「新社会兵庫」 11月25日号
- 警戒すべき軍隊暴走の土壌
田母神論文は一種のクーデタ
吉田俊弘(憲法を生かす会・灘 事務局長)
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「事実誤認の感想文」(朝日新聞11月11日朝刊)と評された論文が防衛省や政府関係者を悩ませている。「日本は侵略国家であったのか」という懸賞論文。書いたのは前空幕長・田母神俊雄氏。懲戒免職にならず同氏がもらった退職金6千万円、国民はあきれて「あほらし!」という気分だ。
ここで同論文の検証を行うのが目的ではない。前述した朝日新聞で保阪正康氏(ノンフィクション作家)や秦郁彦氏(元日大教授)ら専門家によって行われているし、その他の資料やネットなど参照して欲しい。
ここでの私の問題意識は、今回の金融危機と1929年の世界恐慌との共通点と相違点。その中で今回の田母神論文は、一体どんな意味を持つのか?
約80年前の世界恐慌、その前後の主な出来事を簡単な表にしてみた。概括して29年恐慌後、世界の資本主義は、米国ではルーズベルト大統領のニューディール政策へ、日独伊はファシズムへと道が分かれた。
道は分かれたが、その後も資本主義であることは変わらなかった。しかも米国も日独伊も、共通するのは疑似社会主義ともいえる手法まで駆使して、社会主義を実現させないために民主的、非民主的の違いこそあれ資本主義の体制維持に手立てを尽くした。
さて、今回の金融危機はどうか。@29年恐慌との共通点として、過剰生産、過剰資本にある資本主義の矛盾と破綻。政府規制のなさ・遅れ(今回はとくに新自由主義=市場原理主義)。A相違点として、29年恐慌の時のようなブロック経済もなく領土的な植民地主義も希薄。また、当時のソ連(スターリン)のような社会主義の存在感がないなど。
私たちの日本の場合ではどうか。昔との違いは多くある。最も大きいのは当時の明治憲法と今の平和憲法の違い。これはかなり決定的な相違点だ。統帥権をテコにした戦前のような軍隊の暴走は、まだない。
しかし、確かに「まだない」のではあるが、そちらへの圧力は強くなっている。
一つは、自衛隊内。平和憲法で認められない自衛隊が、最近のイラク派遣など緊迫した戦闘地域で経験した武力行使への願望。自衛隊が戦闘部隊、軍隊という存在でありながら武力行使できない。「当然」の不満が募る。国会議員になったヒゲ隊長の「駆けつけ警護」論であり、そして今回の田母神論文だ。
改憲を主張する田母神論文は、軍隊による一種のクーデタに近い。戦前の5・15や2・26事件にもつながる主張と言える。
自衛隊という、根本的に平和憲法と相容れない無理な存在に対し、「シビリアン・コントロール」という魔法をかけたつもりで自縄自縛に陥っているのは国会だろう。
圧力の二つは、国民の間に醸成される。戦前、昭和恐慌で生み出された多くの失業者や疲弊した農村などの状況は、金融危機下の今の時代に酷似している。当時、軍部上層部は別にして、5・15や2・26事件の青年将校・兵士の多くの気持ちは、昭和の社会状況を憂う「救国」であり、「維新」であり「一揆」であった。ドイツでも、ヒトラーのナチスが大衆運動的に組織したのは、天文学的なインフレに悩む膨大な失業者だった。
今の世の中で、日雇い派遣をはじめとする多くの非正規労働者、始まった金融危機を理由とした倒産・リストラ、放り出される多くの失業者。私たちの反非正規、反失業の闘いなく放置すれば、どんな社会的土壌を作るか、これまでの歴史は示している。
1927(昭2)昭和金融恐慌/第一次山東出兵
1928(昭3)初の普通選挙/張作霖爆殺事件
1929(昭4)世界恐慌
1930(昭5)ロンドン軍縮会議/浜口首相狙撃される
1931(昭6)満州事変/桜会クーデタ未遂
1932(昭7)上海事変/前蔵相井上準之助暗殺/満州国創立/5・15事件
1933(昭8)ヒトラー首相に/日本が国際連盟を脱退/ルーズベルトが大統領に
