『鋼鉄のヴァルキューレ』(改)  第二話


REDSUN IN WONDERLAND
SUPPLEMENT STORY:02

 お詫びと訂正

 本作零話前編で記述した内容の中で、”劣化プルトニウム”という単語がありました。
 この点に関して、読者の一人である井口史匡様から、指摘を頂きました。転載の許可を得ましたので、下に記します。

 * * *

 作中で使用している劣化プルトニウムですが、これは結論からいうと現在は使われていないし、今後も使われることはないでしょう。
 そもそも劣化ウランとは何か。ウラニウムには実際の原発、原爆で使用されるU235と核分裂反応を起こさないU238のほぼ2種類の混合した酸化物として採掘されます。自然界ではU235とU238の比はU238の方が圧倒的に多いので遠心分離などを利用してU235の濃度をあげることになります。
 そしてU235濃度が3%ほどになったものが核燃料などに利用され残ったU235の率が0.2%になったものを劣化ウランとしてアメリカは現在利用しています。
 劣化ウランとは要するに要らなくなったウランの絞り粕です。当然放射能もなくなったわけではありませんし、実際米軍でも放射能障害があるそうです。

 他方プルトニウムですが。これはご存知のように完全な人工元素であり。原子炉内で中性子を浴びた238Uが変化するもので自然界からは産出されません。その点から劣化プルトニウムというものは存在しません。

 * * *

 とのことです。今回の一件に関し、読者の皆様方に不正確な記述で混乱を招いたことを、ここにお詫びします。残念ながら、筆者の知識は必要十分とは言い難く、同じような過ちを繰り返す可能性が皆無とは言い切れません。
 読者の皆様方におかれましては、不正確な点に関しては、どんどん指摘していただけると有り難いです。
 なお、今後、”劣化プルトニウム”は、
”N2弾頭同様に現在では未知のテクノロジを用いて精製された超硬質物質に対して、劣化ウランに引っかけて与えられた不正確な通称”
 と定義したいと思います。




