最終更新日3月24日
竜騎奮迅
第二話
(3)
リフィベル島は、中央部に密林に覆われた険しい山々が連なって広がり、人が住むのに適した平野部は島の全周に渡って、海岸線沿いのわずかな部分しかない。
リムギア大陸が戦雲に覆われたのと時を同じくして起こった、島の覇権を巡って繰り広げられた戦乱の時代は、長く続いた。
細長い平野部にへばりつくようにして興ったいくつもの勢力は、海岸部を巡る一本の街道に沿ってしか進撃することが出来ず、互いを攻めあぐんだからだ。いくら大軍を揃えても、街道の真ん中に築かれた砦一つを前に立ち往生することも少なくなかった。
エストニカ王国がこの厄介な島の統一を果たせたのは、他の勢力に先駆けて、大陸から竜の使役法を導入し、竜士隊を揃えることが出来たからだと言われている。
自領の防衛を前線の砦に頼っていた国々は、いきなり王城に襲いかかり、また行軍中の軍列の背後から炎を吐きかけてくる竜士隊によって恐慌を来たし、本隊の侵攻を防ぎきれずに滅ぼされていった。
そういう武威を誇る国だったからこそ、フェテリア王国滅亡に際して浪人したライアットは、故国再興の夢を託して仕官したのだった。
が、戦乱の時代は既に去りつつあった。
彼は准竜士として国王直率部隊に配属され、戦乱の末期に数度の合戦には参加したが、リムギア大陸の戦さがおおむね終息すると、エストニカ王国も矛を収めざるを得なかった。リフィベル島を統一した以上の成果をのぞめば、リムギア大陸全土を敵に回しかねない情勢となっていたのだ。
戦乱の絶えたエストニカ王国にあってライアットに残されたのは、せいぜいが竜騎槍試合で己の実力を誇示し、日々の糧を得ることだけだった。
夕闇の迫る空を、数頭の竜が舞っている。
いずれも鞍に竜士を乗せ、轡をかまされた調教済みの竜だ。
動きは若々しく、また同時に旋回時の翼の扱いなどにいささか無駄な挙動が見受けられる。ぶれる胴にまたがっている竜士は短時間で疲労してしまう。
「若いな。まだ十歳ほどか」
「さすがに、よくお判りで」
竜の動きを目で追っていたライアットの呟きに、竜匠はすかさず追従して営業用の笑みを浮かべる。
ウラドの街から近いケブナグ村に隣接する竜場に、ライアットが訪れたのは夕刻近くになってからだった。
一刻も早く竜を手に入れたいライアットは、本来なら近くの村で一晩を明かしてからにするところを、非礼を承知でやって来ていたのだ。
もとより、懐には金がない。この竜匠が経営する竜場で育成されている二十騎ばかりの竜のうち、最も安値の一騎すらも全く手もでないほどの額しか持ち合わせていない。
剛直なライアットは、愛想良く応対に出てきた竜匠に、真っ先にそのことを告げていた。だから竜匠もことさらに商売熱心である必要はなかったのだろうが、商売柄、掌を返したような態度を取るわけにもいかないのか、笑みを崩さなかった。
「重ねて聞くが、やはり野生化した竜についての噂はなにも聞いていないのだな? なにも、伝説の英雄竜・グレーバウルを探している訳ではないのだ。乗れそうな竜の噂の一つぐらい、あっても良さそうなものだが」
「残念ながら、この島で竜場を経営している竜匠は五名ほどおりますが、私を含め、皆がその手の情報には耳をとぎすまし、目を光らせております。ご存じの通り、使い物になる竜は、やはりそれなりの年齢を重ねているものです。今、飛んでいるあれらは、ただ飛べるようになったというだけですから」
「では、他の竜匠にあたっても無駄ということか? そのような話を仕入れたところで、自分達の商売の為である以上、聞いたところで答えられない、と」
「申し訳ないですな。ただ、私は情報と呼べるものを、本当になにも持っていません。それだけは、どうかご容赦を」
ライアットの口調は静かではあったが、竜匠は怯えたように言い訳した。
