横溝正史先生の生誕地碑を


 我が国を代表する探偵小説作家横溝正史先生は、明治35年(1902年)に神戸市東川崎町にお生まれになりました。実家は東川崎町3丁目で薬局を営んでおられましたが、3丁目内で一度転居された後、東川崎7丁目に移られても続けて薬局をされておられました。
 父である宣一郎氏は伊勢鉄工所の支配人的立場にあって、伊勢屋の番頭さんと呼ばれていたと言うことです。
 横溝先生は、東川崎尋常小学校を卒業の後、神戸二中に入学され、その後、大阪薬学専門学校を卒業されました。卒業後、実家の薬局を経営されていましたが、大正15年に江戸川乱歩氏の招きにより上京され、探偵小説作家の道を歩まれることになりました。
 先生のお住まいは東京となってしまいましたが、作品には神戸の街がたびたび登場して、若き頃を過ごされた神戸を懐かしんでおられたのではないかと思います。
 特に自伝的随筆である「書かでもの記」には、先生自身の手により生誕地である東川崎町のことが詳細に書かれています。
 昨年平成14年(2002年)は横溝正史先生の生誕100年にあたりました。そこで、横溝正史先生がお生まれになった神戸市東川崎町に生誕地碑を建てて、先生の功績をしのびたいと考えています。
 皆様方のご協力を心からお願い申し上げます。

   平成15年(2003年)3月

                                                          野村 恒彦


横溝正史(よこみぞ せいし(本名まさし))先生の略歴

 明治35年(1902年)神戸市東川崎町3丁目に生まれる。生家は薬種商であった。東川崎尋常小学校を卒業の後、神戸二中に入学。その後、大阪薬学専門学校を卒業。自宅の薬種業に従事する。大正15年に江戸川乱歩の招きにより上京。博文館の雑誌「新青年」の編集に従事するかたわら、執筆を行う。昭和8年に喀血して昭和14年まで信州上諏訪にて療養。戦火を避けるため、昭和20年に岡山県に疎開。同地で終戦を迎えた。岡山県在住中から旺盛な執筆活動を再開し帰京後も作品を発表し続けた。昭和40年代後半から50年代にかけて角川文庫により大ブームを迎えた。昭和56年12月28日逝去。昨年、平成14年(2002年)は生誕100年にあたった。
 戦前の作品はモダニズムを主流とする短編や、怪奇幻想を主題とする中短編を執筆した。代表作として「真珠郎」「鬼火」「蔵の中」「かひやぐら物語」がある。
 終戦後は一転して本格推理小説に情熱をそそぎ、名探偵金田一耕助を生み出した。金田一探偵のシリーズは、現在も繰り返しテレビドラマ化され続けている。代表作として「本陣殺人事件」「獄門島」「犬神家の一族」「悪魔が来たりて笛を吹く」「八つ墓村」「悪魔の手毬唄」等数多くある。


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