『鋼鉄のヴァルキューレ』(改) 第四話
REDSUN IN WONDERLAND
SUPPLEMENT STORY:04
1・”Q”、発動
UNに替わる世界統一政府機関となるべく地下活動を続けて来たUF――世界連邦。その存在が、マスメディアによって初めて一般の人々に知らされてからきっかり16時間後。正午の時報と共に、電撃的クーデターから一ヶ月間沈黙を保っていた沿海州を中心とする”極東共和国は、日本、並びにUNに宣戦布告した。
彼らの攻撃目標は、日本の首都・第二新東京(松本)及びUN本部のある松代。
宣戦布告から三十分とせぬうちに、極東共和国の誇る強力な航空部隊が日本領空内に突入を開始した。
日本政府は自衛隊に対し、ヴァレンタイン臨時休戦条約の一項、”自国が軍事的脅威にさらされた場合、保有する軍事力の指揮権はその国に優先されて与えられる”を適用。ただちに防衛出動命令を発令した。国防省の意向を受け、統合幕僚議長、菱刈ノブチカ海将は陸上・海上・航空三自衛隊に、緊急侵攻対処計画”Q”一号の発動を指令、最高度臨戦態勢をとらせた。
だが、余りにも宣戦布告は唐突だった。極東共和国は世界最強を謳われるロシア製戦闘機部隊を前面に押し立てて侵攻、対する日本側の航空部隊は戦力が整わず、やむを得ず味方の対空陣地の支援を受けられる空域での消極的戦闘に終始した。
その間に、対馬、宗谷、津軽の三海峡には、極東共和国の潜水艦と航空機により、無数の機雷がばらまかれて封鎖された。彼らは日本海側だけで戦いを進めるつもりだった。事実、優勢な日本の海上自衛隊の護衛艦隊の多くは、太平洋側で遊兵化を余儀なくされた。
そして、翌日の夜明け前、潜水艦による対地ミサイル攻撃をつゆ払いに、揚陸部隊が日本海を越えて上陸を開始した。主攻は上越。海岸の直江津がセカンドインパクトによって海没し、かつての高田市を中心として生き残っていた街に、ロシア製の戦車、T−72、T−80、T−??が満ちあふれた。支援・陽動として新潟、糸魚川、柏崎、富山といった地点にも上陸部隊が殺到した。
主目標を当然予想していた日本側が構築した野戦陣地により、上越に上陸した第一波は、重砲とMARS(Multi Assisut Rocket System)が叩き付ける砲弾とロケットの洗礼を浴びた。山腹からは、重MATが上陸用舟艇目がけて叩き込まれる。
だが、豊富な地上戦力を有する極東共和国は怯まない。橋頭堡を確保し得ない内に壊滅状態に陥った第一波の屍を乗り越えて、第二陣が来襲する。
日本側は、市民を巻き添えにすることを恐れ、地対艦ミサイルSSM−1の射撃による揚陸艦への攻撃を行ったものの市街戦を放棄。初日から統合幕僚本部には暗雲が垂れ込めた。
D−デイプラス一日。
国道十八号線を極東共和国機甲部隊が一路南下する。そこに対戦車ヘリ部隊が飛びかかって路上を残骸で埋め尽くす。地上部隊も携帯地対空ミサイルで応戦。そこにSu−27”フランカー”、MIG−29”ファルクラム”とその派生型を中心とした挺団が完全な制空権を確保するべく来寇、北陸の大地を足元にF−15SJ”スーパーイーグル”がこれを迎え撃つ。
間隙をつき、揚陸されたばかりのT−80の群のど真ん中にF−2がクラスター爆弾を投下。一発も応射出来ぬ内に一個中隊分の戦車がスクラップと化す。
だが、無数に打ち上げられる機関砲の帯に捉えられ、F−2もまた翼をもがれて物資集積場の真上に墜落する。
ようやっとの事で設置にこぎつけた榴弾砲が猛射を開始すると、日本側の砲撃は下火になる。極東共和国は橋頭堡を確保した。