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- 定額減税、生活支援給付金、定額給付金と呼称は目まぐるしく浮遊したが、進行しているものはもう漫画の領域であって、とても政治といえるものではない。麻生首相がコミック好きとは聞いていたが、まさか自身が漫画の主役を演じるとまでは予想できなかった。解散、総選挙をやるということだけを期待されて総理大臣に仕立てあげられた人とはいえ、解散という舞台回しができなかった第2幕でこれほどの道化役を演じようとは▼ボタンのかけ違いは、連立某与党の無茶で幼稚なオネダリから始まっている。小泉と仲良く踊っている間にこの党の足元に格差という地盤の揺らぎが現われた。長い間の連立生活で骨粗しょう症気味のこの党には格差の進行をとり上げて生活防衛のたたかいを呼びかける勇気もない。存立を確かにする地盤の手入れには定額減税というオネダリ以外にはない▼しずまれ、しずまれ、5〜6万円のカネはとってくるとは言ったものの筋道の立てようがない。名目は?政策目的は?政策の公平性は?ドタバタの混乱のまま自治体にゲタをあずけようという前代未聞の醜態になった。フシュウ(踏襲の麻生読み)すべき前例もない。定額給付金の実現はおぼつかない。
- 再びの「子育て」
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近頃2人の孫と過ごす時間がやっと楽しく思えるようになった。
子どもたちの物を見る目が真っ直ぐでその表現がまたおもしろい。日々の生活の中で忘れていたような言葉を発する。大人たちがちょっと言いにくいことも彼らは平気で、何のこだわりもなく言ってのける。時々、こちらが赤面してしまうことも。
今、私は再びの子育てをしている。自分の子どもの時と違って少し距離をおくことができるようで、楽しいなと思うことが多い。お風呂に一緒に入ると「おばあちゃんのおなか、なんでそんなに大きいン?」と聞かれ、「赤ちゃんが入っているねん」と答えると「そんなんおかしいわ。赤ちゃんはママから生まれるんやで」と孫。そんな調子で私は2人の孫たちに楽しさと、彼らが成長した時の事に思いを馳せながら日々過ごしている。夫との会話も年を重ねるごとに反比例して少なくなっている今では2人の孫の存在は本当に老夫婦の生活を豊かなものにしてくれている。
近年は子ども達が虐待を受けたりして悲しい事件が多い。その度に色々意見が言われるが、親たちにしてみても決して自分の子どもが憎いわけではない。社会とのつながりが希薄になっていて、相談したり、お節介な大人が近くにいなかったりすることも一因ではないか。とにかく、子どもは無限の可能性を持ち、育てる者を幸福にしてくれる。
孫たちの親は共働きで、0歳から保育園に通い、毎日私と夫とふたりでお迎えに行き、夕方ママの帰りをじぃじぃの家で過ごす。2歳くらいまではちょっと可哀想な時もあり、またよく病気もし、その度に夫と病院通いをしていたが、もう上の子は来年5年生、下の子も1年生になる。私たち夫婦「じぃじぃ・ばぁばぁ」の出番が少なくなり寂しい時もある。孫たちとの生活は平凡な夫婦の生活を本当に楽しくさせてくれ、運動会・音楽会など行事を通して成長を感じさせてくれた。2人の孫たちと毎年末にスキー旅行に出かけているが、今年は最後かなぁ。
でも、年が明けて初夏には末娘のところにも孫が生まれる予定で、どんな孫育てが待っているか、今から赤ちゃんのふわふわした肌を思い、また、だっこできると思うとウキウキする。
私自身は1男2女を育て、3人ともどうにか人並み(?)の生活ができているようなので、まずは再びの子育て(孫育て)に専念しようと思うこのごろである。出産に対する不安も、もっと全面的に考え直して、誰でも安心して出産・子育てができる、人としてあたりまえの事が望まれる。祈安産です。
(M)
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