 1・その日

 太平洋上。

 陽光の中、岐阜県各務ヶ原にある航空実験団の滑走路を軽快に飛び立ったのは、RFV−Xと呼ばれる、新型VTOL偵察機だった。
 前席でサイドスティックを握る、タックネーム”セイル”こと帆足セイイチ三等空佐は、海上自衛隊が納入先であるRFV−Xの実用化と同時に現場復帰し、そのまま海自へ転向することが、ほぼ本決まりになっている身だった。
 後席に座るのは、本来の偵察員ではなく、開発チームの一員である天霧ツバサ二尉。RFV−Xが装備する様々な電子戦装備が規定通りに作動するか、チェックするために乗り込んでいる。
「いやあ、空はいいなぁ、天霧二尉?」
 機首を南に向けた帆足は、朗らかな声でインターコムを通じて後席に呼びかける。以前、帆足は彼女に”ミスト”なるタックネームを付けてあげたのだが、あまり反応は芳しくなかった。その為、飛行中でも帆足は彼女を名前で呼ぶ。
 天霧からは、打てば響くと言った呼吸とはほど遠い声が返ってきた。
「この邪魔な酸素マスクがなければ、多少はそうかという気もしますが。第一、こちらはモニターを監視していなくてはなりませんので。外を見ている余裕なんて」
「そいつは残念だ。まあ、酸素マスクはずっと付けてると、口元に皺が刻み込まれる原因になるからな。女性にはあんまり付けさせたくはない、正直な話」
「そうなんですか?」
 今にも酸素マスクをむしり取りかねない口調で天霧が聞き返してくる。インターコムのマイクは酸素マスクに内蔵されているから、細かな息遣いまで互いに伝わる。
「はっは。君もれっきとした女性、というわけだ」
「当たり前のことを言わないで下さい」
 むっとした声。当然の反応だろう。
「わりい。……そうだ、ブリーフィングの時、艦本の一佐が来てただろ、早川とか言う」
「はい。今回のフライト、早川一佐の指図だとか」
「そうだよ。妙な話だぜ、全く」
「……。間もなく旋回点。訓練開始です」
「おう」
 帆足は間延びした声と共に、サイドスティックを軽く右に倒した。RFV−Xの機体が滑るように右への降下旋回に移る。RFV−Xの心臓である、二基の石川島・三菱”海王”二二型エンジンは快調だった。
 既に海上に出ていた。陽光煌めく紺碧の海が眼下に広がる。
「レーダーに反応。四機。向こうもレーダーを使ってます。……機種判別。スホーイ35、”スーパーフランカー”です。IFFに反応無し」
 天霧が機械的な口調で告げる。
「早速おいでなすった。ECM開始」
「了解。ECM、開始します」
 帆足はスロットル・レバーを押し込み、加速を始めた。後席の天霧は、スーパーフランカーのレーダーを盲目化すべく、強烈なジャミングを仕掛け始めた。
「敵編隊、分かれます。左右から挟み込むつもりです」
 さすがに緊張と興奮で、天霧の声がやや上擦ってくる。
「そうこなくちゃな。接近戦でカタを付けるつもりだ」
 偵察機であるRFV−Xは、赤外線追尾式の短距離ミサイル二発以外には、一切の武装を有していない。ひたすら逃げ回り、目標を撮影して帰還すること、これが偵察機の任務だからだ。
(だが)
 帆足は、機体を操りながら、フライトプラン作成時に早川に言われたことを思い出していた。今回は、なるべく長時間、偵察目標であるフネの上空に滞空して欲しい、だと? まあ、何を考えているのかは大体判る。あの御仁、噂じゃ”戦艦”を作ってるらしいからな。そんな人間が艦隊上空に航空機を送り込みたい理由はただ一つだ。
 右旋回に移ったRFV−Xの左後方から、レーダーを封じられたスーパーフランカーの二機編隊が、赤外線監視装置を駆使して接近してくる。アフターバーナーに点火してマッハ超の速度で突っ込んできた。たちまち有視界内に互いを捉える。
 本来なら、後席員が首を捻って敵の動向を逐一報告しなければならない状況である。もっとも天霧は電子戦で手一杯で、それどころではない。
「そう簡単に掴まるかよ」
 帆足は不敵に呟くと、上昇しながら左バレルロールを打つ。機体の動きに合わせて太陽光の入射角がくるくると動き、バイザー越しでも感じるまぶしさに彼は目を細めた。
 一方、急激な機動で天霧の呼吸が荒くなるのが判った。それでも悲鳴一つ上げない。基本的な訓練は受けているとはいえ、たいしたもんだと帆足は感心する。
 スーパーフランカーはさらに編隊を解き、追撃の手を緩めない。一機は高度を上げていつでも襲いかかれる位置に占位しようとし、もう一機は執拗にRFV−Xの後方に回り込もうとしている。
 パワーでは劣るものの、小回りという点ではRFV−Xのほうが上だ。帆足はシザース機動に持ち込み、気負い立ったスーパーフランカーの一瞬の隙をついて機体を捻りつつ推力ノズルの向きを変更。壁にぶち当たったかのような鋭いインメルマンターンを見せて振り切った。
 相手が可変ノズルを持つSu−37、あるいは”アルティメット・フランカー”と西側諸国で恐怖の的となっている、Su−39であれば、こう簡単には振り切れなかったかも知れない。これらはアバウトな機種番号を与えられているが、全てSu−27”フランカー”から派生した機体である。が、世代的には完全に懸絶している。
 では何故旧式がいまも配備されているのか。予算の問題もあるが、ロシアが最新鋭機を国内防空部隊にしか与えなかったのが、一番の理由だ。
「まもなく、目標が有視界内に入ります!」
 もはや、完全な興奮状態にある天霧が叫んだ。
「よーし、ガンカメラスタンバイ。綺麗に撮ってやるぞ」
 天霧とは対照的に、帆足はのんびりした声を出した。
 眼下に広がる海に、引っかいたような白い航跡が複数見えた。その中央に伸びる一際大きな航跡の先端には、のっぺりとした、直線の組み合わせで構成されたフネが。空母の飛行甲板だ。
 RFV−X機首に収められたガンカメラがその姿を捉える。
「『オーバー・ザ・レインボウ』。ばっちり撮ってやったぜ」
 本当なら、ここで脱兎の如く逃げ出さなければならない。しかし、今回は可能な限りこの場に踏みとどまる必要がある。
「前方から二機、接近します」
「いよいよ挟まれたなあ。ヒートミサイルが来るぞ。IRジャマー準備」
 相変わらず、帆足の声には緊張感がない。もっとも内心は大違いだ。どれだけ持ちこたえることが出来るかな。帆足にはさほど自信はなかった。額に汗が浮かぶのが判った。
 と、その時。
「各務ヶ原コントロールよりハミングバード・ワン。状況中止、状況中止」
 無線が鳴った。ハミングバードはRFV−Xのコールサインだ。
「こちらハミングバード、どうした。ターキーなフランカーが、オーガイン(墜落)でもしたか?」
 危うい状況が突然ぶつ切りにされたことで、帆足は安堵と精神的消化不良を同時に覚えつつ、やや鋭い声で聞き返した。要撃任務についていたスーパーフランカーが、何かトラブルでも起こしたのか。そう思い、レーダーをロングレンジに切り替える。反応を数える。四機。とりあえず、”見えて”いる距離にいる連中に問題は無さそうであった。
「そうじゃない。状況”G”だ。繰り返す、状況”G”」
 切迫した管制室からの声に、帆足は顔を歪めた。
「了解した。直ちに帰投する」
 怒気に近いものを孕んだ声で応じ、交信を終える。むっつりした顔のままサイドスティックを倒し、機首を各務ヶ原への針路に向けた。
「あの……、状況”G”とは?」  何が起こったのか把握できていない天霧がおずおずと訊ねた。
「”G”ってのは、軍事力以外による日本への侵攻、その対処計画の通称だ」
「……災害、という事ですか?」帆足の表現が彼なりのひねくれたものかと判断した天霧が、さらに訊ね返す。
「違う」帆足は断じた。「”G”はゴジラのGって噂だからな。……怪物が現れたんだ。お偉方が、”使徒”って呼んでる怪物がな」