D−デイプラス二日。
日本側の第一次防衛線は直江津の南十五キロ、新井市の北に敷かれていた。上越周辺の平野地帯から南下する場合、東側の東頸城丘陵と西側の筑摩山地によって型作られた最初のくびれ部分にあたるのが理由だった。
海岸線からでも充分に野砲の射程に入ってしまう点に懸念を示した幕僚もいたが、だからといって際限なく防衛ラインを下げてしまうわけにも行かない。
荒川を挟み、幅四キロほどの平地上に、幾つもの塹壕が形成された。山地部には対戦車ミサイル部隊、迫撃砲部隊が陣取っている。日本側の野砲陣地は松ヶ崎温泉の外れに展開した。
「とはいえ、一次防衛線で防げるほど、甘かねぇわな」
農地に穴を穿って車体下面を沈めた七十四式戦車。その、のっぺりと丸みのある砲塔のハッチから上半身を乗り出していた陸上自衛隊第五師団第二十七連隊所属第一大隊第二中隊隊長・衣笠コウジ一尉が、双眼鏡を構えてうなり声をあげる。
眉間には深い皺が刻まれ、太い眉毛が一本に繋がっているように見える。
彼の双眼鏡の視野には、十八号線沿いに接近してくる車両が多数捉えられている。危うく砲撃を命じそうになるが、思いとどまる。
後退してくる味方部隊だ。かなり叩かれたらしく、構成される車種はまちまちだ。車体の後部に歩兵を満載している戦車や、民間のものを徴用してきたらしいRV車もあった。
衣笠の言葉を裏付けるように、既に二次防衛線の構築が大わらわで進められている。今度は妙高の南。幅がさらに狭くなる。衣笠達の役割は、その陣地構築が完了するまでの時間稼ぎだ。無論、相手に可能な限りの出血を強いることは言うまでもない。
衣笠は、プロ野球史上に残るスラッガーを係累に持つ。そのスラッガー同様、逆境にもへこたれない鉄の男だというのが、上層部のもっぱらの評価であった。彼の率いる戦車中隊は、”スラッガー・チーム”のコードを与えられている。
だが、衣笠自身の自己評価は、酷く辛い。
自分は、本来小心で臆病な人間である。戦車に乗っているからこそ、果断にも勇猛にもなれる、そう信じている。
彼と、彼の部下が乗り込む七四式戦車は、配備が開始されてから、もう四十年は経つ骨董品ものである。それでも、戦車屋の性分で、自分の乗るタンクこそ、史上最強だと思いこんで疑うことを知らない。
事実、車体こそ旧式だが、内部は時代の変遷に伴い、三度に渡る近代化改装が施されている。FCS(射撃管制システム)は最新の物に換装されたし、距離千メートルであれば、敵主力であるT−80の正面装甲を貫通できる新型砲弾も装備している。それ以上の距離で殴り合うことなど、この狭隘な北信越において起こるはずもない。第一、その場合は対戦車ミサイルチームの出番になるだけだ。
衣笠が開戦前、そう部下を励ましたところ、 「HEATが使えれば良かったんですけどね」
という返事がかえってきたことがあった。HEAT弾は、着弾と同時に高熱を一点に叩き付けて装甲を焼き切るタイプの砲弾で、分厚い装甲を持つ戦車には極めて有効である。ただし、これを使えるのは、砲身内が鏡のようになめらかな滑空砲を装備している戦車だけで、七四式が持つ一〇五ミリライフル砲のように、砲弾を回転させて弾道を安定させる形式の砲では使用できない。遠心力が、HEAT弾の高熱ジェットを相殺してしまうからだ。
彼の配下にある二十四両の七四式戦車は、突貫工事で構築された戦車壕に身を潜ませ、敵の侵攻を待ちかまえている。当然、地形的に川の上流側に布陣している為、若干ながら見下ろして射撃が出来る。七四式の得意技である姿勢制御により、全車が前傾姿勢で砲身を一キロ先にある国道十八号線の左カーブに向けている。
