「新社会兵庫」 9月15日号
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- 「風」によってイメージされる季節は秋だろう。春一番、木枯しなどの代表的季語があるように、風は秋以外にもあるのに、秋がことさらに連想されるのはなぜだろうか。「秋来ぬと目にはさやかに見えねども、風の音にぞおどろかれぬる」(藤原敏行)などの歌のせいであろうか▼「おどろかれぬる」には、かすかに秋を確認した喜びがこめられている。風はしばしば季節回しの演出者となる。野分などの言葉があるように、秋風の演出はとりわけ爽やかである。蝉の声と虫の音を比べるまでもなく、夏と秋の対比は「暑い、強い、勇みたつ」ものと「涼しい、やさしい、穏やか」の対比である。すべて風のいざないである▼一方、いま話題の政治の風はどうだろうか。風にはもちろん、苦しみ、不安、怒りなど、正当な根拠があり、正当に評価しなければならない。しかし、その吹き様には、過度の煽りや人工的風洞による加速などマスコミの働きがあったことは見落とせない。選挙結果を見て街頭にとび出す大衆は見受けられなかったし、スローガンの連呼もなかった。大衆はわがこととして喜びを表せなかった。まさに風であった▼風がつくり出したものを活用するには、風によらない力を養わねばならない。
- 原和美選挙から小選挙区・二大政党政治を考える
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今回の総選挙結果をどう見るのか、さまざまな視点から総括が必要であろう。ここでは「原和美選挙と小選挙区・二大政党」に絞って提起したい。
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09年衆院選の結果の最大の特徴は、自民大敗(「自壊」)、戦後続いてきた自民党による政治支配が「終焉」したということである。それがマスコミの誘導もあって、小選挙区・比例代表並立制のもとで二大政党の一方である民主党の一人勝ちの結果を生み出した。残念ながら、兵庫1区で護憲の共同候補として闘った原和美さんも厳しい結果に終わった。一言でいえば「民主への風」に負けたのである。
03年衆院選に挑戦して以来、原和美さんは5度目の国政への挑戦で、今回の選挙はどうしても「勝ちたい」し、「勝たせたい」選挙であった。そのための努力も積み重ねられてきた。07年参院選の敗北を受け、「闘う第三極創りをめざす近畿会議」が新社会、社民、みどり、そして市民運動グループ、労働組合有志などでつくられ、原さんはその「共同候補」となったのである。「近畿第三極」の動きは、社民比例区の服部良一候補との共同闘争など一定の成果を生み出し、社民比例区の議席獲得(服部当選)へと結びついたのだが、その現実は謙虚に検証される必要があろう。
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今回の闘いの特記事項は、候補者・原和美さん自身の頑張りである。労働者・市民の生活擁護、そして平和・人権のためには、自公政権打倒、二大政党とは違う「KOBEからもう一つの選択」をの思いは強く、原さんは、昨年9月以来、連日のような街頭や駅頭行動、ミニ集会、個々面接をやりきったのである。原さんの頑張りは支える仲間に勇気をあたえ、それは近畿だけでなく、全国から多くの支援(カンパや街頭行動支援など)へと広がった。そればかりではない。街頭演説する原さんに労働・生活相談をもちかける人まで現れ、新たな支援者を多く生み出したのである。一途さは共感を呼び、広げる。この事実は重い。
開票結果を受け、原さんは「やれることはすべてやり切り、訴えきった。悔いはない」、そして「期待にこたえられず申し訳ない」と語ったが、私たちこそが「原さん、ありがとう、支えきれなくてすみません」と言わねばなるまい。支える側の周りに呼びかける闘争実態はどうであったのか、それが問われているのである。
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私は新社会党の書記長として痛烈な反省がある。第1は、総選挙を全国闘争として構えられなかったことである。厳しい中で、「存在感」を示すには、一つの選挙区だけでは難しいと言わざるをえない。第2に、だったらその弱さの上に立って、「原和美勝利をつかみとる」全国的な支えを本当に発揮することができたのかということである。原選対の呼びかけに自発的に応えてくれた近畿ブロックをはじめ全国の同志には頭が下がるのだが、本部として小選挙区・二大政党の壁を破る指導力が問われているのである。
「今回の大きな争点はいうまでもなく、政権存続か政権交代か。せっかく初めて投票に行くのでしたら、死に票にするのは避けてください。政権を形作る政党やその候補者に入れてみて、1票が持つパワーを味わうのをおススメします」(『アエラ』8/24)。私は、この姜尚中氏の提起を読んでがく然とした。「死に票」という言葉が「常識」となっているのである。もともと、小選挙区制は二大政党を予定し、はやりのマニフェストも「中位投票者原理」(多数票を獲得するために、政策が似通う)が働き、少数意見は排除されるのである。小選挙区制度が悪法たる所以だ。兵庫県で「死に票」(議席に反映されなかった票)は136万票、全体の46%を占めている(『神戸新聞』9/1)。このような選挙制度は抜本的に見直さなければならない。しかし、現実にはこれを突破する力が必要なのであり、まだ私たちにその力が備わっていない。
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「私たち」は多数派である。ワーキングプアが問題になっているが、それはわが息子、娘、孫であり、わが兄弟姉妹なのである。自分自身でさえある。搾取、収奪に苦しむ労働者はこの資本主義社会では多数派である。結束すれば勝てる。だが、率直に言って、活動家も「あきらめ」が先行している。「私自身は付き合うが、負ける選挙に仲間を巻き込めない」では大衆闘争にはならない。ここを突破するには「これなら勝てる見込みがある」「みんなで闘おう」という体制作りが必要である。それは何か。労働運動再生と自治体議員を先頭にした地域闘争を柱とした保守二大政党に対抗する「第三極」である。これは指導部の責任でもある。
