「新社会兵庫」 8月11日号
 やっと総選挙の日程が決まった。原和美擁立決定からほぼ1年。明治期に2度ほど例があったという真夏の暑い、熱い選挙。大方はお盆休みも返上か▼ところで、選挙になると毎回、決まって報道各社からの経歴調査票やアンケート、各種団体・グループからのアンケートや公開質問状などが事務所はわんさと押し寄せてくる。選挙という大きな政治の舞台で、ある意味当然であり、これらを否定するつもりもなければ、原和美事務所はどれにもていねいに答えてきていると思うが、少々うんざりさせられるのは否めない。せめて調査票だけでも一本化してもらいたいし、それぞれの専門分野におけるあまりにも細をうがったアンケートも、率直に言ってどうかと思う▼もう一つ、マスコミのアンケートなどは、設問があらかじめつくりあげられたベクトルを指していて、それ以外の発想なり角度からの回答を遮断してしまっていることが多くある。今回も自公と民主の政権交代は既定みたいなものだが、世の中には実際それだけでは律しきれない多様な意見があり、それらが切り捨てられてはならない▼自民でも民主でもない、「KOBEからもう一つの選択」。それは兵庫1区での原和美の勝利だ。
KOBEからもう一つの選択 2大政党にくみしない力を
 待ちに待った総選挙。原和美さんが立候補を表明したのは昨年の9月20日。1年近くもの選挙準備を誰が予想しただろうか。誕生した麻生政権は選挙管理内閣のはずだった。ところが、アメリカ発金融危機による経済悪化が日本を直撃。本来であれば、国民に信を問うべきであったが、自らの延命策のため経済立て直し策を優先。しかし、その施策は、内閣支持率を上げるための党利党略が見え隠れし、定額給付金などのバラマキ策は将来への大衆増税につながる大失政となった。
 そもそも、小泉政権下で行われた規制緩和と民営化は、弱肉強食を煽り、労働者派遣法の製造業への拡大で多くの若者は非正規で働かざるを得ず、年金・医療制度の改悪で多くの高齢者は老後への不安を感じている。この社会の格差の拡大と不公平感に言いようのない怒りが多くの国民に蓄積していた。麻生政権の失政は、その怒りをさらに倍化し、小選挙区制度による2大政党下、都議選の結果に象徴されるように民主党への支持の異常な広がりとなって現れている。そこには「政策」があるわけでなく、「政権交代」だけがあるといっても過言ではない。小沢前党首や鳩山党首の政治献金問題があっても「政権交代」のこの流れは変わらないであろう。
 しかし、新たな政権を担うであろう民主党の現職議員や候補者の多くは、憲法改正論者や松下政経塾出身者など新自由主義的考えの持ち主たちである。この政権が、国民の多くが抱いている格差や不公平感を真に解決するとは思えない。むしろ、来年5月に法が施行される憲法改正国民投票への動きが一気にすすみ、9条改悪が現実化を帯びてくる。また、規制緩和・民営化などがさらに進み、より格差・貧困が拡大し、国民の生存権が脅かされるかもしれない。
 だからこそ、民主党にまかせるわけにはいかないのである。2大政党にくみしない力を育て、小選挙区制度そのものの見直しをする展望を見出さなければならない。「KOBEからもう一つの選択 憲法9条、25条を守る原和美の出番です」のキャッチフレーズは、政権交代選挙での私たちの立ち位置を表明している。今回の選挙で、社民党までが民主党へなびく中、憲法9条、憲法25条を守り生かす勢力を原和美選挙に総結集し、小選挙区で勝利することが政権交代下での護憲派の次の展望を生み出すことになると思うのである。 原和美後援会長であり著名な金融経済学者である本山美彦氏は、このことを懐かしい言葉で「左翼バネ」と呼んだ。まさに、政権交代だからこそ「左翼バネ」を活かさないといけないのである。その「左翼バネに原和美を」、そして、われわれ選挙を担う一人一人が「左翼バネ」になることを決意することが求められているのである。