 時に二〇一五年。UNに指揮権を預ける日本国自衛隊は、ある戦いを継続していた。
 それは、人類の存亡を賭けた戦いではない。日本国籍を有する八九〇〇万人の人々に対し、それまでに築き上げた文化・社会・科学技術の水準を、一歩たりとも後退させず、今日と変わらぬ明日を保証するための戦いであった。
 それが実現されるのであれば、二八億三〇〇〇万の世界人口のうち、実に五分の一が飢餓線を彷徨っている現実など、知ったことではなかった。長野県長野市南部(松代)に本部ビルを構えるUNも、それを消極的に肯定していた。
 先進国のインフラストラクチュアが壊滅してしまえば、自然科学的な意味での生など、社会科学的には何の意味も持たなくなるからであった。つまりはこういう事だ。自分たちの影響力が行使できない原始人レベルの生活に逆戻りせねばならないのなら、人類が絶滅してしまってもさしたる違いはない――、と。
 その点において、”使徒”の襲来など、問題ではなかった。それはせいぜい、タチの悪い台風のような存在であるからだ(勿論、その認識では不十分である)。
 であるから、新たな戦いにも参戦しなければならないのは、自衛隊関係者にとっては面倒な話であった。人間のほうがよほど恐ろしい敵、との認識は、関係者であれば誰もが達している真理であるから、なおさらだった。
 だが、帆足の機嫌が悪かったのは、その厄介事が持ち上がったからではない。
 航空実験団に籍を置き、未だに真価を計りかねるVTOL試験機を操っている自分には、当分”使徒”相手の戦いに関わる機会が無い。それが何とも後ろめたく思われたのだった。
 勿論、あの不格好なVTOL――UN重戦闘機に乗って戦いたいなどとは、微塵も考えてはいないが。

 2・三美神

 大分県。大神工廠。

 早川がようやくの事で承認を取り付けたものの、リツコと『たかちほ』との繋がりはしばらくの間、一旦途切れていた。
 第参使徒の襲来により、いよいよネルフの仕事が本格化し始めたからだった。使徒の分析、エヴァのより確実な起動。癖のあるパイロット達のシンクロ率上昇。 為すべき事柄は山のようにあった。特に、第四使徒をほぼ無傷で接収した後で、分析作業は本格化していた。
 そんな中、早川から、『たかちほ』管制システムの構築を行って欲しい、 と言ってきた。リツコにとっては、使徒よりも厄介な男と顔を合わす羽目になるのだった。

