「新社会兵庫」 6月23日号
 ロケット打ち上げ実験につづいて北朝鮮が2回目の核実験を強行した。不謹慎だが、通勤電車の中で周囲をはばからずに化粧をするお嬢さんを連想した。誰の目も入らない。ただひたすら対米直接交渉に活路を拓きたい▼だが、そのために核を振りかざすのはよくない。しかも、一連の行動が「世襲」絡みの後継体制準備が背景にあるなどと報道されると、ことの真偽はともかく、二重三重にうんざりさせられる。核兵器、やはりこれはダメだ▼しかし、何も北朝鮮だけが対象ではない。来年は5年ごとの核不拡散NPT再検討会議が予定されているが、米英仏中ロ5ヵ国だけが保有を許され、他の諸国への拡散は認めないのに、義務を負う軍縮には向かわない。NPTの実効性が疑われても仕方がない▼オバマ大統領のプラハでの演説が注目されているが、口にした以上、率先した実のある行動が必要だ。われわれも今から核兵器廃絶1千万署名に取り組みたい。そして、テロ国家指定や制裁では何も片づかなかった朝鮮半島の戦争状態に法的に決着をつける。日本政府は国交正常化に真摯に取り組み、その中で懸案の解決に進んで行くしかないという方向に対北朝鮮政策は変わらなければならない。
「新型インフル騒動」の検証を
浮かび上がった「危機管理」の諸問題
 「国家の危機管理上、重大な課題」であるという政府の認識は今も続いている。危機管理――。戦争国家のアメリカではFIMA(連邦危機管理庁)やCDC(疾病予防管理センター)という常設の機関がある。日本では旧法を糾合して「感染症新法」ができた。バイオテロ対策の要素も加わり、結核予防法もこれに糾合された。超法規・脱憲法≠ェさりげなく「行動計画」(本年2月最終改訂)として、「新型インフルエンザ及び鳥インフルエンザに関する関係省庁対策会議」がまとめ、「対処方針」が閣議決定された。自治体でもそれぞれ危機管理マニュアルは常備されている。兵庫県では知事が「緊急事態」を宣言し、神戸市では保健福祉局長が陣頭に立った。危機に際して議会はノーチェックで統治を承認するのが「国家」である。WHO(世界保健機関)は6月11日、警戒レベルを最大の「6」に引き上げた。
 土曜日だった。5月16日、朝8時30分のNHKニュースは「神戸市中央区、灘区、東灘区、および芦屋市の学校・幼稚園の休校・休園、保育所、それにデイサービスなどの高齢者通所施設を休所、さらに民間の同種、学校や施設にも要請」と伝えた。9時20分、I保育所では、すでに子どもを預けていた保護者が急ぎ足で迎えに戻る姿があった。作業所も、学童保育も、病児保育所も、認可外保育園も……。妊娠中の教員も家庭訪問に駆り出されたてん末は新社会党大会で報告されたとおりである。集会の中止命令は出なかったが自粛が要請された。美術館は休み、開けた動物園にも人がいない。商店街から人が消え、夜の居酒屋はもちろん、飲食店の客はまばら。地域福祉センターは閉まり、喫茶店にも医療機関にさえ人が来ない。やがて街を2人ひと組で巡回する警察官の姿が目立ち始めた。
 静かな空間が神戸から阪神間、大阪へと広がった。製鉄会社本社のある阪神岩屋駅前でいち早くマスク着用率が高くなり、電車内100%、駅構内から駅周辺、やがて街全体が「着用率90%」になった。
 「インフルエンザの1週間」をどう過ごしましたか?以下は、数家族で5日間の「共同保育」をしたある女性の手記の一節である。「……今回は実家に預けてなんとかしのげる人たちも、もし閉鎖が延長になれば次週は参加するとのこと。子どもたちはお弁当と水筒持参、万が一インフルに感染しても恨みっこなし。お弁当のおかずはお互いに羨ましがったりしないように共通の具にすることも決めました。そして閉鎖の1週間、子どもたちはとても楽しんで、親たちも仕事の調整や家庭保育所は大変な面もありましたが、友達のありがたさを本当に実感でき、信頼関係も深まりました。けれどもママ友達のなかには有休がなく母子家庭なのに収入減の人も。……」
 観光関連産業の資本を中心に、補償を求める声は素早いものであった。労働者と知識人は沈黙しているように見える。医療・福祉関係者は仕事に忙殺され、情報収集に忙殺され、命を救う任務に没頭した。既報のように3日目の18日、原和美・新社会党兵庫県本部委員長は、兵庫労働局に厚労大臣宛の要望を持って走った。
 これからの課題。第一歩は、前述の手記にあるような「声」を無数に集め、知識・見識を科学的に究めようという人々の共同研究と討議である。
 秋に備えて、「ワクチンを小中高校生、幼い子どもたちに、若者に。その公費助成を」という声を上げる。これ以上縮小しようのないほど保健所が減り、小さくなっている。「公衆衛生の向上及び増進に努め」(憲法25条2項)るための保健所の再構築が2つめの目標である。
 第3に、「秩序と公益」の感染症新法から、「公共の福祉」の公衆衛生への転換、法改正である。

井上 力(新社会党灘総支部書記長・新社会党兵庫県政対策委員)
母の圧迫骨折
