?」久川は先回りして喋った。「そちらの職員の救助ですね、すぐにヘリを派遣して――」
「そうじゃないんです!」
ヒサカズは声を荒げた。それを押し隠すように咳払いし、言葉を次ぐ。
「失礼。確かにここを占拠していた連中は排除しました。ですが、肝心のセントラルコンピュータのコントロールが回復できません。こいつはいま、最高臨戦態勢で、対艦ミサイル発射のカウントダウンを行ってます」
「止められないんですか?」
「すぐには無理です。まずいことに、コントロールを取り戻す前に、ミサイルが発射されてしまいます」
「一体どれくらいの対艦ミサイルが搭載されているんですか?」
「ちょうど百発です。モニタで確認する限り、こいつをそちらのフネと、硫黄島全土にぶちまけるつもりのようです。ここで対艦ミサイルを使い切っても、その後では追いつける水上艦が無いことを見越している様子です」
「百発……。どうやったって防ぎきれない」
久川の横で聞いていた丸橋が絶望的な表情を見せた。
「諦めるのはまだ早いです」
空気を察したか、ヒサカズの声に力がこもる。
「なにか手が?」
「こちらが制御できないのは、兵装関連のみです。まず、原子炉を緊急停止させます。こいつは一度止めてしまうと、コンピュータレベルではどうやっても再起動出来ません。これで、ジャミングと粒子流ビーム砲が使用不可になります」
ヒサカズは大きく息を継ぎ、それから一気に言い切る。
「しかし、対艦ミサイル発射そのものは、遅らせることは出来ても停止出来ません。ですから、そちらでVLSを攻撃して吹き飛ばしていただくよりありません」
BW−03の兵装管制室、『あやなみ』のCIC、二つの空間に居合わせた多くの者が表情を凍り付かせた。
「それでは貴方達が」
「ご心配には及びません。一番防備の固い兵装管制室に全員が居ますし、VLSは誘爆による二次破壊を最少にするため、爆圧のエネルギーが上面に逃げるよう設計されています。ブロック上面は火の海になるでしょうが、我々には被害が及びません」
「ですが、危険すぎる」
「迷っている暇はありません。今も、ミサイル発射カウントダウンに、不許可のコマンドを連打して時間を稼いでいるような状況です」
「艦長。やるしかないでしょう」
丸橋が叩き付けるような声を出した。ここまで来て何を恐れているのか、そう言いたげな目で久川を睨んでいる。
「……判りました。これより接近して、砲で叩きます。粒子流ビームのほうはお願いしますよ」
「了解です。原子炉停止で戦闘を中止してくれるような奴だと有り難いんですけどね。あいにく、作ったのが攻撃的な連中なもんで、しぶといんですよ」
それから細々とした打ち合わせを終え、久川は『あやなみ』の速力を上げさせた。三十ノット以上の高速で、『あやなみ』は波の高い海面をもがくように突進し始める。
一方のヒサカズは、即座に原子炉の緊急停止コマンドを打ち込んだ。保全運行管制主任のパスワードが照合され、コマンドは実施に移された。
前面モニタに、その旨の警告が出た。蓄積された電力では粒子流ビームを三度撃っただけで使用できなくなる、との解説まで丁寧に付いている。
「撃たせるものか……」
技術者の一人がぶつぶついいながらキーボードを叩く。たちまちのうちに電力備蓄が減っていく。あくまでもコンピュータ内の情報上の話だが、兵装管制プログラムはそれを事実と誤認した。コンピュータには、『ダメかどうか、とりあえず撃ってみる』などという手段を考慮しないから、これで粒子流ビームは使用不可になった。
「ここで撃たれたら、一巻の終わりだな」
おっかなびっくりといった調子で、『あやなみ』がBW−03の後を追う。
だが、三十キロまで近づいても、何事も起こらない。
そのまま『あやなみ』はBW−03の左舷後方、二十五キロの距離まで間合いを詰めた。
「弾種、徹甲。砲撃開始!」