「……判った。仕方がないな」
「申し訳ありません」
おとなしく引き下がったので、竜匠は安堵した様子だった。
「ところで、この近くに宿はあるかな? 途中、ケブナグ村を抜けてきたのだが、あの村には宿らしきところがなかったようだが」
「出来れば、なるべく安くあがるところがあれば教えていただきたいんですが」
ライアットの後ろに隠れるようにしていたフィレルが、この時だけ顔を出して竜匠に重ねて尋ねる。
「宿ですか。この近くと言われても……。そうだ、宿ではありませんが、村のはずれにアルスの教会がありますな」
草深いところにある小さな教会だが、神官に事情を話せば泊めてくれるだろう、と竜匠は続けた。
「教会か。俺はアルスの門徒ではないが、致し方あるまい。無理を言って済まなかった」
ライアットの礼に、竜匠は卑屈なほどに頭を下げて謙遜した。
(4)
途中、村人に道を聞き、どうにか日暮れ前に探し当てた教会は確かに竜匠の言葉通りに小さく、荒れたものだった。
そしてそこの神官もまた、話に聞いたとおりに寛大で、一晩夜露を凌ぎたいとライアットが言っただけで、子細も聞かずに宿泊を許可してくれた。
ライアットには格別の信仰心はなく、新興の宗教として庶民に広い支持を集めつつあるアルス教にもさほどの知識はない。知識がないということは同時に、抵抗も感じていないことを意味していた。
フィレルもまた、両親の故郷であるジスチャードの土着神を一応奉っているが、それは宗教とよべるほど整理されたものではない。アルス教の教会に泊まることにも、なんの抵抗も抱いていない。
そんな二人を前に、神官は優しく、飽くことなくアルス教のなんたるかを語った。説話である。アルス教は神官がこの説話を貧しい庶民に対して丁寧に繰り返し、多くの信徒を獲得するに至ったのだ。
アルス教では、人は本来、自由であり、平等であると説く。
いかに身分や能力、男女差があろうとも、一個の人間に代わりはなく、平等である、と。
同時に、個々の能力差が厳然として存在する以上、まったくの平等は本来あり得ない。無理に平等でなければならないとするならば、全ての人間を激しく縛らねばならない。それは自由を奪うことに他ならない。
そこまではライアットにもよく判った。
だが、自由であり、なおかつ平等であるためにはどうすれば良いのか。それはなによりもまず、全ての人間がアルス神の子供であることを理解し……、という辺りからライアットには難しい話になっていく。もっとも、一度で核心まで理解できるようになるほど単純な教義ではないのだろう。神官もそう失望した表情は見せなかった。
説話の後、心づくしの夕食をごちそうになった。少ない路銀を寄進すると、神官は一度は受け取ったが、そのうちの一部をライアットへ返した。
「わがアルスの教えは、金儲けのためではありませんからな。教会を保つことさえ出来れば、それで充分なのです。信仰心を寄進の額で計るような事も致しませんよ」
と、神官は静かに笑った。
「なかなかの人物だ」
礼拝堂の裏にある、物置のような小部屋を与えられたライアットは、現状に不満をもらすでもなく、感じ入ったようにそう呟いた。
フィレルも頷く。
「こんな小さな教会にいるような方とも思えませんでしたね」
「ああいう人物が揃っているのだとすれば、アルス教あなどりがたし、だ」
そんな思いを抱きながら、夜を迎えた。二人は床に身体を横たえて寝ることになる。エストニカ王国に仕官するまでの浪人時代にも、野宿したり間借りした物置で眠った経験があり、今更その事に不満は抱かない。
「わたしには難しいことは判りませんでしたが、ジスチャードの人間にも広まるかもしれません。いや、もう既に宣教師が入っているのかも」
フィレルが、部屋の壁に身体を預けながら言った。
