「新社会兵庫」 7月14日号
 大久保利通は、決断ということでは相当の人であった。明治維新では並居る諸侯を威嚇して、情勢を倒幕開戦にもっていった気迫は、錦旗まで用意した策謀とともに、大変なものである▼10年後の西南戦争では、盟友西郷隆盛を賊軍の首魁として討ち果たした非情さは、政治的決断の極致である▼大久保が襲われて非業の死を遂げた地は、今では高級なホテル、料亭がたちならぶが、その地でしばしば心地よい夜の一刻を過ごす玄孫は、130年前に斃れたご先祖様にいかなる感慨を抱くであろうか。この玄孫には、わずか半年間に2度の衆院解散を決断した祖父がいた▼解散のためだけに首相に推され、「やる時はやる」と幾度となく発しながら、その決断ができないままに滑り台を降りるように1年近くを費やしてしまったこの人にも、決断のDNAは受け継がれているはずだが、劣化は相当に急速だったのだろうか▼この人、漢字の誤読で名をはせたが、文章表現も不得意のようだ。「やる時はやる」「やれない時はやれない」―表裏一体のようだが同義ではない。そこを取り違えているこの人はいま珍記録目前だ。サミット出席直後に政権を投げ出した3人リレーのアンカーという記録である。
2010年NPT再検討会議へ
「核廃絶1千万署名」の推進を
 広島、長崎への原爆投下から64年目の暑い夏がまた近づいてきた。私たちの核兵器廃絶と恒久平和への願いは未だ実現していない。世界には、今も2万7千発の核兵器が存在し、核による緊張関係が続いている。
 核兵器をめぐっては、核拡散防止条約が1970年に発効された。この条約は、核兵器廃絶を主張する国や運動団体が核兵器廃絶をめざしたが、もう一方で核保有国の軍事的優位の維持などの思惑も重なり、核兵器廃絶への道程には繋がってこなかった。
 結果、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の核保有5カ国に加え、核拡散防止条約(NPT)未加盟のインド、パキスタンは核兵器を保有し、さらに事実上の保有国であるイスラエル、核兵器開発に繋がるウランを濃縮・拡大するイラン、2回目の核実験を行った朝鮮民主主義人民共和国など核不拡散体制は大きく揺らいでいる。
 2010年に開かれるNPT再検討会議は重要な転換点となる。2005年NPT再検討会議で、米国などの核軍縮への消極的な態度により、2000年NPT再検討会議で合意された13項目などの核軍縮の課題を前進させることができず、核軍縮はもとより核不拡散体制そのものが危機的状況に直面しているだけに、実効ある核兵器廃絶の合意がなされることが強く求められる。
 こうした中で、米国オバマ大統領が行った4月の核軍縮プラハ発言により核軍縮への動きは加速するように思われているが、この実現を勝ちとるカギは唯一の被爆国である日本が核廃絶に向けたイニシアチブを発揮できるかどうかである。日本政府は、核廃絶を訴えながらも、米国の「核の傘」の下にあるという矛盾した政策を取り続けており、「すべての核廃絶」実現にむけ、その政策転換を勝ちとっていかなければならない。
 こうした中で、平和市長会議(134カ国・地域、2963都市が加盟。広島市長が会長)は被爆75周年にあたる2020年までに核兵器廃絶をめざす「2020ビジョン(核兵器廃絶のための緊急行動)」を提起し、その取り組みが進められている。
 この運動に呼応して、連合・原水禁・核禁会議の3団体が「核兵器廃絶を求める1千万署名」の取り組みを呼びかけている。署名前文は、「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ヒバクシャ。この訴えは、核兵器廃絶と恒久平和を願う私たち被爆国民の心からの叫びです。」から始まる。そして、要請項目は、@2010年NPT再検討会議で、2000年合意を再確認し、核兵器廃絶の道筋を合意すること、A2020年までに世界中のあらゆる核兵器の廃絶を実現することの2点である。
 私たちは、この呼びかけに賛同し、県内の平和運動を進める人たちとともに、「『核廃絶1千万署名』兵庫県実行委員会」を7月16日に結成し、「憲法を生かす会」など各地域の団体で署名活動を進めるとともに、地域の被爆者団体などとの連携を積極的に進めていくこととしている。8月6日、9日には県下全域において街頭宣伝行動を実施するとともに、原爆パネル展など創意工夫した取り組みを追求しよう。
 また一方、1984年に「青年しかできない反核運動を!」と始められた「反核平和の火リレー」は、今年で25回目を迎える。7月7日に兵庫県庁前を出発し、県内全市町を走りつなぐ。各職場から新しいランナーが加わり「ヒロシマの火」を走りつなぐことになるが、ひとりでも多くの青年がこの運動に参加し、多くのことを学び行動してほしいと切に思う。
 未来のためにこそ私たちは過去の歴史を正しく学ぶことを大切にし、ヒロシマ、ナガサキ、オキナワの悲劇を決して繰り返さないことを誓い合ってきた。そして、憲法の三大原則である「恒久平和」「基本的人権の尊重」「主権在民」の本質を問い直してきた。