久川の命令を受け、前部甲板にある多目的砲二門が旋回し、続けざまに発砲した。
初弾から、BW−03の中心に着弾した。火柱が立つ。間をおかず、続々と砲弾が降り注ぐ。
「撃たれる側には回りたくないもんだな……」
久川は酸っぱい表情をして嘆息した。
「総員、衝撃に備えよ!」
ヒサカズの時代がかった命令の直後、嫌な衝撃が兵装管制室を揺さぶった。
『あやなみ』の初弾が命中したのだ。
「誘爆を起こしても、ほんとに大丈夫なんですか?」
不安げな様子のレミの肩に、ヒサカズが言葉とともに手を乗せる。
「シミュレーションに拠れば、ですけどな。まあ、現実はなかなか理屈通りにはいかんもんだが……」
爆発音が一際高まった。発射態勢を整えていた対艦ミサイルが誘爆を起こし、周囲のランチャーに収まったミサイルを巻き添えにしている音に違いなかった。
「大丈夫、大丈夫……」
レミはダクトの走る天井を見上げながら、そう呟き続けていた。
しばし、衝撃音がこころなしか小さくなったような気がした。
「終わった……?」
ふっと身体の力が抜ける。横でヒサカズが首を振っている。
「こんなもんじゃ済まないはずですよ」
「アンテナが破壊されました。送受信不可能!」
通信用オペレータ席に座った職員が金切り声を上げた。既にビデオカメラも破壊されて外部の映像は途絶している。
「まだ全てのミサイルが誘爆した訳じゃない……。まだですよ、久川艦長」
ヒサカズの言葉が久川に届いたか。一瞬後、今までとは比べものにならない大爆発が発生し、兵装管制室は、地震体験用のシミュレータよろしく前後左右に揺さぶられた。
コンソールのモニタの一つにしがみついたレミだが、大きく身体を振り回されて手を離してしまった。後頭部に鋭い痛みが走り、固く閉じた両目の中に蒼い火花が散るのが見えた。レミはそのまま気絶してしまった。
煉獄。そんな古くさい言葉を思い浮かべるほど、BW−03は凄まじい情景を晒していた。燃料が引火したのか、炎はBW−03の上面をまんべんなく焼き払っていた。
「これでBW−03のカタは一応ついたか……」
「中の方達は無事なんでしょうか。あの炎を見ていると、とんでもないことをしてしまったような気がします」
そういう木南は気弱げな視線を久川に向けた。
「早く助け出した方がいいだろうな。アレが原子炉抱えていることを考えると、気が重いな……」
小笠原沖でスクリューを破壊され、対艦ミサイルの連打を受けた『ラングレーIII』も、これほどの惨状ではなかったような気がした。
だが、気を抜くのはまだ早かった。
「敵潜の推進音を捕捉しました! 方位0−7−2。アップドップラー!」
硫黄島の東で、『とうや』を大破させた潜水艦だった。
「今更逃げられやせんぞ」丸橋が呪わしささえ感じさせる声で呻く。
「以後、ターゲットを目標一と呼称。目標一は回頭中。……魚雷発射管注水音を確認!」
ソナー手の緊迫した報告が続く。
「いいだろう、本番の戦さという訳か」
久川が独り言にしてははっきりした発音で言う。
「砲雷長、アスロック・ウォームアップ!」
「アスロック・ウォームアップ開始します。データリンクに十五秒下さい」
「よし。ソナー、逃がすなよ」
「敵潜、魚雷発射! その数、複数……四本です!」
「AT弾展開!」
『あやなみ』の多目的七インチ単装砲二門が、ほとんど砲身を水平にして、小型爆雷を内蔵したAT弾を海面に叩き込む。
「雷速、四十ノット超えました! さらに加速中!」
「また、”シクヴァル”魚雷か……」
「アスロック、データリンク完了!」
「発射!」
回避行動に移りつつ、『あやなみ』がVLSからアスロックを放つ。
鈍い爆発音と共に海面が膨れ上がった。続いて、その盛り上がりを押しのけるように水柱があがった。魚雷が二本、破壊された。
だが、残る二本は、AT弾の爆雷に耐え、『あやなみ』に向かっていた。魚雷がアクティブソナーを作動させ、『あやなみ』のソナーが甲高い音を続けて捉えた。