「とうとう来ちゃったわねぇ。”赤紙”が」
 他人事のようにミサトが言う。
「一週間で終わらせるわ」
 リツコはそう言い残し、マヤを引き連れて第三新東京市を後にした。

 大分県大神工廠。日出町と杵築市を結ぶ線より南の半島部一帯を占める巨大な工業地区の通称である。  本来、この工廠は、硫黄島で建設が進められている宇宙港の為に作られた。
 セカンドインパクト以前は、さしたる造船施設があったわけでもない。セカンドインパクト直後の混乱期に、日本重化学工業共同体がどさくさに紛れてこの地域を買い占め、わずか十年ほどで一大工廠に作り上げてしまったのだ。
 ここの造船施設では、一般には知らされていないが、海上自衛隊の護衛艦の建造・改装・修理も手がけている。

 新大分空港は、海没した旧大分空港から十キロばかり内陸部に入った安岐町にある。民間の旅客機を使って移動したリツコとマヤは、空港を出ると早速、早川と名取の出迎えを受ける事になった。
「お久しぶりです、赤木博士! わざわざお越し頂いて申し訳ありません!」
「MAGIの稼働に関しては、私に責任がありますから。当然のことです」
「そう言っていただけると有り難いですな」
 空港から、『たかちほ』が建造されている区画までは、早川自ら運転する九三式高機動車で向かう。国道二一三号線は八坂川を越えたところで私有地化され、やたら車線が広がっている。
「あの、これ……、ジャンヴィーですよね?」
 後部座席のマヤが、補助席の名取に訊ねた。流石に直接早川に尋ねることはしない。ジャンヴィーとは、九三式高機動車の通称である。同社の原型となったアメリカの”高機動性多用途装輪車両”が、頭文字を取ってHMMWV(ハンヴィー)と呼ばれていることに対し、さらにそこにジャパンのJをくっつけて、そう呼ぶ。
「ええ。でも、一佐の私物ですよ」
「セカンドインパクトの際にぶっ壊れてたものを、レストアしたんです」
 早川が補足した。基本的に軍用の乗り物は扱いが難しいと思われがちだが、九三式高機動車は三速オートマティックで、運転自体は簡単である。
「随分大げさな愛車ですね」
 リツコが皮肉る。
「何事も型から入るタイプなんですよ」
 軽口を叩く早川は、ごつい愛車のみかけによらず安全運転であった。慎重なハンドルさばきで旧国道二一三号線を左折する。『たかちほ』が生まれようとしている造船ドックは、W字型をした半島部中央のへこんだ部分、高津地区にあった。
 通用門では、早川と同じ一佐の階級章を付けた長躯の幹部が彼らを待っていた。
 ぞろぞろと高機動車から降り立った一行を前にして、相好を崩す。
「ご苦労様です、赤木博士。御高名はかねがね」
 堂々たる姿勢での敬礼。とにかく得体の知れない早川と比較すると、よほど海軍士官としての態度が板に付いていた。自然、リツコとマヤも丁寧に頭を下げることになる。
 黛ヨシタカ一等海佐。防衛大学校卒業後、海上自衛隊での人生のほとんどを艦隊勤務で過ごして来た男である。
 実戦も豊富に体験している。船団護衛計画――部内呼称”E計画”においては、旧式の護衛艦を駆って、地球を半周するような遠洋航海に何度も携わっている。その際の経験から、従来のミサイル偏重主義を改め、火砲の役割を見直す事を上層部に主張し続けていた。早川の数少ない理解者といえた。先日、『たかちほ』の初代艦長職に任じられ、この地に派遣されている。
「相変わらず、忙しいご様子で」
 早川の言葉に黛が大きく頷く。
「とにかく前例のないフネだからな。まだ出来てもないフネに異動するのも異例だが、もう一部では訓練が始まってるんだぜ。それもこれも、貴様のお陰だ」
 怒っているのか喜んでいるのか判らない口調の黛が、早川の肩を親しげに叩く。黛のほうが先任であるため、両者の言葉遣いに違いが出る。とはいえ、早川は相手によって話し方を変えるようなことはしないが。
「今日は何のご用で?」
「えーとな、アレだ」
 黛が得意げに、東の空を指さした。話を聞いているだけだったリツコ達もつられて見上げる。よく晴れた陽の光が目に痛い。
 そこには、青空をバックにして、飛行船と大型ヘリ六機を組み合わせた陸上自衛隊の長距離重量物輸送ビーグル、通称”アトラス”が浮かんでいた。その胴体下部に、細長い形状のコンテナがスリングされている。
「超長砲身の現物が到着した、という訳だ。これでやっと『たかちほ』は砲撃護衛艦らしくなる。では、小官はこれで失礼します。管制システムの開発、よろしくお願いします」
 後半部はリツコに向けられた言葉だ。きびきびとした態度で黛はその場を離れる。後ろ姿を見送った早川が一拍置いて、喜色の籠もった声を発する。
「さてと。ご案内しますよ」