二大政党、民主と自民は比例区定数削減を公約として掲げる。なぜか。ドイツのように「左派」党の出現に恐れをなしているのである。資本主義の矛盾はますます深まる。労働者の反撃は必然なのである。新社会党を大きく強くしていくため、力を貸してください。
松枝佳宏(新社会党中央本部書記長)
- 原和美さんありがとう
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衆議院選挙が終わった。1年に及ぶ運動期間を立候補予定者、候補者として活動し続けてくださった原和美さんに心から感謝とねぎらいの言葉をおくりたいと思う。いや、この1年だけではない。国政選挙挑戦5度目という6年にわたる候補者生活ってどんなに大変だろうか。多くの人から原さんの健康を心配する声が出されていたが、ほんとうに言葉にし尽くせない苦労を背負っていただいたと思う。
立候補表明をしたとき、「負ける選挙になぜ出るんですか?」とぶしつけに新聞記者に聞かれたそうだが、その答は私たち一人一人が用意するべきものだと思う。「やせても枯れても政党だから」「護憲の主張を降ろすわけにはいかないから」と「公式的」な答が浮かんでくるけれど、わたしにとってそれは「あきらめないためだ」と思っている。いろいろな世の中の動き、眉をひそめたくなるような事件、ネット上やマスコミに登場する超反動的な主張、じわじわと忍び寄る個人攻撃の流れ……。このいやが上にも覆い被さってくる閉塞感のなかにあって、あきらめないということは心の中で願ったり祈ったりしていることではなく、希望を持ち続けてその実現のために努力を続けるということだろう。目に見える行動なくしてあきらめないとは言えない。選挙は行動だ。
遊説期間中、原さんに対して「反日左翼!」と罵声を浴びせた輩がいるそうだ。やしきたかじんの番組に2回も出演した効果からか、護憲と言えば原和美という公式が定着していることを表していると思う。あのとき番組収録後、ディレクターがしみじみ「原さんたちが本当の社会党だったんですね」と語ったという。「護憲」のために闘う勢力があることを示す、このこと一つをとっても選挙にエントリーした価値があるではないか。孫や子に残す日本をどんな国にしたいか、そのことが問われ、そのために行動することが求められた選挙だったのだと思う。
選挙期間中に作られた自民党のパンフレットを読んだが、(民主党政権になれば)日本を(戦争中)残酷なことをしたと教える日教組の言いなりになって国を愛せない子どもを育てますとか、過激な性教育で国が乱れますとか書いてあった。事実に反するだけでなく、そこに流れる「愛国心」のお粗末さに驚いた。これを読んで「やっぱり投票先は自民党や」と思う人もいるのだろうか。いるんだろうなあ。あれほど今回の選挙は「小泉改革」「郵政選挙」の総決算だと言われながら、なおも小泉ジュニアを当選させた横須賀市民や、多数におごって憲法改悪や教育基本法改悪にみちすじをつけた安倍晋三に投票した人がわんさといるのだもの。自民党「大物」がほとんど選挙区で落選しながら比例区で復活するこの選挙制度はいったい何なんだとも思う。
それにしてもわたしは「開票日」の夜は嫌いだ。わたしの夫も2回落選した。いやがうえにも「あの夜」を思い出す。涙ひとすじ流れなかった。選挙期間中の行動や苦労ばかり走馬燈のように頭の中を駆けめぐって、ただ放心した。あのつらさは忘れない。
原和美さん、本当にお疲れさまでした。本当にありがとう。
(M)
- 姫路ユニオン初の裁判闘争へ
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昨年末から今年4月までの労働相談、争議の件数は凄まじいものがあった。労働相談の件数だけでも1月から4月までで昨年1年間の件数を突破し、ほとんど毎日、労働相談や団体交渉に明け暮れた。これは何も姫路だけではない。県内の他のユニオンも同様だったというから、全国では、どれほどの労働者がもがき苦しんだことであろう。
これに対する政府の対応は全くの無為無策で、「百年に一度」という言葉を枕詞に責任を回避さえしようとした。とくに、「派遣」という人身売買制度が労働者の悲惨な状況をさらに拡大させたことは間違いない。
過日の総選挙では自民党が大敗し、政権が民主党に移ったが、労働者の窮状を放置した当然の結果とも言える。しかし、民主党も自民党と同じく改憲を標榜する保守党であり、山積する今日の労働問題を労働者の立場で真剣に取り組むことは、おそらく期待できないであろうと思われる。
4月まであれほど多かった労働相談も、6月ぐらいからはやや落ち着いてきた。この間、駆けずり回った成果としては、組合員数が3倍に増えたことだ。団体交渉やその下調べ、連絡等に多くの能力が結集し、運営委員会は活気づいている。その中で、新たな労働相談も尽きない。
姫路市内の誠和学院では、4月に校長が替わったとたん、先生全員にネクタイ着用を義務づけてきた。あまりにも突然だったので、Iさんが「皆がどう思っているか、意見を聞く場を作って欲しい」と要求すると、学校側は、なんと業務命令違反という理由で解雇を言い渡してきたのだ。団体交渉を重ね、「民主的であるべきはずの学校としてあるまじき行為だ」と追及してきたが、学校側の態度は変わらず、ついに裁判闘争に突入することとなった。
姫路ユニオンとして、裁判闘争ははじめての取り組みとなる。9月7日に神戸地方裁判所姫路支部で第1回期日が行われた。この闘いへの皆様のご支援をよろしくお願いしたい。
森山容光(姫路ユニオン委員長)
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