向かって左手から伸びる白樺林にブラインドされており、敵車両はどうしてもそこから横腹をさらして、彼らの眼前に飛び出してこざるをえない。
この日本に、戦車が縦横無尽に走り回れる原野など、無きに等しい。この場所にも、民家やこじんまりとしたスーパーなどが点在しており、陣地構築には苦労させられた。なにしろ、射角がまともに取れないのだ。
先陣を切ってカーブを突進してきたのは、予想に反してBMP−1だった。PT−76水陸両用戦車の車体に、七十三ミリ対戦車砲と対戦車ミサイルを装備し、乗員三名と歩兵八名を搭乗させて路上を最大速度六十五キロで突っ走る。
西側から”西側の歩兵輸送車はBMP−1の前ではタクシー同様”と、攻撃・防御・機動力が高く評価されていた。ただしそれは、五十年も前の話である。
それを迎え撃つのが七四式じゃあ、対ソ連戦が自衛隊の全てだった大昔の頃と変わらないじゃないか。自嘲する衣笠は、双眼鏡を降ろし、長めの顎を喉仏に押しつけるようにしながら身体を砲塔内に沈め、ハッチを閉じるという一連の動作を同時に一瞬で終えた。
「慌てるなよ。落ち着いて狙え」
砲手が了解と答え、間をおかずに発砲。BMP−1の車体後部に命中する。高速を発揮していたBMP−1は、車体の真ん中から後ろをバラバラとまき散らしながら惰性で進み、停止するのを待ちかねたかのように爆発した。
「T−80が来るぞ」
彼の言葉は正しかった。案の定、小さな砲塔から野太い備砲を突き出すT−80が群を為して現れた。砲塔が旋回する。
「撃て!」
彼我の砲弾が交錯する。七四式は全車がダグインしていたものの、二号車が砲塔にある同軸機銃の銃口部分に命中弾を喰らって砕け散る。相手も四両の内、二両が残骸になり果てた。T−80は走りながらの射撃であるため、命中率が低い。衣笠の一号車を狙ったものらしい砲弾は、その頭上二メートルの空間を駆け抜けた。
「もういっちょ行けぇ!」
だが、相手の第二撃のほうが早い。今度は大外しをしない。
七四式戦車の丸みを与えられた砲塔を掠め、角度を変えて跳ね飛んだ。衝撃が車内を突き抜ける。おそらく砲塔の一部は奇妙な形にえぐれているだろう。
「くそ、俺の戦車に」
歯がみする。ようやく砲撃準備プロセスが終わり、七四式の百五ミリ砲が火を噴く。
発射エネルギーを百五ミリ直径で受けた、二十ミリのAPFSDS炭化タングステン弾芯が高速で飛翔し、車体右側を晒して前進していたT−80のキャタピラをかみ砕く。がくんと停止したところにすかさず三号車の一撃が砲塔の台座に突き刺さり、このT−80に引導を渡した。
生き残ったT−80は、強行しようか一旦後退するか迷ったように見えた。そこに、頭上からトップアタック能力を持つ迫撃砲弾が突き刺さり、爆発した。
すぐさま、相手の野砲による射撃が再開された。
「陣地をかえるぞ」
ギアをバックに入れた七四式が一斉に車体を地中から地上に晒す。
歩兵を降車させたBMP−1がT−80と共に向かってくる。敵の野砲と迫撃砲も降り注ぎ始めたというのに、同士討ちの危険などものともしない。
「無謀な……」
T−80の砲弾が、一号車のすぐ右隣でギアをバックに入れていた三号車を貫いた。すかさず八九式歩兵戦闘車のATMが飛び、三号車の仇であるT−80を撃破する。
その間にも、敵歩兵と味方普通科の銃撃の応酬は続き、双方に死傷者を発生させている。
「後退だ!」
衣笠の悲痛な命令。
対地ロケットの猛攻が後退する日本側地上部隊を襲い、一部は後退ではなく敗走と化した。
