横溝正史先生 生誕地碑 除幕式報告


 平成16年11月23日の空は晴れ渡っていた。前日より来神されていた横溝亮一先生を迎えに宿泊先のホテルに着いたのは午前9時である。時間どおりにスケジュールは運んでいる。タクシーに乗り、東川崎公園に向かう。東川崎公園では多くの人が集まっていた。まもなく10時である。横溝正史先生の生誕地碑除幕式の始まる時間だ。
 この11月23日を迎えるまでには、多くの人のお世話になった。最初に名前をあげなければならない人は、神戸新聞記者の平松さんである。3年前に彼女が新聞に採りあげてくれなかったら、この日はなかったはずだ。あの記事からすべてが始まったと言って良いのだ。その後のことを細かくするときりがないので省略するが、ともかく地元である東川崎町、西出町、東出町の方々には本当にお世話になった。これらの方々がいなくては、碑建設は前には進まなかった。
 募金にご協力いただいた方々にも心からお礼を申し上げたいと思う。日本推理作家協会の諸先生の方々、兵庫高校(神戸二中)のOBの方々、金田一耕助アートウェーブを始め横溝正史先生のファンサイトの方々、SRの会の方々、畸人郷の会員の方々、本当に多くの方々に協力をいただいた。これらの方々には心から感謝したいと思います。
 午前10時。東川崎恵比寿太鼓の演奏を皮切りに、除幕式は始まった。地元自治会長、来賓あいさつに引き続いて、出版芸術社社長の原田裕先生、横溝亮一先生、亮一先生の令嬢奥村香織さんを含む8人で除幕は行われた。最後に横溝亮一先生のあいさつがあり、無事除幕式は終了した。
 その後行われた祝賀会で碑建設の報告をしたのだが、その時の言葉は自分が思っていることそのままなので、それを引用させていただく。

 かつて神戸は探偵小説のメッカでありました。横溝正史、西田政治、酒井嘉七、山本禾太郎、戸田巽の諸先生。そして現在も神戸にお住まいの陳舜臣先生。神戸はミステリにあふれていたのです。江戸川乱歩先生と横溝、西田両先生が初めて会ったのもここ神戸でありました。横溝先生は東京は活動の拠点を移されましたが、神戸時代に培われた探偵小説への愛情はずっと持ち続けておられたと思います。
 今日、横溝先生の生誕地碑が完成して、ここ神戸が再び探偵小説ファンのメッカとなることを信じております。

(SRの会の会報「SRマンスリー」No.338に寄稿したものを改稿しました)


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