「そういえば、ザエリラムがジスチャードに侵攻するという噂があったな」
竜騎槍試合には、リフィベル島だけでなく、リムギア大陸全土から竜士が集まって参加している。竜士同士での情報交換は活発に行われている。
誰もが、本音では槍試合よりも実戦に参加して勲功をあげたいと思っているから、どこそこで戦さが近い、という噂話はなによりも早く広まることになる。
「はい。もはやリムギア大陸の中に新たな領地を得ることは難しいのでしょうね」
「ジスチャードの神々の加護があれば良いのだがな。ジスチャードの人々には会ったこともないが、フェテリアと同じ目に遭わされるようではあまりに哀れだ」
「そうですね。強い戦士を多数擁していると、父母からは聞いているのですが」
まだ見ぬ故郷に思いを馳せるように、フィレルは短く答えた。
それきり会話は途絶えた。
ライアットのほうはすぐに眠ってしまったようだが、あまりに静かすぎて、却って耳が痛いような感覚になり、フィレルは寝付くことができなかった。
どれぐらいそうしていたのか。
しばらく寝返りなどしていると、物音が聞こえた。顔を起こし、音の正体を確かめようと、ただでさえ冴えてしまっている耳を澄ます。
足音。
それも複数。
「御大将……」
誰のものともしれぬ相手に聞かれないように、フィレルは、小さくささやくような声を出す。
「気づいたか」
低く、それでいて張りのあるライアットの声が戻って来た。寝鼻を起こされた声ではない。とっくの昔に気づいて目を覚ましていたのだろう。
「誰なんでしょうか?」
ライアットが気づいている、ただそれだけで安堵しきった柔らかな声音になってフィレルが問う。
「わからんが、狙われているのは俺のほうだろうな。あの神官が恨みを買うとも思えん」
「どうしてなのでしょう。まさか、神官殿が……」
「詮索は後回しだ。フィレルはここに残っていろ。乱戦になったら、守りきれるかわからん」
「……承知しました」
(5)
「おかしら。教会の包囲は完了しやした」
「おう」
押し殺した不機嫌そうな声で、ドゥエト=アーラルグレスは、手下の報告に応じた。
「なにか、問題がありやすか?」
「うん? まあ、気にするな」
見るからに山賊然とした男達の懸念を、ドゥエトは手を振って払った。
「こういう仕事を請け負わねばならんことが、いい加減いやになっただけだ」
二十人からなる部下の誰にも聞こえないよう、そう小さなつぶやきをもらす。
筋肉質の体躯で広い肩幅といい、頬から顎にかけてびっしりと生える黒々とした髭面といい、荒くれ男どもを率いるに相応しい雰囲気をドゥエトは全身から発散している。
それも当然といえば当然の話だった。
今でこそ傭兵と山賊・野盗を兼業しているような境遇ではあるが、かつてはリフィベル島の北西部にあったラベルグ王国で、リフィベルとリムギア大陸の間に点在するウォレデリス群島を拠点とする水軍を率いていた船手大将だった。
ザエリラム連邦とエストニカ王国の両方から攻めたてられ、ラベルグ王国が滅ぼされてしまってから早十年。
ウォレデリス群島にあった、水軍の拠点となる島々もまたザエリラム連邦によって制圧され、ドゥエトはリフィベルで浪人することとなったのだ。ドゥエトに付き従う部下達もまた、当時の水軍の生き残りばかりである。
ラベルグが滅んだのはフェテリアよりも前であるから、浪人としてはライアットの先輩ということになる。境遇は似たようなものだった。
実際、一介の准竜士とはいえ、ライアットのように仕官がかなった例は少なく、野盗の類に身を落とす話は決して少なくない。
それだけに、ドゥエトはこの仕事は気乗りがしないものがあった。だが、部下達を養っていく為には、仕事を選り好みしてはいられなかった。
感慨にふけりそうになるドゥエトの意識を現実に引き戻したのは、唐突に教会の周囲に灯った光だった。一つ一つの光球は小さいが、それがいくつも浮かんで闇を払っている。