混乱は後方に波及し、同日深夜からD−デイプラス三日にかけて、善戦虚しく妙高の第二防衛ラインが突破された。
信越本線と飯山線の合流点を越えられると、いよいよ一気呵成に平野部を南下されてしまう。
第五師団は、千曲川の東側に防衛陣地を構築を行いつつ、黒姫山を拠点として、徹底的な持久戦を開始した。妙高高原町を巨大なキルゾーンと設定し、対戦車地雷多数を散布する。
平野部の早期突破を断念、山岳部の歩兵部隊による迂回浸透を計る極東共和国の前に、第五師団の普通科が立ちはだかる。
そもそも長野県松本は長らく山岳レンジャーのメッカとして、多くの隊員を鍛え上げてきた地である。そして第五師団はセカンドインパクト後に北海道帯広から首都防衛用に転出させられた精鋭である。彼らの本領はこの時、遺憾なく発揮された。
朝鮮戦争の際、春川攻防戦において過酷な持久戦を堪え忍び、敵からも賞賛された韓国第六師団にも匹敵する奮戦ぶりに、第五師団は”黒姫の岩”と讃えられた。極東共和国の進撃は停止した。
勿論、それはただ第五師団の働きにのみ拠るものでは無かった。消極的な防空戦に終始してきた航空部隊が、D−デイから四日を迎えようとする深夜、極東共和国の第三次上陸部隊とその護衛艦隊を叩いたのである。
作戦に投入されたのは、嘉手納基地をホームベースとする航空自衛隊第九航空団二〇六飛行隊、そして三沢基地から進出した第三航空隊所属三一三飛行隊の混成部隊だった。二〇六飛はF−15SJを、三一三飛はF−2を装備している。
「わずか三日でこのザマか……」
佐渡島の西五十キロの海上。針路を西北西にとるF−15SJの十二機編隊。その先頭を行く機体のコクピットで、タックネーム”ブレイド”こと小野木サトイエ三佐が、皮肉めいた呟きを口の中でだけ漏らす。彼は二〇六飛のリーダーとして編隊を率いている。彼の経験と技量、含めて階級ならば、エレメント・リーダーがせいぜいの筈だが、既にパイロットにも多くの死傷者が出ており、彼にお鉢がまわってきていたのだ。
二〇六飛のF−15SJは、その名前の通り、F−15”イーグル”の改良版である。関係としては、F−16”ファイティングファルコン”と支援戦闘機F−2に近い。つまり、外形は大差が無いが中身が大違いという事だ。
F−15SJとF−15との外形状の相違点は、垂直尾翼が先端をやや外側に開いた全遊動式に置換されたのをはじめ、エンジン換装に伴ってエアインテーク形状がデザインし直され、三次元可変ノズルが採用されたこと、等々である。操縦機構もフライ・バイ・ワイヤ方式に改められ、操縦桿はサイドスティックに置き換えられている。
「大体、三一三飛のリーダーは、お公家の”ファルク”だと来る……」
小野木が言葉を途中で飲み込む。日本アルプス上空を旋回する早期空中指揮管制機EC−4Jが敵編隊を捉え、警告を送ってきたのだ。
「ゴースト・プリンセス03よりファイアボール・リーダーへ。高度四千五百フィート、コース3−4−0へ。アイスバーグ各機は、高度六百フィートまで降下、ヘディング3−1−0を維持」
要撃管制官を務める若い女性士官の声がわずかに震えているのを聞き、小野木は逆に高ぶる気持ちを抑えることが出来た。
「ファイアボール・リーダー了解」
”猛禽類の”と例えられる事の多い視線をわずかに緩め、液晶のレーダーパネルに視線を走らせる。コールサイン”ゴースト・プリンセス03”を持つEC−4Jからリンクされたデータにより、小野木機自体はレーダー波を発信していないが、航空機の輝点がパネルに映っている。