「自走デコイ発射! マスカー開始」
『あやなみ』は、自走デコイが放つ偽装のアクティブソナー反射音で距離感を狂わせて一本を潰した。あと一本は、艦首を南南西に向け、ガスタービン機関の加速性能でもって振り切った。
やれやれと息をついたところで、北東の海面が割れ、SS−N−22『サンバーン』対艦ミサイルが二発、飛び出してきた。共に『あやなみ』の姿を捉えて飛翔する。
BW−03の真下に潜り込んでいたもう一隻のアクラ級の仕業だった。こちらのアクラ級も加速を開始した。
「挟み撃ちか! 該当目標は、目標二と呼称!」
魚雷をダッシュでかわした『あやなみ』はBW−03の南西側に回り込んでいた。まずいことに、多目的砲の死角、背後からの攻撃だった。艦首を真南に向けた『あやなみ』が速力を増して間合いを開けつつ回頭し始める。
「迎撃シークエンス開始」
艦尾のランチャーからSAM−8が放たれ、SS−N−22を立て続けに撃破した。マラッカ海峡での戦闘を乗組員の誰もが思いだしていた。
思えば、あれが全ての発端だったな。久川は状況にそぐわぬ回想が、ほんの一瞬脳裏を駆けたのを感じた。すぐにその幻影は消え去り、現実が周囲に満ちる。
「諸君、反撃だ。ソノブイ弾、砲撃開始!」
まるででたらめな位置と思える海面に、次々に水柱が立つ。
暴風に吹き崩されていく水柱の映像を見ながら、久川が意味ありげに頷いた。発射されたのはソノブイ弾であった。一度大きく海中に沈み込んでケースから放たれたソノブイが続々と浮かび上がって、ハイドロホンを伸ばし始めた。これで、敵潜の状況は手に取るように掴める、筈であった。
「どうだ?」
「目標二、捉えました。針路1−9−0。三十ノット以上出してます」
「逃げられると思うか?」久川が由比に問いかける。
「どうでしょう。ヘリがいない以上、こちらの手持ちの対潜兵力は、本艦のみ――」
由比の言葉を木南が遮る。
「いや、そうでもなさそうだ」
前面スクリーンに、高速で移動するシンボルマークがあった。
「『しんじ』? 大丈夫なのか」
『あやなみ』の左舷後方から、派手な水飛沫を飛ばしながら『しんじ』が接近し、駆け抜けていった。水飛沫だと? 久川は疑問に思った。それは造波抵抗が発生している証のような物だった。『しんじ』の損傷は直ったわけではない。
実際、いつもと違った揺れる船内で、乗り慣れている筈の加賀井すら、喉の辺りをしきりに気にしている始末だった。
「逃がすなよぉ」
『しんじ』のブリッジでは、加賀井の体調に目もくれない緒方が、充血した目を海面上に凝らしている。海中の潜水艦の姿が見えるはずもないのだが、そうせずには居られなかった。
『あやなみ』が放ったアスロックは、目標一が魚雷迎撃魚雷を駆使してこれを阻止していた。
反時計回りの航跡を残しつつ、『あやなみ』は二隻の潜水艦との間合いを計っていた。
「目標二の発射管注水音! 魚雷来ます! その数、四」
ソナー員の報告を遮るかのような久川の鋭い問い掛けの声。
「どっちを狙ってる!」
「目標判別……。『しんじ』です! え……? 訂正。二本が『しんじ』、残る二本が当艦を狙っています!」
その報告を受け、久川は目を剥いて通信担当士官に怒鳴る。
「『しんじ』に警告送れ! 『しんじ』は『あやなみ』が護る!」
「目標一、対艦ミサイル発射しました!」
レーダーオペレータがミサイルの輝点を確認して言葉を被せてきた。攻撃目標は『しんじ』だった。
勢い込んで駆けつけてきたものの、『しんじ』には、アスロックがあと四本しか残されていなかった。相手が魚雷迎撃用魚雷を持っていることを考えると、あまり戦果は期待できそうになかった。
「『あやなみ』より警告! 魚雷接近中とのことです」
報告を受けた緒方が唇を噛む。造波抵抗によって生み出された雑音により、ソナーの探知能力が著しく低下していたのだ。