「こいつは、魔法の光か……。浪人しても魔法士を手放しはしなかったということか」
闇に目が慣れ、この暗がりに身を隠して襲撃する手はずだったけに、この光の出現に部下達は浮き足立っているようだった。
相手がこちらの存在に気づいているという意志表示であると判るだけに、挑発の意味も込められている、とドゥエトは判断した。
「ひるむなっ。こうなったら正面からつっこめ!」
ドゥエトの一喝を受け、礼拝堂の入り口から部下の一人が中に踏み込もうと扉を開けた。
そして彼が礼拝堂の中に首を突っ込んだのと、中で足を前後に踏ん張って竜騎槍を構えていたライアットの突きが繰り出され、ドゥエトの部下の胸に衝撃が炸裂したのが同時だった。
不用意に礼拝堂を覗き込んだ部下が、優に身長の三倍の距離ほど後方にぶっ飛ばされるのを、ドゥエトは唖然と見ていることしか出来なかった。ライアットの竜騎槍には試合用の覆いがかぶせられているが、その突きをまともに胸にもらったのだ。肋骨が二、三本折れていてもおかしくはない。
ざわり、と外の空気が動いた。
ライアットは悠然と礼拝堂の外に出た。彼を遠巻きに取り囲んだ男達の目が、自分の手に持つ竜騎槍に向けられているのを意識し、重い風切り音と共に軽々と一閃させた。
今、彼が持っているのは、斜めに背負っていても切っ先を地面に引きずるような竜騎槍である。これでも実戦で使う槍に比べると半分ほどの長さでしかない。加えて言うなら、先端に重りを仕込んだ鍛錬用のものだ。ライアットはそれを片手で剣のように自在に振り回してみせた。
それだけで、武装している男達が怖じ気づいて及び腰になるのがみてとれた。
「他愛もない」
殊更に不敵に言い放ち、正面で剣を構える男に対し、再び足を前後に大きく開くと右半身を引いた。重心を後ろに落としながら、右腕一本で切っ先を正面に向けて構える。
固めた左拳も前に突きだし、手の甲を槍の下腹に軽く添えて支えている。
ライアットに殺意すらこもった槍の先端を向けられながらも、その男は、
「俺達はまっすぐ突っ込むしか能のない竜士とは違うぜ」
と強がった。
「ほう、どう違うのかな」
言い終わらないうちにライアットが地面を蹴り、大きく前方に飛んだ。
相手の両足の間に左足を踏む込むほどに間合いを詰めると、同時にひねりを加えていた腰を左旋回させながら右手にもった槍を力一杯突き立てる。
相手には防御を取る暇も与えなかった。槍が胸に深々と突き刺さった――かにみえたが、鍛錬用の槍には分厚い覆いがかぶせられたままだ。
が、たとえ覆い付きの槍であっても、竜士の突きを喰らって平気ではいられない。彼もまた後方にまともにぶっ飛び、後頭部を地面にうってそのまま昏倒する。
「さあ、ぶっ倒れたいヤツからかかってこい」
ライアットは敵の身のこなしから、襲ってきた相手の力量を冷静に見抜いていた。
数は二十名ほどと見て取る。皆、剣やその他の武器を持ち、素人の動きではないが、ライアットの槍より間合いが長い得物を持っているのは皆無。この程度の相手であれば、いくらいようと関係ない。
全員のしてやるつもりでいたが、竜騎槍を旋回させて間合いに入っていた三名を横薙ぎに吹き飛ばし、二人を手練の早業で突き倒すと、それだけでもう彼等は戦意を失ったようだった。
「ま、待ってくれ」
ライアットが倒した男の一人が、どうにか身体を起こし、せき込むような声をあげた。ドゥエトもまた、まったくライアットの槍に歯が立たずに地面にたたきつけられていたのだ。
おかしら、という情けない声が周囲からあがる。
「アンタが頭目か。どうする?」
ライアットは右手一本で構えた槍の先端を、ドゥエトの鼻先でぴたりと静止させた。
「誰に頼まれたか話せば、命を助けていただけるか?」