 「いかなる国の核開発、核実験、核の保有も認めない」。私たちはこの当たり前の主張を職場・地域で改めて訴えていこう。暑い夏を多くの仲間とともに平和のために行動しよう。
森 哲二(平和運動研究会)
死を意識した生き方
 認知症の人と過ごす時間の多い仕事柄、最近、自分が認知症になったときのことを考えてしまう。
 私には、自分の最期を見届けてくれる親族がいない。「もしものことが起こった時には、他人にお世話をしていただくことになる」。
 そこで身辺を簡素にすることを考えた。まず、自分の持ち物を減らすこと。基準は、自分の働いているホームに持ち込める程度の物のみを残すことにする(あくまでも自分が決めた基準で、入所の基準として決まっているわけではない)。
 いざ、片付け始めてみて、思いのほか「捨てられない」ことに気付いた。思い出の物が多い。「あなたにとって大切な『思い出』も、他人にとっては、ただのゴミでしかない」と、誰かが言った。
 「捨てる」には、かなりの体力と気力が必要なことも思い知った。洋服ダンス1棹、衣装ケース6段すべてに、リサイクルすれば着られる衣類をいっぱい入れて、「便利屋」さんに引き取ってもらった。それでも、基準までいかない。もっともっとシンプルにしなければ…。
 テレビドラマで知ったのだが、「遺品整理屋」って仕事もあるようだ。引越し、掃除の専門職はよく聞くが、映画「おくりびと」で見た遺体を美しくしてくれる職業も知った。ありがたいことだ。
 もうひとつ考えたことは、交通事故で動けなくなったり、意識がなくなったりしたときの自分のことだ。生命維持装置をつけてまで生きたくない。
 インターネットで「日本尊厳死協会」にアクセスして資料を取り寄せてみた。資料によると、昭和25年を境に病院や施設での死亡が多くなり、現在は、自宅死亡は24%で、病院・施設での死亡が76%。医療技術の発達で、植物状態、脳死状態になっても病院は、本人や家族の意思に関係なく延命措置を行う。「死に方」は、医師の手中にあるということだ。尊厳死問題は、医療界や政治の場でも、再三にわたって議論されてきているらしい。医療現場では、刑事訴追を懸念して尊厳死を認めないケースが多いそうだ。
 「日本尊厳死協会は、1976年に創設され、安らかに人間らしい死ぬ権利を求める『尊厳死の宣言書(リビング・ウィル)』の登録・保管をすすめることによって、自己決定権の社会的合意形成をめざす団体です」とあり、「宣言書」文面が印刷された書類に、住所・氏名・生年月日のみを記入して送れば、会員登録番号をつけて、コピーを2通送付する、とある。本人と、近親者など信頼できる人に所持してもらうための2通で、必要が生じた時にどちらかのコピーを医師に示すためだそうだ。年会費3000円にびっくりして、申し込むのは辞めた。「公正遺言書」を作成してくれる弁護士を探すことにした。
 「死ぬ時は他人に迷惑をかけないで死にたい」なんて言うと、「これまで、さんざん仲間に迷惑かけて来たくせに、何を今更…」と笑われそうだが、「だからこそ、死ぬ時くらいは…」と。
 ある人が「死を意識した生き方は、よりよく生きることに通ずる」と書いていた。その言葉を励みにして、遊びも仕事も活動も、楽しみながら続けたい。
(紀)
地区労事務局長をユニオンから選出
 ユニオンあしやは昨年末、結成10周年を迎えた。この間の活動は割愛するが、本年に入り特筆されることは、芦屋地労協事務局長がユニオンから選出されたことである。
 事務局長の活動に信任が高かったこともあるが、定年後の運動基盤をユニオン運動に置くとした決意が「引き続いて」の要請につながった。その背景には、ユニオンの10年間の活動が常に地労協の中で報告され、諸闘争の支援要請を求める中でユニオン運動が単組の枠を越え浸透してきたことがある。また、地労協内で、自治体職場で働く非常勤嘱託職員や臨時職員の労働組合が、非正規労働者の不安定身分解消と労働諸条件の改善・向上を求める取り組みを粘り強く続けていることなど、いまの労働運動にとって非正規労働者の連帯と組織化が重要な課題となっていることの証左でもある。
 地労協ではこの数年、春闘期の学習交流会を開催しているが、幾度か講師に武庫川ユニオン書記長を迎え、非正規・未組織労働者の立ち上がりと闘いの意義、労働運動再構築の必要性などについて提起を受けてきた。
 本年6月には、ひょうごユニオン事務局長を招き、「非正規労働者の現状と地区労運動の課題―労働運動をつくりなおす―」をテーマに提起を受けた。非正規労働者とワーキングプアの現状、入札競争が安価な奴隷市場をつくり出している実態、こうした現実をもたらしている労働運動の現状と社会的労働運動への脱皮と再建の課題などについて実態に即した提起が行われた。また、特別報告をポオトデリカトウカツ分会の分会長が行ない、自らの職場実態と組合加入の動機、組合の取り組みの一つ一つが労働条件の改善に結びついてきたことなどを報告した。
 各単組からは正規・非正規を問わず職場が破壊され、人間性の喪失が強要されている実態や、労働組合への帰属性を高める課題などの報告が相次いだ。職場を越えた問題の共有化が進み、改めて交流の重要性を確認したところである。
前田辰一(ユニオンあしや)