「新社会兵庫」 2月10日号
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- 労働問題には縁遠かったはずの友人から、ワーク・シェアリングについての考えを問われた。それほどにこの問題は、多くの人が耳にし、考えるようになった問題なのだろう▼これは字の通り、ワーク(仕事)をシェア(分け合う)することである。減った仕事を一人占めしないで、できる限り分け合って失業の被害を減らそう、乏しきを分け合おうということであり、美徳に通じることである▼しかし、これには深刻な社会問題がこめられている。労働者が、ずーっと煽られてきた競争意識のとりこになっていては難しい。競争意識を払拭し、仲間意識、団結意識に立つことが大前提だ▼企業や経営者は涼しい顔で言うだろう。「皿の中のスープが減ったのだから、スプーンは小さいのに替えてくれ」。しかし、今日の事態を惹き起こした原因は、グローバル企業の過剰利潤と過剰蓄積である。張本人が貯めこんだスープを隠して、小さな匙をと説教するのを許してはならない▼ワーク・シェアの出発点は、彼らが貯めこんだものを吐き出すこと、吐き出させることである。それを避けたワーク・シェアは、形を変えた賃下げである。分け合う連帯感の裏には企業、経営者に対する怒りがなければならない。
- 学んだ連帯の温かさと力強さ
武庫川ユニオン尼崎市役所分会が安定雇用を実現
- 武庫川ユニオン尼崎市役所分会支援闘争委員会(自治労兵庫県本部・尼崎地区労・コミュニティユニオン全国ネットワーク・ひょうご地域労働運動連絡会・尼崎市職労)は1月9日、尼崎市との交渉で、「今年4月1日より市民課で嘱託職員として雇用する。細部は武庫川ユニオンと今後協議する」という回答を得ました。武庫川ユニオンが求めていた安定雇用が実現した瞬間でした。
尼崎市は、武庫川ユニオンが07年2月に市民課住民票入力業務が偽装請負であることを告発して以降の交渉経過を反故にし、08年2月に突然、競争入札の実施を通告してきました。競争入札が行われれば雇用の安定はありえないし、たとえ新たな派遣会社と契約を結んだとしても賃金の低下は避けられないと判断し、あくまでも競争入札に反対することを確認して08年3月3日から無期限ストライキで闘うことになりました。それでも尼崎市は、競争入札こそが公平で透明性が確保されると、2回にわたる競争入札を強行しました。
しかし、全国的な闘いの結果、競争入札はことごとく不調となり、臨時的な措置として08年4月14日から尼崎市の臨時職員として直接雇用が実現しました。
この闘いでは、各労働組合から抗議のFAXや物心両面の絶大なご支援をいただきました。3月17日と3月31日に開催した決起集会は、300人、500人が結集し圧倒的な成功を収めることができました。
本来なら、この闘いで09年4月からの雇用の在り方についての方向性が確認されるはずでしたが、尼崎市からは安定雇用に向けた回答を得られませんでした。そこで、やむなく全国のみなさんに「安定雇用を求める団体署名」をお願いし、1262団体の署名が寄せられました。それでも解決しなかったため、支援闘争委員会のみなさんのご協力で100人規模の市内街頭宣伝、市役所早朝宣伝活動などを展開してきました。もし尼崎市があくまでも安定雇用に向けた回答をしないのであれば、再度の抗議FAX、市長室前座り込み行動、人間の鎖行動など計画していましたが、幸い庁内の良識が発揮され、09年1月9日に先述の回答を得ることができました。
尼崎市が今回の決断をした背景は、まずは、全国的な支援が寄せられ、問題が長期化するならば全国的な闘いとしてさらに強化されるだろうと認識したことです。さらに、昨年来、全国で闘われている「派遣切り」との闘い、労働者派遣法の抜本改正を求める闘い、とくに「年越し派遣村」の取り組みが派遣労働者など非正規労働者の現実を白日のもとに明らかにしたことが大きな圧力となりました。
私たちは、闘いを通して多くを学びましたが、要約すると次のように整理できます。
第1は、労働者、労働組合の連帯の温かさ、そして力強さです。労働組合は第一義的には自らの組合員の利益のために闘うのは当然ですが、見も知らぬたった5人の派遣労働者の闘いに惜しみない支援をいただいたことです。こうした支援が、闘いに立ちあがった組合員を励まし、「この闘いは全国の非正規労働者の闘いなんだ」と言えるまでに成長することができました。
第2は、自治体アウトソーシング、そして入札の問題点です。私たちは「人間を入札するな」「派遣会社の競争入札は現代版奴隷市場」だと訴え続けましたが、こうしたことが法を守るべき自治体現場で行われていいのかという問題です。また、住民票入力業務のような市民の基本的なプライバシーを扱う業務を派遣会社に丸投げしてもいいのかという問題を問わねばならないと思います。
第3は、労働者派遣法の問題です。臨時的一時的ではない恒常的な業務を派遣労働者に担わせるのではなく、職業安定法をよみがえらせねばならないと強く実感しました。
第4は、公契約条例の制定の必要性です。もしもアウトソーシングをせざるを得ないとしても、そこで働く労働者の最低限の賃金水準や法令遵守など社会的価値が実現されなければならないということです。現在、尼崎市では議員提案で公契約条例の制定運動が進められています。なんとしても2月市議会で成立させたいと思っています。公契約条例の制定についても全国の皆さんのご支援をお願いします。現在、その署名活動を進めています。