「考えないこともない。誰だというんだ」
ドゥエトが口にしたのは、夕刻にライアットが訪れた竜匠の名だった。
「そのような話、信じられるか」
ライアットの肩が怒気で盛り上がった。ドゥエトは槍の先端を見つめたまま、動くに動けずにいる。
「あ、あの竜匠のみならず、エストニカ全土の竜匠に、ライアット殿に竜を渡さぬよう、布告が出ておるのです」
「むっ」
アグレスの差し金か、とライアットは唇を噛む。
どのぐらい互いににらみ合っていたのか。先に動いたのはライアットだった。
突きつけていた槍を引き、腹立ち紛れに固い地面に覆いごと深々と突き刺した。腹に響く鈍い音がして、ドゥエトがびくりと首を竦める。
ライアットは自分を見つめるドゥエトの前に、どっかとあぐらをかいて正対した。
「だからといって、夜討ちとはどういう了見だ? 俺の首に賞金でもかかっているのか」
そう問いかけてから、そんな罪を犯した覚えはないぞ、とライアットは小さく呟いた。
同時に、自分の命を狙ったドゥエトに対し、憎しみの気持ちが沸いてこないことにも気づいている。
悪い癖だ、と思う。
ひとたび戦場に赴けば数百名の敵兵を一蹴する破壊力を持つ竜を操って戦ってきた。戦場に出てくる以上は誰もが死を覚悟しているとの思いがあればこそ、縦横無尽に暴れることができた。
良くも悪くも自分の力量を信じているだけに、戦場以外の場所でその力をふるいたくはなかった。
「竜匠は、ライアット殿と竜の売買について言葉をかわしたことで、アグレス殿に嫌疑をかけられることをおそれておるようでした」
身体を小さくしながら、ドゥエトは消え入りそうな声で応じた。自分一人の命を惜しんでいるつもりはなかったのだが、ライアットの気迫に圧倒されていた。
「馬鹿な。アグレスは、バグナドの領主に任じられたばかりの准竜士あがりに過ぎないではないか。それが、これほどまでに影響力を持っているとはな……」
全国大会で優勝したアグレスに、それだけの発言力がある事に、ライアットは打ちのめされたような思いがした。翻って今の自分はどうだ。あの一戦での勝敗が、これほどまでに境遇を変えるのか……。
「アグレス殿はメシュリーナ姫を得て日の出の勢いのお方。その方がもっともおそれているのがライアット殿とのもっぱらのうわさで。ライアット殿がいずれアグレス殿に反旗を翻すおつもりとの噂さえありますぞ」
「そういう貴様らは何者だ? 多少は世情にも通じておるようだが……」
「拙者、元はラベルグ王国に仕えたウォレデリス水軍の船手大将を務めた、ドゥエト=アーラルグラスと申す。竜士ならば貴公のように浪人も叶おうが、根拠地なくしては海賊なども成り立ちがたく、部下も養わねばならず、かような仕事も請け負うておる次第」
と、ドゥエトが名乗り、平伏した。名乗りを上げたことでかえって肝が据わったらしく、顔を上げたときには目に落ち着きが戻っていた。
「海賊が山にあがれば本領も発揮できないか」
「左様。しかしながら我等、場数も踏み、荒事には慣れているつもりであった。これほどの目に遭わされたことはない。貴殿がなにか事を起こされるとなれば、我等一同こぞってはせ参じ、微力なりとも手伝わせていただきたい」
そう言ってドゥエトが再び頭を地面にこすりつけると、その手下どももこぞって地面に這い蹲った。本心ではあろうが、ライアットは付き合う気になれなかった。
「俺はしがない浪人に過ぎん。貴様等に手伝いを頼むほどのことをするつもりもない。どこへなりと失せろ。俺の気が変わらないうちにな」
ライアットが一喝する。ドゥエトは顔を伏せたままびくりと肩を震わせたが、そのままの姿勢で、
「命を助けていただき、ありがたき幸せ。その御礼という訳ではございませぬが、一つ、ライアット殿にお教えしておきたいことがございます」
と言った。