 今年82歳になる母が腰椎圧迫骨折を煩って2年半になる。一昨年末、急に訪れた激痛。あれから2年半も痛みから解放されていないんだと思うと私まで気持ちが沈む。
 骨粗鬆症が原因でもう4カ所も骨が潰れている。腰が丸くなっても背が縮んでもいいけれど、どうか痛みが少なくなりますように、少しでも歩けるようになりますようにと、あらゆる整形外科、整体、針、漢方とたくさんの手だてをしてきた。一進一退。希望と落ち込みの繰り返し。そして最近では「一進」を「一退」が一気に追い越していく。
 「80超してたらそんなもんでしょ」と他人は思うかもしれない。でも、母本人にとっては「寝たきりになったらどうしよう」という不安・恐怖心と、「毎日走り回る夢を見るねん」というとてつもない希望のどちらもが切実で……。何歳だからもういいなんてないと本当に思う。
 評判のいい整形外科に母を連れて行った。でも治らなかった。違う整形に行ってみた。「毎週通ったら良くなるよ」。せっせと通った。治らなかった。大きな病院がいいかもと連れていった。いっしょだった。悲しかった。私より母はもっと悲しかったに違いない。
 途方にくれた頃、ある整体の先生を紹介してくれた人がいた。通って通って通い詰めた。痛みは消えなかったが母は一人で歩けるようになり、笑顔を取り戻した。介護保険での在宅入浴から解放され、私の家に入浴に来るのが母の楽しみのひとつになった。
 でも、今年に入り、また圧迫骨折が進んでしまった。痛みがひどくて、食事、トイレの時に無理をして起きる以外は一日中、布団の上で天井を見ている毎日になってしまった。でも、朝何十分かかってもパジャマから服に着替え、昼間は夜寝る時の方向には絶対に横にならない母。整体にも通えなくなってしまった。どうしようと途方に暮れていたら先生が家に来てくださるようになった。
 先生が言っていた。「お母さんは身体が悪くなったことや、良くなったことを受け入れられたらもっとよくなるかもね」。そうかもしれない。母は元に戻る以外は満足できない様子だし、そのことが悲しみをさらに大きくしている気がする。
 昭和ひとけた生まれ・戦争で悲しい思いをした・専業主婦・自分のものなど買ったことがない・ばくばく食べることにも興味がない・掃除と庭いじり以外趣味はなし。そんな母を今の状態でおおらかな気持ちにさせるのはむずかしい。
 「あんたの顔さえ見たら痛みも消えるわ〜」と言っていた時期は母のストーキングを甘んじて受け入れることが私の役目だったけれど、そんな時期も激痛が吹き飛ばしてしまった。
 歳をとるってむずかしい。母とは違う生き方をしている私。働く場所がある・大切な友だちがいる・仲間がいる・優しいつれあいがいる・好奇心旺盛・欲深い・できれば掃除はしたくない・しめきりぎりぎりにしか仕事ができない、でもぎりぎりにはできて自分を褒める。加齢による衰えを受け入れつつ、家族以外とも支え合って生きていけたらな。それができる世の中にしなきゃ。
 追伸。今、ふたたび私は本気で途方に暮れています。母が少しでも心と身体が楽になれるように、いいお医者、いいアドバイスをどうか皆さん教えてください。
(M・M))
闘いに立ちあがる仲間たち
 ●白鶴酒造の小会社、白栄物流との雇用関係の確認を求めて提訴
 闘いは、白鶴酒造の小会社白栄物流の業務請負会社、北摂運送の労働者Kさんが、白栄物流の課長の指示で解雇されたことから始まった。
 Kさんは09年1月13日に武庫川ユニオンに加入し解雇撤回を求めた。その後、北摂運輸の労働者5人もKさんの解雇撤回を求め、武庫川ユニオンに加入し「白鶴魚崎物流分会」を結成した。北摂運輸は団体交渉の場で「解雇ではない。自己都合退職だ」と主張し続けた。しかし、北摂運輸の従業員たちには白栄物流の社長が面接を行い、業務の指示は白栄物流の課長などが行い、白栄物流、北摂運輸、さらに他に昭栄産業、個人請負の労働者が一体となって働いていたのだ。まさに偽装請負である。
 私たちは、職業安定法違反が明白であり、白栄物流との雇用関係の確認を求め、6月15日に提訴、白栄物流に闘いを挑んでいる。
 ●西宮市の家庭ゴミ収集の委託会社ダストマンサービス分会の闘い
 「退職させてもらえない。離職票を発行してもらえない」という相談から始まった闘いだ。
 長時間労働を強いながら残業手当を一切支払わないなどのため、従業員が長続きしないことから、会社は「1年または2年間は退職しない。退職するときは後継者を入社させた後、退職することを誓う」などとする誓約書を書かせていた。辞めると損害賠償を請求すると脅しもしていた。
 こうした状況に我慢できず、3月に6人で分会を結成した。ところが、その直後から支配介入や不利益取扱いの不当労働行為が開始されたため、4月20日には早朝ストライキを構えた。そのときは、ピケラインに社長が現れ「誠実に交渉に応じる」という回答をしたため、6時30分にストライキ体制を解いたが、その後の団体交渉でも不当労働行為発言を繰り返すなど、懲りていない。
 若い組合員たちは、差別にも負けず粘り強く決意を固めている。地域のご支援をお願いします。
小西純一郎(武庫川ユニオン・書記長)