画面上部に、複数の輝点が浮かび上がった。敵――その数、二十。音速を超え、接近してくる。対レーダー警報がなる。敵のレーダー波が小野木機の胴体を舐ったのだ。
「いくぞ!」
胴体下の燃料タンクを投棄。同時にスロットルを押し込んで加速する。アフターバーナ、オン。マッハを超えた速度で間合いを詰める。レーダー追尾式ミサイルの発射準備を整える。後続のF−2部隊はやや高度を下げて迂回する。
敵もレーダー追尾式ミサイルのロックをかけてくる。電子戦により、互いのレーダーを無効にしようと妨害をかける。
互いに相手を捉えきることが出来ないうちに、中長距離用のレーダー追尾式ミサイルでは間尺に合わない距離に接近する。赤外線追尾式ミサイルの出番。今度は数機が相手をロックオンして攻撃を掛ける。互いにフレア(マグネシウムの発火によって赤外線追尾を欺瞞する)を撒きつつ回避にうつる。
小野木機のコクピットにミサイル警報が響く。サイドスティックを引く。機首が天空を向き、一気に高度を稼ぐ。ロールを打ちつつ機体を水平にもどしながらフレアを撒く。前方から飛び込んできたミサイルがオーバーシュートする。
小野木機の機首が今度は下を向く。赤外線感知装置に映った敵の影に向かってダイブする。機動を誤ったか、無防備な横腹を晒しながら眼前に躍り出てくるフランカーがいた。赤外線追尾式のAAM−10の照準を合わせ、ロックオンする。
「フォックス・ツー!」
コールと共にトリガを引く。炎を吐き出しながらミサイルが襲いかかる。だが、フランカーは唐突に浮き上がった。
「水平コブラ!?」
小野木は驚きを覚えた。相手はSu−39だと確信する。可変ノズルと大出力エンジン・ツマンスキーR−99を組み合わせたこの機種だけが行う常識はずれの高機動だ。AAM−10が一旦虚空を突き抜ける。
が、AAM−10とて並みのミサイルではない。直角じみた軌跡を描いて、跳ね飛んだSu−39の胴体にめり込む。
「よっしゃ!」
小野木が喚きながら径の小さなターンをうつ。直線機動は命を絶ちきる元だ。レーダー、赤外線感知装置ともに、チャフとフレアの撒かれた空間が虫食いになっている。敵を引きつけることだけが俺達の任務。その言葉を胸で反芻しながらも、彼は敵機撃墜の機会を執念深く窺っている。
小野木が僚機と共に二機目をバルカン砲で屠っていたころ。
三一三空隷下のF−2十機からなる”アイスバーグ”編隊を率いる、加藤ヤスタネ三佐(タックネーム”ファルク”)は、EC−4Jが捉えた海上の目標、その輝点にシンボルマークが重なっていく様を視線で追っていた。
まるで公家のような、と評されることが多いのは、その名前よりもむしろ、傍目にはおっとりとした、とてもパイロットには見えない優しげな顔立ちをしているからだ。今の加藤の視線にも、刺すような殺気は感じられない。
「感謝しますよ、”ブレイド”さん……」
小野木達の奮戦によりSu−39を引きつけているお陰で、F−2隊は全機が攻撃態勢に入っていた。
F−2は、空対空ミサイルに比べて二まわりは大きな空対艦ミサイルASM−4を四発装備している。一つの目標に攻撃が集中したり、逆に撃ち漏らしたりすることのないよう、攻撃目標はEC−4Jの管制下におかれている。
つまらないと思ってしまえばそれまでだ。加藤はそう思った。何事も自分でやらねば気が済まないという連中もパイロットの中にはいるが、加藤はそうは思わない。むしろ、一種の賭事をしている気分で、目標の配分を待った。着順の写真判定を待っている気分だと呟く。彼は競馬ファンだった。
「さて、俺にはどいつを殺らせてくれるのかな……」