 巨大なクレーンに左右を挟まれた造船ドックの船台周辺では、凄まじい喧噪でまともに会話も出来ないほどだった。
 『たかちほ』の船殻は既に形が出来上がっている。ちょうど、舷側に張り付ける特殊複合装甲の設置が、両舷同時作業で行われていた。特殊複合装甲は被弾時に交換が容易なよう、防御力を低下させないように配慮されたブロック化が成されている。

 リツコとマヤは、現場に入るなり手渡された黄色い工事用ヘルメットを、煩わしげにかぶっている。二人はそれぞれ白衣とネルフ職員の制服だから、かなり珍妙な構図ではある。
 それは名取も似たような状況だった。作業着姿の早川だけはヘルメット姿が似合っていたが、それはそれで、あまり自慢出来る事柄でもない。
「随分と突貫工事を行っているように見えますが?」
「造船所ってのはこんなもんですよ。後四十四日で進水式です。実際の建造時間は三ヶ月ほどですが、本気を出せば二ヶ月足らずでも可能でしょう」
「思ったよりも短いですね」
「何、科学の勝利ですよ。日重共(日本重化学工業共同体)は、代表の時田は単なる”頭のいい莫迦”ですが、技術陣には使える連中が揃ってます」
 とんでもない事を言いながら、早川が背を向けた。リツコとマヤが後を追う。一番最後に名取が付く。
「あれ、なんでしょうか?」
 マヤが船殻の下縁から突き出した、鮫のヒレのような板を指さしてリツコに聞く。その言葉を早川が耳敏く聞きつける。
「ああ、あれはフィン・スタビライザーです。本艦には片舷三基のスタビライザーを装備しております。艦首のバウスラスターと併用し、航空機で言うところのCCV機動に近い動きが実現出来ます」  つまり、船体を傾けることなく舵を切ったり、艦首の向きを変えずに船体を横滑りさせたりする事が可能で、砲撃時の安定や、敵の砲撃をかわす際に効果を発揮すると考えられていた。
 何でも自慢したくて仕方の無いらしい早川に、リツコは呆れを通り越した感情を抱く。無論、口には出さない。妙な方向に話が逸れるのが関の山だからだ。
 船体に渡された架橋を渡り終えた先は、フネの左舷側艦首だった。砲塔はまだ設置されていないが、その先にある艦橋その他上部構造物はかなり形になっている。彼らの居る位置からは見えないが、艦橋後部では、今しもSPY−1DJ改レーダーアンテナの基部が備え付けられているところでもあった。
「おかげさまで、順調ですよ。防空護衛艦の建造計画に一枚噛む事も出来そうですし、兵器庫艦についても日重共が推進しているCMの応用という形で目処がついてます」
「貴男の商売は随分と手広いようですね」
 相変わらず、相手の知識など端から無視して話を進める早川のペースに疲れに似たものを感じつつ、リツコはそうやりかえした。
「これはどうも」
「ところで、CMとは?」
「ああ。べつにコマーシャルじゃないですよ。”サイバー・マリオネット”の略です。要は、高性能脅威評価プログラムと対応するセンサー、それにリンクする火砲とミサイルランチャーを一体化した、まあ、自動戦闘システムの事ですな。陸さんのほうではこれを使って、ロシアのスチームローラーや、ヨーロッパのエアランドバトルの初期攻勢を漸減する効果を期待しておるようです」
 またしても軍事用語の羅列になった。
 リツコは憤慨した。全く、何か説明を求めても、一層専門用語を引き出すだけじゃないの。相手が軍事には素人だって事、判ってるんでしょうね?
「ただ、あれこれと設計は妥協しております。以前おつなぎしました要目で、VLS64セル二基は、48セル一基に減りました。ちょうどこれです」
 早川が振り返り、右手で艦首側の甲板上を指し示した。そこには四角いタイルのような板が並んでいる。
 どう応えて良いか判らないリツコをほったらかしにして、早川は一人で喋り続けている。
「その代わりと言っちゃなんですが、先ほど触れました兵器庫艦を一隻、随伴させる事をねじ込みました。多機能艦と万能艦ではおのずから方向性が違いますから、妥協したという事です。そうだ、忘れてた。カオリ君、あれを」
 早川が名取に声を掛ける。名取がすかさず、持っていた黒いファイルをリツコに手渡した。リツコが中を開くと、以前見たのとは数値の異なる要目が記されていた。