 この1年間の長期戦の中、東灘は早朝・退庁を含めた街頭宣伝、灘は木曜行動と個々面接、そして小集会、中央は早朝行動と『新社会中央区版』配布者との帯同個々面接を中心にして活動を行ってきた。それぞれの総支部の日常活動やエリアの特長を生かした活動を取り組んできた。その活動は、先ほどの本山美彦さんやジャズピアニストである上田由美さんなど新たな支援者を生み出している。
 「量から質への転換」という唯物弁証法を説明する有名なフレーズがある。私はいつも「同じことをやるなら突き抜けるまでやる」を信念にしている。最初は変わり者に見られるが、「突き抜けるまで徹してやる」と今度は評価に変わる。そして、やり抜いた本人には違う景色が見えてくる。これは人生訓を語っているのでなく、歴史の流れに沿った生き方・行動をしているという自信が私たちにあるならば、必ず「量から質への転化」が訪れるということだ。水が沸点に達して気体になるときは時間と大変なエネルギーが要る。
 確かに、小選挙区制度で2大政党が注目され、政党要件のない私たちは苦戦を強いられている。しかし、この2大政党を心から信用信頼している人はわずかである。多くの人々は政治不信の中にあり、将来の生活に老若男女を問わず不安を抱えている。私たちの日常活動は地味だけれども続けていれば、必ずこれら人々とのつながりができるはずだ。それは遠い将来でなく、この原選挙≠ゥもしれない。私たちがあきらめない限り、その可能性は広がってゆく。みんなで「突き抜ける」までやってみようじゃないか。
あわはら富夫(原和美を国会へ送る会代表、 神戸市会議員)
リフォームで方針転換
 今のマンションを購入しておよそ30年。夫と二人、共働きの時代にそれぞれローンを組んで手に入れた。
 子どもが育つ過程で部屋の用途は変化し、物が増え、手狭な面積はいっそう狭くなった。
 狭いだけではない。30年という歳月は老朽化ゆえの故障を起こすようになってきた。そのためマンション管理組合でも5年程前から、腐食がみられるようになったベランダ手すりや非常階段等構造物の取り替え工事、電気の容量増設工事、給排水管取り替え工事など大規模修繕が続いた。
 今は修繕工事の一段落を待っていた各住戸のリフォーム工事が相次いでいる。我が家も水回りが昨年末あたりから故障続きで、これ以上ごまかしながらの使用は他家に迷惑をかけるところまできたこともあって、今後の暮らしを考えて改装をしておこうとリフォームに踏み切った。
 リフォームにあたり最大の難関は荷物の梱包だった。狭い部屋にこれでもかと物があふれている。「捨てる」ことが出来ず、いつか必要になるかもしれないと保管し続けてきた資料や次々増える書籍が荷物の3分の2を占める。それ以外でも何年も手にすることのない「モノ」が実に多い。娘たちが「とりあえず置いといて」と預けていった物もある。
 これまでの私は、その「モノ」をいかに収納するかを工夫してきた。いくらでも保管してきた。だが今回、私は方針を変えた。「敢えて収納場所は増やさない。置ける範囲以外は置けないのだから、新しい物を増やすときは考えて、何かを処分して後増やすこと」と。
 夫には、いつか私たちが人生を全うした後、整理されないまま保管してきた「紙」類を誰が処分できるのかと問うた。娘たちには娘たちの人生があり、新たな人やモノとの出会いもある。娘は「思い出の品」をカメラに収め処分を決めた。
 それは私自身が問われることでもある。梱包を解きながら自問を繰り返している。方針転換をしてでも手に入れたいと望んだリフォームの基本は空間。自在に使え何もなければ風を通しておきたい。狭いからこそ、いや、いっぱいいっぱいの生き方をしてきたからかもしれないが、自在に使える時間や空間を大事にしたくなった。
 年齢不詳のボランティア朗読の先生はいつも若々しい。お話からすると母より年上でいらっしゃるかもしれないのにとびっくりさせられるが、いつだったか、「自分で自分の身の処し方、暮らし方を決めることが出来る人は前を向くことが出来て、若いのよ」と話されたことがある。なるほどと思わされたが、これまでの暮らしのリセットとも言える今回のリフォームを機に新たな歩みをはじめたい。
(明石O)