「どっちからだ!?」
聞くまでもなかった。リンク33が稼働し、『あやなみ』の捕捉している魚雷の情報が『しんじ』のCRTディスプレイに表示されていた。
「さらに警告! ミサイル・ワーニング!」
「まずいぞ……」
緒方が言葉を失う。四発もの、長距離対艦ミサイルSS−N−25が『しんじ』に向かっていた。
当然、届くのはミサイルが先だ。
緒方は逡巡しながらも艦首を巡らせ、ミサイルと正対する針路を取った。艦首の三十ミリ連装砲は、元々自動対空機関砲バルカン・テルシオの銃身を減らしたバージョンで、『あやなみ』のNADIAシステムの管制を受けて迎撃を行えた。
「ミサイルで対抗できりゃ、それに越したことはないが……」
『しんじ』のVLSからSAM−8四発が次々と飛び出した。SAM−8はこれでタマ切れだった。
だが、SS−N−25は三発までが迎撃されたものの、残る一発が生き残ってしまった。低空で接近するSS−N−25に対し、SAM−8が同じく超低空で迎え撃とうとして高波に呑まれてしまったのだ。
バルカン・テルシオの三十ミリ劣化プルトニウム弾とはいえ、連装では甚だ心もとなかった。脱出準備を命じるべきか、と緒方が考えたとき、レーダーからSS−N−25の反応が消えた。リンク33による『あやなみ』提供データからも、姿を消していた。どうやら、こちらも波に浚われたらしい。
「助かった……」
だが、二本の魚雷が依然として接近していた。今度もシクヴァル。反転して逃げ出すには、どうも間に合わないような気配だった。緒方は密かに腹を括った。それでも、この荒天下での海水浴はあまり面白くないような気がした。
その頃、『あやなみ』CICには混乱が起こっていた。
「北から巨大な磁気反応が接近してます。……ソノブイには捉えてません。第一、速力が六十ノット以上出てます」
「ちょっと待て。間違いないんだろうな」久川が不審げに問い返す。
「判りません。少なくとも、こんなのはデータにありません。妙な具合ですね。鋼鉄製の潜水艦でも、こんなパターンは出るはず無いんですが……」そこまで言ったソナー手が、迷うような口調で捕捉訂正する。
「音を捉えました。スクリューじゃないです。原子力機関のギア音です」
「原潜がスクリューも動かさずに六十ノットですっ飛ばしてるってか?」
とりあえず目標三の呼称が与えられた物体は、猛烈なスピードで南南東に向かっていた。『しんじ』と目標一の間に割って入る針路を取っている。
対潜コンソールに張り付いて針路の予測を行っていた丸橋が首を捻った。
「これだと、まるで魚雷に特攻をかけるようなものです」
「恐らく味方ですね」
気むずかしい顔の由比の発言に、艦長以下が注目した。
「この間、自衛艦隊司令部から、増援到着の知らせがあったじゃないですか。あれです」
「しかし、この高速は異常だよ。それに、ものは原潜らしいというじゃないか――」
木南の反論に、久川は閃くものがあった。
「そうか。戦自の『あらし』級か」
道理で自衛艦隊司令部もはっきりした情報を寄越さないわけだ。戦自の潜水艦じゃ、何考えてるか判ったものじゃないからな。苦々しい思いを感じながら、久川は前面スクリーンで展開される、ゲームのような戦争を見やった。
戦略自衛隊第六艦隊所属あらし級超伝導推進原子力潜水艦二番艦『あらし』(SSE−0701 八千二百トン)。
魚雷型の船殻を覆うように円柱状の外殻をさらに持ち、ナイフのように鋭いセイルを有するこの潜水艦は、余りに革新的な技術が豊富に盛り込まれている。そのため、技術流出を恐れた関係者の工作により、海上自衛隊ではなく戦略自衛隊に密かに配属されていた。実戦は今回が初めてだった。
ただの原潜ではなく、外殻の内側にある超伝導磁石を用い、原子力機関の大電力を流し込んで発生させたローレンツ力を推進力にしている。