加藤に割り当てられたのは、南下する極東共和国海軍の第三波揚陸艦隊の後方に位置する、反応の大きな輝点だった。
揚陸艦……あの有名な『イワン・ロゴフ』だろうか。ちらりとそんなことを考えながら、加藤は照準環とシンボルマークが重なったところでレーダー波のビームを集束させ、目標をロックオンして電子音が鳴ったところで発射ボタンを押し込む。
「シュート!」
軽い振動がコクピットに伝わる。従来の円柱状ではなく、ステルス性を考慮して六角形の胴体を持つASM−4B対艦ミサイルが連続して四発、翼下から切り離されてロケットモーターに点火、飛び去っていく。目標までの距離は約百二十キロ。マッハ三を超えたところでラムジェットに切り替えて突入する。
ミサイルが無事発射されたことを確認して、加藤は機首を巡らせた。部下もそれに続く。
「一戦交えるぞ!」
加藤は部下にそう伝えた。身軽になったF−2で、苦戦する小野木達に加勢しようと言うのだった。彼の頭から、攻撃目標となった艦の事は、一時的に記憶の隅に押しやられていた。
加藤は結局最後まで、彼の撃った対艦ミサイルが何を狙ったのか知ることはなかった。
四発のASM−4は、空母『アドミラル・クズネツォフ』に全弾が命中。左舷艦首と飛行甲板のスキージャンプ部に一発ずつ、そして艦橋構造物に二発が突き刺さった。指揮系統が破壊されたために適切なダメージコントロールが行われず、同艦は大火災を起こすと同時に、左舷側に穿たれた大穴から浸水、被弾から二時間後に横転・沈没したのであった。三一三飛が投じた四十発のミサイルは、合計十一隻の艦艇を撃沈破する戦果を挙げた。
だが、第三次揚陸艦隊の一部は生き残った。彼らは即座に北転した。クロンシュタット級巡洋戦艦二隻とウラジオストック級航空巡洋戦艦を擁する、極東共和国海軍の主力艦で護衛された、第四次揚陸艦隊と合流する為だった。
戦局はなお極東共和国に有位だった。揚陸艦隊こそ阻止されたものの、極東共和国空挺部隊、”アンブル”ことエア・アサルト・ブリゲード(空中突撃旅団)が北陸自動車道の各所に強攻降下を成功させ、補給線を分断すると共に発着場として利用し始めたからである。どちらもこれ以上の持久戦には耐えられない状況に陥りつつあった。
2・回天
D−デイプラス五日。日本側が、膠着した戦況を打破すべく回天の作戦を発動した。
作戦計画”マジックナイト”。その作戦は主として三つの要素から成り立っていた。
最も中軸となるのは、北海道から南下してきた陸上自衛隊最精鋭部隊・第七機甲師団(作戦計画内における符牒は”レッドライオン”)で、国道八号線沿いに極東共和国の橋頭堡である上越を衝く事になっている。
また、タイミングを合わせた陽動として、松代攻略の為に南進するも、野尻湖・黒姫山のラインで前進を阻まれている極東共和国機甲部隊に対し、徹底的な空爆が実施される。この五日間の激闘によって航空戦力はやせ衰えているため、陸自の対戦車ヘリ部隊にとどまらず、海上自衛隊の多目的ヘリ・川崎MH−7Jまで投入される。この混成部隊の符牒は”グリーンフェニックス”である。
そして、いわば上陸部隊の息の根をとめるべく、海上輸送路封鎖の任を与えられて北上しているのが、”ブルードラゴン”こと特五護衛隊群である。
『たかちほ』を旗艦として構成される二十隻余りの艦隊は、約二十ノットで、北北東に針路をとって航行している。このまま進めば、南下する敵艦隊と翌朝には会敵する事になる。
第五話に続く
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