近松記念館
 記念館と隣接する広済寺は、日昌上人が尼崎城主の援助を受け1714(正徳4)年に再興するが、このとき、建立本願人として貢献したのが近松門左衛門で、近松62歳、日昌上人48歳のときであった。これを機に、近松と広済寺の関わりが深まる。本堂裏に6畳2間、奥座敷4畳半の「近松部屋」が設けられ、72歳の生涯を終えるまで、近松はこの部屋で幾多の名作を書き続けた。
近松門左衛門と関わりの深い広済寺に隣接する記念館  記念館には、広済寺に残る近松の文机や中村歌右衛門が奉納したという初代歌川豊國筆の絵馬「娘道成寺」などを展示。秋(10月下旬日曜日)の近松祭では、法要・墓前祭のほか、近松ゆかりの芸能が上演される。
 ちなみに記念館やお寺のある「久々地」は、『太平記』には赤松円心が六波羅勢を追いはらい砦を築いた場所として登場する。また広済寺は、この地を支配した源氏の祖・多田満仲が957(天徳元)年に、日本最初の北辰星を祀ったことにはじまる(『摂津名所図会』)とされ、いまもその名残の矢文石が残っている。
 ★尼崎市久々地1丁目4―28、電話06-6491-7555。JR尼崎から市バスで阪急塚口行に乗り近松公園前下車。開館は10時〜16時。入館料=一般200円。
2009年5月26日号