さらに海中で電気を流すため、水の電気分解によって塩素ガスその他の気体が生み出される。これを外殻の特殊なパイプが吸い取り、それを改めて外側にあいた無数の穴から噴射する。それによって外殻全体が泡に包まれた状態になり、水の粘性から船体を解き放つ事で、最高速力百十ノットを記録している。
硫黄島北百二十キロで待機していた『あらし』は、状況をBGL(ブルーグリーンレーザー)通信によって受信し、何かと目立つ超伝導推進によって自らの秘匿性をはぎ取りつつ南下を続けている。
そのセイル部にあるBGL通信用のレーザーガンから、文字通り青緑色の光が放たれた。海中を駆ける閃光は二度に渡って三秒近くの間、二発の魚雷の弾頭部に照射されていた。
「魚雷、推進音停止……?」
『しんじ』『あやなみ』両艦のソナー手が首を傾げていた。
「上の連中、泡食ってるだろうな」
『あらし』艦長、軍庭グンジ二佐が発令所の艦長席でにんまりとした。先任士官の津田アツシ三佐も含み笑いでそれに応じた。
『あらし』搭載のBGLガンの攻撃で、シクヴァル魚雷のコンピュータチップをショートさせたのだった。
「これからの機動を見れば、もっと仰天しますよ」
津田の言葉通り、『あらし』は天井知らずかと錯覚させるほど、余裕のある加速で八十ノットに達してもなお速力を増しつつ目標一に突進していた。
『あやなみ』CIC。
「あの速力で正確に敵の位置を弾いてる……? ソナーも満足に使えない筈なのに、まるで見えているみたいだ」
「実際、見えてるんだと思いますよ」
丸橋の呟きを耳聡く聞きつけた由比が、言葉を挟んだ。
「まさか。どうやって」
「天文学の世界じゃ、もの凄い望遠鏡がいくらでもあるじゃないですか。海中が見えちゃいけないという法はないですから」
由比の言葉通り、『あらし』は扇状に照射するBGLとセイル部の望遠カメラを組み合わせ、三十キロ先で水深三百メートルを航行する潜水艦の姿を映像に捉えることが出来た。
その為には、海水がある程度の透明度を持っていることと、屈折を補正する為の温度や塩分濃度に関する周辺海域の充分なデータを持っていることが必須だったが、今はその条件は十分にクリアされていた。硫黄島周辺は、自衛隊の潜水艦が訓練に度々訪れる海域だった。
『あらし』は、攻撃方法も全く奇抜だった。とんでもない速度で接近してくる相手に恐れをなしたのか、目標一は攻撃を仕掛けようとしたが、たちまちに魚雷の安全圏内に飛び込まれてしまった。
『あらし』は潜水艦の常識を超えた機動を見せた。目標一の真後ろに回り込むと、船首が目標一のスクリューに触れかねないほどの位置まで接近し、そこで魚雷を一発放り出したのである。
そのまま『あらし』は、なんと時速七十ノットで後進を掛け、安全圏内を抜けた瞬間、魚雷が目覚めて炸裂した。目標一はセイルを根こそぎ吹っ飛ばされて沈没していった。
「やはり予想通りだったな」
久川がぽつりと言った。木南は以前の会話を思い出した。久川は言ったものだ。自分たちは苦労するだけで、結局あとから来た者においしい見せ場を持って行かれてしまう、と。
だが、もう一隻のアクラ級は、予想外の機動を見せた。
「目標二、メインバラストタンク排水音を確認! アップトリム、浮上してきます! 増速中……速力四十ノット!」
「高速発揮しつつ浮上だと?」
問い質した久川が、スクリーン上の3D空間映像で位置関係を確認して絶句する。
「奴め! 本艦に特攻をかける気だ!」 弧を描いて北西の方向に艦首を向ける『あやなみ』の真正面にいる目標二が、浮上しつつ突進してきていた。
「攻撃を……!?」
「くそ、間に合わないぞ」
騒然となったCICで、久川が怒声を発する。
「狼狽えるな! 機関全速! 目標二の頭上をすり抜けてかわす!」
「無茶です、艦長! 舵を切ったほうが――」木南が蒼白になって止める。
