313 ニコラス街の鍵 スタンリイ・エリン 福田睦太郎訳 昭和35年4月30日 再版 The
Key to Nocholas Street (1952) 6点
スタンリイ・エリンの長編第2作。翻訳は第1作目よりこちらの方が早かった(第1作目は『断崖』である)。
本書は学生時代に一度チャレンジしたことがあったが、途中で読むのをやめてしまった。今回もあやうく挫折しそうになったが、そこを乗りこえて最後まで読むことができた。原因は何かというと冒頭の部分がいささか緩慢なためである。第1部を読み終える頃にはやめられなくなっているはずである。
目次を見ると部ごとに視点が変わっていくことがわかる。一つの事件をいろいろな人の目を通して見ていくという、いつものパターンかと思うとそうではない。ここにこの長編の魅力があるのである。それは本書を最後まで読めばよくわかるだろう。
しかし、全体的な出来の方は中の上と言ったところで、エリンにしては良くない部類だろう。それは訳が少し悪いことにも関係しているかもしれない。それを加味しても、やはり通説どおりエリンは短編小説作家ということだろうか。
E・Q・M・Mが生んだ秀才(都筑道夫)
346 樽 F・W・クロフツ 村上啓夫訳 昭和32年9月30日 初版 The
Cask (1920) 9点
クロフツの記念すべき処女作。あの井上良夫を感涙させた傑作である。
高校時代に一度読んだきりだったが、今回再読してその面白さに感動した。本当に良くできている。ロンドンのセント・キャサリン・ドックで樽に入った死体が発見されるという冒頭の事件が、簡単に解決をみたように思えたのだが調査を進めるに従って複雑怪奇な様相を呈してくる。そして舞台はパリにロンドンにと転々として、読者は作者が作り上げた事件の謎に翻弄されるのである。
ともかく凄い。よくぞここまで考えたと感嘆するだけである。ただし、事件の展開の面白さで引っ張っていくので、いわゆるサスペンスの要素が非常に弱いため、物足りない読者もいるかもしれない。しかし、事件の展開(これが英国風なので、地味で遅いのだが)の面白さにはまってしまうと、もはや『樽』の魅力の虜となってしまうだろう。最後の犯人の決め手となる証拠に気が付くくだりが、先を急いだと言う感じがして惜しい。欠点はそれだけである。
このポケミス版が決定訳(解説による)らしいが、戦前に出た抄訳はどこを省略したのであろうか。下手に抄訳すると面白さが半減すると思うのだが。残念ながら森下雨村訳は所持しているが未読である。機会があれば確かめたく思う。
とにかく愛好者必読の一冊。(2006.7.9)
古典の決定訳(都筑道夫)