「ん?」
「野盗仲間より聞いた話ですが、ここから北へ三日ほど山に分け入ると、岩山が連なる一帯があります。周囲の山々はどれも深い密林に覆われているにもかかわらず、そこだけがなぜか白い岩肌がむき出しになっているそうで。そこには竜の巣がいくつもあるとの話です。ただ、原住民がおります」
エストニカは表向きリフィベル島全域を統一したという事になっているが、厳密に言えばエストニカの支配が明確に及んでいるのは海岸線沿いの平野部に過ぎない。
島の中央部に広がる山岳密林地帯にひっそりと隠れ住む部族の存在はいくつか確認されているが、特に反乱などを起こさぬ限り、放置されている。国の政策上においては、山猿の群れを見るような扱いであり、まっとうな人間として捉えていないのだ。
「お気をつけ下され。乗竜を得ようと近づいた竜士は、誰一人帰らなかったと言われております。ライアット殿ほどの武勇の持ち主であれば大丈夫だとは思いますが」
「挑発しているのか」
「いえ、そんなつもりは」
「かまわん。その挑発、乗ってやろうじゃないか。貴様等は、迂闊にも俺が北に向かったと、あの小憎らしい竜匠に伝えればいい。そうすれば面目が立つはずだ」
「なんと。命を奪わぬばかりか、我等の面目まで考えていただけるとは」
「ここは教会だぞ。俺はアルスの信徒ではないが、ここで人殺しを犯せば神官や村人にいらぬ迷惑をかけるだけだ。それに、貴様等と俺とは境遇が似ておる。ひとつ間違えば立場は逆になっていたと思えば、無益な殺生はしたくない」
「ありがたきことにございます」
重ねて礼を述べ、今度こそドゥエトは顔を上げ、手下どもをうながして夜の闇へと消えていった。
「御大将、あの者の言葉、信じるのでございますか?」
礼拝堂の奥に隠れていたフィレルが、恐る恐る顔を出した。魔法の力で灯していた光を全て消す。
わずかに東の空が白み始めていた。魔法の光がなくても互いの顔色を確認することは出来た。
「他の竜匠に当たっても埒があかぬと判った以上、それより道はなさそうだからな。ドゥエトとかの言う竜の巣がなくとも、このリフィベルの山塊のどこかには、戦場で主を失った竜の一騎や二騎、迷い込んでおろう」
あぐらをかいたまま決然と言い切ったライアットだが、深いため息をついてうなだれる。悔しげに、右手でぴしゃりと膝を叩いた。
「いかがなされました?」
「いや。奴等を生かしておいて良かったのか、正直なところ判らんと思ってな」
「ご心配ありますまい。御大将のお力を目の当たりにしては、二度と闇討ちなどかけようと思わないでしょう」
「そういうことではないのだ。もし、ここにいたのが俺でなくアグレスだとしたら、奴はどうしただろうか、そう考えたのだ。俺はどうも情に流される。いつそれで墓穴を掘るか知れたものではないぞ」
「ですが、それでこそ御大将なのです。誰に対しても正直で、何もお隠しにならない。そんな御大将だからこそ、私はいつまでもお側にお仕えしたく思っております」
「そういうものか」
面映ゆいフィレルの物言いもライアットには慣れたものだった。苦笑しながら腰を上げた。深々と地面に突き立った槍を、腕の力だけで引き抜く。
「はい」
フィレルがなんの迷いもない瞳を輝かせて頷いた。
第三話に続く
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作者メモ(その2)
世界観の説明の続きの回。
もう少しイメージを喚起する手法はないものか。
台詞まわしが必要以上に時代劇じみているのは何故なんだろう。
会話時の地の文が単調にならないように注意しないと……。
分量的にはほぼ想定通り。この調子で配分が出来ていればいいんだけど、想定と現実は得てしてことなるもの。少な目に書いて、あとから肉付けという方向で押し進めたい。