「いえ、ここで回避行動をとったのでは巨大魚雷と化した目標二の針路からは逃げ切れません。浮上率とスピードから――」
丸橋は3Dで海中を表示するモニタ上に、斜めに切り欠いた円錐を描いた。その先端部は目標二。円錐は目標二の予測針路。海面に描かれた楕円の中に、『あやなみ』がすっぽりと捉えられている。
「目標二をオーバーシュートさせる以外に手はありません」
「その通りだ」久川が不敵な笑みを浮かべて丸橋に頷いてみせる。今まで何かと対立しがちだった丸橋と意見が一致したことを喜んでいる様子だった。
ガスタービン機関が再燃焼装置による加速を生み、『あやなみ』は四十ノット超を発揮した。うねる海面を切り裂いて驀進する。
ソナーが、高速発揮時の雑音によって使用不能になる。
「各員、衝撃に備えよ!」
排圧効果によって海面が知覚できない盛り上がりを見せる。
「目標二、浮上予定時間……今!」
足元から突き上げてくる破壊を乗組員全員が脳裏に浮かべた次の一瞬、『あやなみ』の艦尾から二百メートルとは離れていない海面が弾け、鯨の親玉のようなアクラ級の鼻面が飛び出した。
「潜水艦が……飛ぶ!?」唖然とした丸橋の声が、虚ろにCICに響く。
船体の大部分を海面上に露出させたアクラ級が、スローモーションのようにスクリーン上を動く。
非現実な光景から、一番はやく立ち直ったのは久川だった。
「取り舵一杯! 主砲、射角に入り次第攻撃せよ、弾種徹甲!」
転覆しかねないほどに甲板を傾けた『あやなみ』が矩形の機動を描いて振り返る。捨て身の攻撃をかわされた目標二は無念そうに潜航に移りつつあった。そこに七インチ弾が降り注ぐ。
最初の一弾でセイルが根本から吹き飛んだ。そこに無慈悲に降り注ぐ七インチ砲弾の嵐。
「砲撃で潜水艦を殺る羽目になるとはな」
久川の呟きに、丸橋が言葉を挟む。 「本艦が多目的砲装備艦で助かりました。兵器というのは先祖返りをおこすものですね……」
「だが、退化してる訳じゃないさ」
とはいうものの、原潜を用いて特攻をかけようなどと考える人間の精神のほうはどうだろうかと、久川は荒れる海面同様、心平静ではいられなかった。
BW−03兵装管制室。
これで何度目だろう。いい加減うんざりしながら、レミは急速に意識を覚醒していた。
身体を起こす。場所は意識を喪う前と変わっていない。照明の抑えられた兵装管制室だ。
室内を見回すと、制御卓の椅子の一つに浅く腰掛けたヒサカズの姿が目に入った。
「どうなったんですか……」
問いを発しながらヒサカズの元に歩み寄る。
「誘爆の衝撃で頭をぶつけたみたいだけど? 気分はどうかな」
「ああ、いえ。私じゃなくて」レミが頭を振る。軽い目眩がした。
「状況なら、一応決着はついたが」
ヒサカズは沈黙したままのテレビカメラのモニタに向き直った。レミも視線を合わせる。
「砲撃でもって、VLSは根こそぎ誘爆を起こして吹き飛んだ。実は、今もここから三つ上の階層まで、火が回っている有様だ」
「それじゃあ、逃げられないじゃないですか……!」
「慌てなくても大丈夫」
ヒサカズは口元を緩めて、諭すような口調で説明した。
「今ちょうど、全てのコントロールを奪還したところ。これから臨戦態勢を解除して、排水にかかろうとしている。発着場が海面上にまで出れば、そこから脱出できる。ま、火災はくい止められる。原子炉積んだブロックが沖合に沈んだとなれば、宇宙港は計画そのものがオシャカになりかねない」
「そうですか。助かったんですね」
レミがほっとした途端、彼女の喉にいやな感触がこみ上げてきた。反射的に口を押さえるが、違和感は喉の防衛ラインを突破し、口の中に一気に満ちてしまった。たまらず、その場に胃の内容物を嘔吐してしまった。激しくむせる。体中の汗腺から汗が吹き出た。この数時間で二度も気絶している事がレミの脳裏をよぎる。脳になにか異常でも――。