 * * *
 分類:大型砲撃護衛艦
 艦番号:DDC−065
 艦名:たかちほ

 全長:245m
 全幅:27.5m
 基準排水量:28500t
 最大速力:36ノット

 兵装:70口径30cm砲(十式重カノン砲)三連装三基
    75口径76mm速射砲単装四基
    30mmCIWS(バルカン・テルシオ)四基
    VLS(対艦、対空、アスロック兼用)48セル
 機関:CODLAG(ガスタービン・ディーゼル電気推進併用機関)
    33万6500馬力 四軸推進
 乗員:320名

 * * *

「なんの話をしてるんでしょう?」
 気のない目つきで要目に目を通しているリツコに、マヤが不審気に聞く。喧噪の中、かなり腹と喉に力を込めて出した声だったが、早川には届かなかったようだ。リツコは黙って首を振った。自分にも、意図も内容も判らない、という意味だった。
「海軍関係者しか知らないことですがね」早川の言葉はまだ続いていた。「各国海軍は今や建艦競争に突入しております。アメリカは、本艦に触発されたらしくて、『アイオワ』級六隻に順次近代化改装を施す一方で、巡洋戦艦『アラスカ』級の建造に着手しました」
 早川の言葉は、それで終わらなかった。
「ロシアも力が入ってます。『クロンシュタット』級二隻の改装を、さらに大規模なものに変更した上に、モロトフスク造船所で『ウラジオストック』級航空巡洋戦艦に、三連装二基の四十八・五口径四十センチ砲を無理矢理載せる工事を行っております。更に付け加えるなら、あの南部連合が保存艦の『モンタナ』を現役復帰させる為の改装を始めたようです」
「貴男にとって、まさに素晴らしき状況、という事ですか?」
「あんまり敵が多すぎるのも考え物ではありますがね」
 第一・第二砲塔が据えられる予定の巨大な丸い穴を左手に見ながら、早川が応じる。
 四人は甲板を歩き、上部構造物の基部にあるハッチを通って艦内に入る。外部の喧噪が届かなくなり、ようやく怒鳴り会わずに会話が成立するようになった。
 後ろも振り返らずに先へ先へと歩く早川を追って、リツコとマヤが早足で続く。名取もすっかり慣れた様子で後を追う。艦内通路には真新しい塗装の匂いが満ちていた。彼女達は知らないが、この塗料も特殊な不燃性で、ひどく価が張る代物だった。
 砲撃管制用コンピュータ・ルームは、ヴァイタルパートと呼ばれる艦の中枢部にあり、分厚い装甲に覆われたCIC(戦闘情報センター)の後方にあった。部屋には”ウルザブルン”なる呼び名が与えられていた。
「今までは単にスペシャルMAGIと呼んでましたが、名称を決定しました。三重高度分析戦術OS……、長いですかね。略称は”THANATOS”ということで」
 彼が言うところのTHANATOS、その中枢を成す有機コンピュータ三基は、正三角形を描く形で配されている。それぞれには、北欧神話の三美神の名前がそれそれ冠されて表記されていた。”ウルド”、”ベルダンディー”、”スクルド”。いわゆる”運命の女神”の名。
「何しろ、こいつの導入にえらくカネを使いまして、あちこちに貸しを作り、恨みを買う羽目になりました。是非、それに見合うだけのシステム開発をお願いしますよ」
 リツコは眉を潜めた表情で早川を見た。彼は有機コンピュータの外観を睨むように見つめていた。まるで来るべき戦いの幻影が、そこに浮かんでいるかのような表情をしている。
 その顔付きに、リツコはかけるべき言葉を失った。と、早川が視線を動かさないまま口を開いた。
「いつから作業にかかって貰えますかね?」
「え? ……私達にも本来の仕事があります。早めに切り上げたいですから、今直ぐにでも始めたいと思いますが」
 決して進んでやりたがっているのではない、という事を強調するため、リツコは表情を消して応えた。相手が自分の顔を見ていないのでは効果は期待できないが、そうせずにはいられない。
「結構です。何か用意するモノがあれば、遠慮なく仰って下さい」
 早川の言葉を聞き、リツコは穏やかでない笑みを浮かべた。
「使い勝手の良い、軍事知識にも明るいアシスタントを。それから、仮眠用のベットでもあれば」
「はいはい。直ぐに手配します」
 早川は上機嫌で頷き、手にしたハンドトーキーであれこれと話し始めた。
「……仮眠用のベットって?」
 恐る恐る訊ねるマヤ。
「一度作業を始めたら、一週間はまともに眠る暇さえなくなるわ。覚悟してなさい、マヤ」
 そう言い切るリツコの瞳は紛れもなく燃えていた。彼女はたとえ気の乗らない仕事でも、手を抜けない性格であった。いや、自分こそが一番の専門家だと自負している事柄で何かを為せと言われれば、すべからくこのような表情を見せるものかも知れないが。
「普通なら、この手のシステム構築には何ヶ月もかかると思いますが。本当に一週間でやり遂げるおつもりですか?」
「そうよ。こんな所に長居している場合じゃないもの。大丈夫、きっと出来る」
「……先輩」
 力強いリツコの言葉を聞き、マヤが感動の面持ちで呟いた。
「どう、惚れなおした?」
 リツコが冗談めかしてマヤに聞く。
「ええ、そりゃもう」
 マヤも調子を合わせて(と、リツコには思えた)、目を輝かせて頷く。