今日まで、武庫川ユニオン尼崎市役所分会の闘いに惜しみないご支援をいただいたことに心より感謝申し上げ、明らかになった課題を全国の仲間のみなさんと一緒に解決できるよう闘い抜く決意です。
2009年1月13日
労働組合武庫川ユニオン 執行委員長 上山 史代
同尼崎市役所分会 委員長 本郷 令子
(※「武庫川ユニオン尼崎市役所分会の支援の御礼」(要旨)を掲載。【編集部】)
市役所闘争勝利報告集会が3月3日、尼崎市立労働福祉会館で予定されている(午後6時30分開会)。
- 期待したい闘いの輪
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視野の狭さが原因だと思うが、何をテーマにしようかといつも悩む。重たい話になってしまうが、いま私の中で気になっていることは、昨年からの派遣労働者をはじめ非正規労働者の首切りの問題に行き着く。
雇用契約を一方的に反故にして労働者の生きる権利を奪い、他方、内部留保はしっかり溜め込み一切責任を取ろうとしない企業に怒りを感じる。
派遣労働者は若者ばかりでなく40、50代の人たちも多い。地方から出稼ぎに来て首を切られ、正月に子供たちが待つ実家に帰れない40代後半の男性がテレビに映った姿を見てなんとも言えない悲しみと怒りが入り混じった感情がこみ上げてきた。マスコミの誘導もあったことだろうが、これが圧倒的多数の国民が支持した「小泉構造改革」の行き着くところかと改めて思った。
年末から年明けにかけて、「派遣村」など非正規労働者の実態が報道され、政府への対応を迫った結果、派遣法の見直しが与党を含めて叫ばれている。そもそも労働者派遣法は企業の利潤追求のための、企業にとって最も都合のいい法律である。少しの見直しをしたところで、現状は変わらないと思う。
生きていくために働くことが当たり前の労働者にとっては、最低限度の生活の保障は当然の権利として憲法で定められている。一方的に首を切られ住むところもなく明日からの生活が不安な仲間が、あきらめずに立ち上がり、ユニオンなど組合を結成して団交する姿に、厳しいながらも希望を感じる。そして、その闘いの輪がさらに拡がることを期待する。
いまの私の、政治に対する運動の原点は、なんと言っても労働者としての意識を目覚めさせるきっかけを与えてくれた初めての職場で出会った仲間にある。職場は3年で辞めてしまったが、彼女との繋がりはその後も続き、政治集会や学習会に誘われて参加するようになり、そしてとうとう後先も考えずに政党の専従になってしまった。
この数十年間で教育や労働の現場は、目的意識を持って体制側が変えてきた。自民党をはじめ保守勢力と経済界が結託し、労働者の立場ではなく企業の立場での政治が行われてきたことは、今の社会全体を見渡せば残念だが納得できる。
先日の新聞で、「過去に目を閉ざす者は結局のところ、現在にも盲目となる」とのドイツのワイツゼッカー元大統領の言葉が心に残った。歴史を学ぶことは、現在を生きるために必要であり、大切なことだと思う。ぜひ若者自身が過去の歴史を知り、学んだことを現在・未来に生かしてほしいと切に願う。
(T)
- 吹き荒れる「派遣切り」と闘う
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武庫川ユニオンは3年前から滋賀県湖南市で外国人労働者を対象とした学習会と労働相談会を毎月第3日曜日に開催してきた。昨年9月からは製造業の「2009年問題」をテーマに設定して09年3月末で大量解雇が発生する可能性を指摘し、派遣先への直接雇用を求める運動を進めようと提起してきた。
ところが、事態は急展開した。11月の相談会には派遣会社から解雇されたという相談が入り始めた。12月には相談会に30人が集まるようになった。今年1月は彼らの要請で4日に相談会。18日の定例日には全体で50人が集まった。相談者の大半は「派遣切り」。
私は彼らからの相談を聞いていて、阪神・淡路大震災で解雇されたパート労働者たちの闘いがよみがえってきた。彼女たちの大半は、資格があるのに雇用保険に加入していなかった。解雇予告手当てもなく職を奪われていた。私たちの闘いは、雇用保険への遡及加入の闘いとなった。派遣労働者の多くは当時の彼女らと同様、雇用保険にも加入していない。有給休暇も与えられていない。
今年に入ってすでに派遣元、派遣先合わせて団体交渉の申し入れは10社を超える。団体交渉もすすんでいる。
しかし、派遣先への責任追及の闘いは一部を除いて困難を極めている。製造業派遣会社自体も「派遣切り」の中で廃業する会社も出てきた。なぜこんな事態を招いたのか。大量に派遣労働者を解雇をしておきながら平然としているのは派遣先の大手の製造会社だ。
闘えば最低限の成果をあげることはできる。きわめて慎ましい要求だが、雇用保険に遡及加入し、当面雇用保険で生活を維持すること、有給休暇の保障、解雇予告手当ての支払いなどだ。派遣先は平気で団体交渉を拒否してきているが、許しはしないと決意している。
2月、3月の状態が恐ろしい。今、必要なのは大量の援軍である。
小西純一郎(武庫川ユニオン書記長)
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