「心配ない、ただの船酔いだから」
優しくレミの背中をさすってやりながらのヒサカズの言葉に、レミは汗と共に浮かんだ涙を拭いながら頷いた。ふいに、一度拭った筈の涙がぽろぽろと流れ出しているのに気づく。
「ヒサカズさん……!」
「もういいよ。よく頑張ってくれた。『たまな』の皆さんもきっと誇りに思ってくれるよ」
ひたすら泣きじゃくるレミを、ヒサカズは優しく慰めた。
2.そして日は昇り
Xdayマイナス七一日
――6:05。
『しんじ』前部甲板。
文字通りの波乱を招いた台風”ティファ”は、一気に北の空へと駆け抜けていき、白んだ東の空から、まさに旭日の片鱗が姿を現していた。
「終わりましたね……」
三十ミリバルカン砲の砲塔にもたれる加賀井は、疲れ切った表情を懸命に押し隠そうとしていた。
「終わりなものか」
そう言う緒方は、ここ数日影を潜めていた穏やかな表情を見せ、軽く加賀井の肩を叩いた。
「本当の戦いはこれからさ。その時こそ、我々の出番だ。……今回は『あやなみ』に助けられただけだったがな」
緒方の言葉に、加賀井は顎を引いて消極的な賛意を示した。視線を東の水平線に向ける。燃える暁が、台風一過の海上に光を射し照らす。嵐はいつか去り、その後には必ず太陽が昇る。この世界もそうであって欲しいと、加賀井は切に願った。
――7:00。
硫黄島高校体育館。
「どこに行ってたのよ、このバカトラッ! こっちは大変だったんだからね!」
弾痕と血痕があちこちに残る、陰惨な姿を晒す体育館の前で、境が仁王立ちになってタカトラを怒鳴りつけた。
陽光の水平射撃が、至る所に出来た水たまりに反射して、タカトラはまぶしげに目を細めていた。
「まあ、訳有りでな……。そう怒るなよ」
タカトラは同じ体育館でも、ライブ関係者用の控え室で、ほとんど軟禁状態で事情を天満に説明していた。一晩かかってようやく解放され、疲れた声でそう応えるタカトラは、服中泥だらけで、ひどい有様だった。血痕も伺える。その上、背中には日本刀を背負っているという不思議な格好だった。
「さっきから気になってたんだけど、なんなの、その格好?」さすがに境が訝る。
「訳有りだっての」
タカトラは言葉を濁した。陶の事も、ナルミの事も、ひたすら境の追求からごまかし続けた。可能ならば、昨夜の出来事は墓場まで持っていく事に決めていた。
疲労がどっと身体に満ちる。そのまま体育館正面の階段に腰を下ろす。勿論そこも雨にうたれていたが、もう濡れるのを気にしている気分じゃなかった。
「なあ、サオリ……」
「……なによ」
厳しい表情のまま、サオリがタカトラの横に腰を下ろす。
「この島、退屈でしょうがないと思っていたけど、結構凄いところだよなあ……」
「莫迦……」
エントランスの、半開きになった扉から精気の失せた南雲が姿を現した。気配を察したタカトラが振り仰ぎ、目が合う。
「やあ、タカトラ……。どうしてたんだい」
「苦労だったなあ!」
タカトラは南雲に何も喋らせず、ばしばしとその背中を叩いた。タカトラにとっては、南雲もまた真実を話せない相手の一人だった。
――11:00。
硫黄島中部居住区。911棟2−A号室。
身体を揺すられ、二万里は心地の良い夢の世界から、思い出したくもない現実世界へと引き戻された。
まだ”ZERO”の影響で頭が働かないが、揺り起こした相手が制服の警官とあれば、もうこれは観念するしかなかった。願わくば、そのまま寝かせて置いて欲しかったが。
公安警察の刑事が歩み寄る。
「あの少年の言葉は本当だったな……。君、大丈夫か?」
早くも鑑識が室内をくまなく調べ始めている中、意外に優しげな声を掛けてくる年かさの警官を、二万里は胡散臭そうに見上げる。
「補導されたこともなかったのに……。少年院に行くことになるんですか?」
「何を言ってる? もう安心だ。UFの連中は自衛隊がやっつけてくれたよ」