 有機コンピュータ自体に重大な欠陥がないか、チェックプログラムを走らせている最中に、リツコの注文したアシスタント二名が派遣されてきた。
 THANATOSのメイン・オペレータ担当予定の石本ヨシハル一尉、そして同じくサブ・オペレータ担当予定の神通サクラ二尉である。
 またコンピュータに関しては専門家で、NADIAシステムの神髄であるミサイル誘導プログラムの開発に関与した経験の持ち主でもある、名取も参加することになっていた。
「よろしくお願いします。貴女と一緒に仕事が出来るのは光栄ですよ、赤木博士」
 学者肌の風貌に優しげな目元が印象的な石本が、リツコと握手を交わす。
「お会いできて嬉しいです。第二東京大学では、博士の伝説を幾つか聞きました」
 古風な雰囲気の長髪の持ち主である神通が、目を細めて頭を下げる。
「こちらこそよろしく。さて。どこから手を付けたらいいものかしら……」
 リツコは二人を前に、呑気な事を言い出した。隣りでマヤがおろおろしている。
「前菜はあらかたこちらで頂きました」
 石本が微笑む。傍らの神通が言葉を継ぐ。
「本艦では、コンピュータが携わるほとんど全ての要素が、THANATOSによって管理されます。大はガスタービン機関の出力調整から、小はジュースの自動販売機の品目ごとの消費量まで。そういったプログラムは、既に組んであるものを移植しました。博士の御手を煩わせる必要もないですから」
 そこまで言って神通は石本に視線を送る。重要な点に関しては、石本のほうから直接伝えさせようとの考えだろう。いいコンビだとリツコは思った。
「今回、メインディッシュとなるのは、OSの適切化と、重カノン砲の砲撃管制です。その他のシステムは、特にいじらなくても、コンピュータの性能アップだけで充分に全体の性能向上に寄与すると思います。あ、ただし、プログラム言語はadeですけど、問題ないですよね?」
 adeはそもそも軍事目的に開発された高級言語である。一部民間企業でも用いられているが、一般にはそれほど著名な言語ではない。
 リツコが頷いたのを見て、石本は安堵の表情を見せた。と、今度は逆に、リツコがわずかに首を傾げて問いかける。
「その、問題の砲撃管制だけど? どんな方式を考えているの?」
 名取は「それは……」と言葉を濁し、石本に話題をふった。
「第一案。一基ずつで砲撃諸元の計算を行い、それで三基のデータを照合して正確な射撃諸元を出す。というのでは? これならば三基中二基がダウンしても砲戦続行が可能です」
「システムダウンを考慮するのは、あまり意味があるとは思えないけどね……。でも、第一案と言うからには、他にもあるのね。全部聞かせて頂戴」
 石本ではなく、神通が口を開く。あらかじめ打ち合わせが済んでいるのであろう、よほど息のあったコンビであるらしい。
「第二案。三基にはそれぞれ、角度、方位、距離の計算を担当させる。速やかな解析値算出という点では、これが最も合理的でしょう」
「うーん、MAGIの性能から行くと、それは少しばかり力を持て余す方式になるかも知れないわね。……それから?」
 今度は再び石本が。
「第三案。三基に三つある砲塔それぞれの担当を割り振る。多目標同時攻撃というのは、原則に反しますが、原則自体が百年前のものですから」
「ふうん。どう思う?」
 リツコに話を振られたマヤが首を傾げる。
「さあ、私にも判りかねますが……」
「そうね、じゃ、各案に基づいたプログラムを一応組んでみましょう。コンセプトは、如何に素早く、確実に命中弾を与えることが出来るか、よ」
「全部やるんですか? 時間が足りないんじゃあ……?」
 石本が呆気にとられる。神通も名取も似たような表情をしている。
 リツコはちらりとマヤの顔を伺い、にっこりと微笑んだ。
「任せて。私達が呼ばれたのは、不可能を可能にする為なんだから」
「はい、先輩!」