見渡すと、まわりにいる警官達はみな穏やかな顔付きをしている。二万里には訳が分からなかった。
「私もUFの同調者です」ややあって、二万里がぽつりと白状する。
「……ああ、いかんな」刑事が顔を曇らせる。「自衛隊さんが言ってた、井上ナルミとおんなじ症状を見せている」
「どうやらこれが、UF同調者を作り上げるネタらしいですよ、ほら」
若手の警官が、白手袋をした両手にヘルメットと無針注射器を持って歩み寄る。
「なるほどなあ。いいかい、君は薬で正気を失って、UFの同調者だと思い込まされていただけなんだ」
「そうじゃないんです。私は、陶に唆されて、自分の意志で仲間に――」
「うんうん、まあ、自分じゃ自覚はないのかも知れないが。血液検査をすれば直ぐ判ることなんだ。大丈夫、適切な治療を施せば、洗脳は解ける」
二万里は、痴呆のような表情で刑事の顔を見つめるばかりだった。
――13:20。
硫黄島基地。
崩れ立った基地前の滑走路に、天龍小隊隊員が勢揃いしていた。
「全く、苦労だったな」
偶然にもタカトラと同じ言葉を吐いた基地隊司令・真柄に対し、天満が頷く。真柄は最初の攻撃の際に腕を負傷して三角巾で吊っているが、天満はそれを気にする風もなかった。
負傷者こそだしたものの、トップチーム一個小隊三十六名に、戦死者は居なかった。それが特殊部隊のしぶとさというものだった。
「せいぜい終わりの始まりですよ、こんなのは」
天満が早くも応急復旧の始まった滑走路に視線を向けた。昼過ぎには彼らを内地に運ぶ輸送機が到着する予定だった。
「彼女のこと、よろしく頼むぞ」
真柄は小声で天満に囁いた。彼女とは無論、ナルミのことだった。行きがかり上、天満はナルミの身柄を内地まで護送する任務も与えられていた。
「病院に放り込んで精密検査を受けさせることになるでしょう。個人的にはやはり、異常な精神状態にあった上での行動だと感じておりますが」
「催眠術とか、マインドコントロールとか、そういうことかね?」
簡単な経緯の説明を受けただけだった真柄が興味深げに尋ねる。
「そうです。警察のほうでも何か掴んでいる様子ですが。どういう手を用いているのかが解明されれば、UFに寝返る連中が後を絶たない訳、そしてその連中が無謀な攻撃を仕掛けてくる訳が判るでしょう」
「期待しよう。今回の敵兵には日本人も混じっていた。今更同胞同士で殺し合いたいとはおもわんからな」
真柄の言葉に、天満も大きく頷いた。
その頃、力つきたMH−7Jの元に、天満達と別れた生駒と真崎は戻ってきていた。一緒に内地に帰還する事も考え無くもなかったが、やはり生駒達が帰る場所は『あやなみ』しか無かった。
堤防の上に登った真崎が胸を張って、晴れ上がった空を睨んでいる。
(ナルミさんのことが、やっぱり気になるんだろうな)
雄々しくはあるが、心の中で泣いているんじゃないか、生駒はなんとなくそんな事を思った。
ナルミの身柄をトップチームに引き渡した事は、決して間違っていない。そうは信じるものの、これからいかなる処遇が待っているのか、生駒達には判らない。もしかすると今後のナルミの支えになってあげられるのは、真崎一人かも知れないと彼女は思った。
「真実はいずこにありや、全世界は知らんと欲す……。か」
生駒はまだ雨に打たれて水滴の残るMH−7Jのスタブウイングに手を掛け、無言で真崎の幅広い背中をいつまでも見つめ続けていた。ヘリを失った二人が『あやなみ』に帰還するまで、これから二日半の時間が必要となる。
時に二〇一五年。戦いはまだ、終わらない。
――『おとぎの国の”レッドサン”』・完
同じ世界観を有する姉妹作、『鋼鉄のヴァルキューレ』が掲載されている『エデンの黄昏』(Twilight of Eden)に続く
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