 砲撃管制用のプログラムは、自走砲が搭載するそれを元に名取がデザインし、神通とマヤが実際にプログラミングを担当した。
 詳細なデータを早川が陸自に提供させたお陰で、丸二日かけて綿密な射撃シミュレーションが繰り返された。結果、第一案方式が、一番良好な成績を残した。その間にも、OSの適切化作業はリツコと石本の手で同時進行で進められている。

 シミュレーション作業の間に神通とマヤは、似たものどうしの気安さで、たちまち意気投合した様子だった。
「神通って名字、変わってますね?」
 プログラムのデバッグを終え、データを走らせる間のしばしの休息。マヤが何気なく話し掛ける。
「ええ。正直言って、好きじゃないです。まるで”陣痛”みたいですから」
 神通がうつむき加減に応える。服務規程をどうやってクリアしているのか、腰に届くほど伸ばしている艶やかな黒髪の先を指でいじりつつ、言葉を加える。
「ですから、早く名字を変えたいな……って」
 マヤは一瞬ポカンとした顔になり、それから息を呑んだ。
「それってつまり……」
 マヤは、THANATOSの端末の前でリツコ相手にあれこれと協議している石本の姿と、頬を赤らめている神通とを見比べた。似合いの相手かと思えたが、羨ましいという気にはならなかった。

「プログラム自体はそれほど複雑ではありません。ただ、三基それぞれが有するプログラムに特色を与えて、敢えて異なったデータが導き出されるようにします」
 化粧っ気が完全に失せた顔のリツコに、石本も張りのない声で説明している。この四十八時間で彼が眠ったのは、二時間を割り込むほどでしかない。リツコのそれも似たようなものだ。
「討議させる訳ね?」
「はい。後は射撃諸元を総合するだけですから、少しばかりプログラムを変えるだけで良いでしょう。OSとプログラミングのすり合わせはお任せしますが……。こればっかりは我々だけではどうにもなりません」
「ええ。それが私の仕事だから」

 システム構築は、文字どおり不眠不休の修羅場だった。
 石本がシステムエンジニア役を拝命して、名取がNADIAシステムの移植を担当した。彼女が提供した砲撃管制プログラムの概念図を元に、神通とマヤがプログラムを組み上げていく。
 全体のシステムが円滑に作動するかをチェックし、問題点の洗い出しとプログラムの修正、そして目的特化のスケールダウン型人格移植OSの開発を行うのが、リツコの仕事となった。
「気に入らないわね……。このままずっと、早川一佐の良いように使われるなんて」
 溜め息混じりのリツコの独り言を、聞きとがめた者はいなかった。

第三話に続く

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