最終更新日3月9日

 竜騎奮迅


 第五話





(11)


 エストニカ王国の竜騎槍試合全国大会は、リフィベル島の周囲に点在する六つの街に設置された闘技場で開催される。
 リフィベル島統一後、エストニカ王国が国策として建設した闘技場の多くは町外れに設置されており、第一戦の開催地である島の南東の街・メルルドにおいても例外ではなかった。
 グレーバウルに騎乗したライアットは、下界の様子をざっと眺めて着陸地点を確かめた。ノード族の村を出てから二度、山中で休憩を取りながらの飛行だったが、どうやら針路を誤ることなく目的地にたどり着けたようだった。
 一度、闘技場の上空を航過してから、高度を下げ始める。
 大抵の闘技場には、隣接する形で発着場がある。ライアットはそこへグレーバウルを降ろした。グレーバウルの羽ばたきは見事なもので、着地の瞬間にもほとんど乗り手に衝撃を伝えない。
 乗っているのがライアットだけでなく、フィレルとトレアという女性二人も加わっている事もあり、ひときわ慎重に足を降ろしたものらしい。
 大粒の砂利を敷きつめて埃が立たないように作られた発着場の横には、巨大な三角屋根をした厩舎も設置されており、竜騎槍試合に参加する竜をそこで預けることができる。
 それぞれの闘技場は、予選大会以外にも定期的に竜騎槍試合を開催している為、この巨大施設が年一度しか稼働しない訳ではない。竜士達にとっては予選大会に向けての調整場所であり、街の住人には娯楽として受け入れられている。
 そもそも竜騎槍試合の起源は、戦さが無くなったことで暇を持て余した竜士同士が訓練を兼ねて槍を交え合っていた事に発している。それがやがて数名の竜士が互いの腕を競い合う場となり、その迫力に引かれて民衆がその様を見学するようになるのに、時間はかからなかった。
 当然、人々はただ竜士達の戦いを眺めているだけでは収まらない。当たり前のように賭けが行われるようになっていく。
 当初、エストニカ王国の文官達は、竜士にとって危険であり、民衆を惑わす行為であるとして、しばらくの間は取り締まろうと躍起になっていた。が、竜騎槍試合の大会が開かれるたびに動く掛け金の額が馬鹿にならないと知るや、態度を一変させた。
 国営の競技として、国が全ての試合を管轄し、いわゆる草試合の開催を厳しく禁じたのである。そしてもちろん、倍率や配当金などの管理も国営の機関が一手に握ることとなった。
 そして今では竜騎槍試合の収益金は、なくてはならない国家の財源となっている。メルルドの闘技場もまた、エストニカの財政の一端をささえる国家の施設である。

「うー、寒かったぁ」
 真っ先にグレーバウルの背から飛び降りたトレアが、自分の肩を抱くようにして、ぶるぶると震えている。
「御大将はきちんと警告されましたよ。その恰好では寒すぎる、と」
 続いて降りたフィレルが言わんこっちゃない、という口調で鼻をぐずぐずと鳴らすトレアに一言。こちらは慣れた調子ですばやくライアットから手綱を預かって、グレーバウルの轡をとる。
「次からはきちんと飛行装束を用意しておくんだな」
 跨上したままのライアットも、トレアの様子に苦笑を浮かべて声をかける。
「用意って言ったって、アタシは街で服を手に入れるなんてことできないんだからね」
「どうしてだ」
「アタシ、お金ってのを持ってないから。だからさ、ライアットが優勝したら、賞金がもらえるんでしょ? それでアタシの飛行服を買ってよ」
「まぁ、なんて厚かましいことを。御大将、このような者の言うことをいちいち聞く必要はありませんよ」
 轡を取ったまま、フィレルが目を丸くしていた。
「なんかいちいち突っかかるやつだね。アタシはライアットに頼んでるんだからさ」
 フィレルとトレアが言い合っているところに、メルルド闘技場の係員達が数名、駆けつけてきた。ライアットは文字通りの飛び入り参加となるが、竜騎槍試合ではそう珍しいことでもないため、血相変えて向かってくる、という訳でもない。
「予選大会への参加を希望される方ですかな」
 係員の長らしき男が訊ねた。
 闘技場は国営の機関であり、そこで働く者もまた、かつては兵卒であった場合が多い。もめ事の火種のような場所だけに、事務仕事以外に能のない者では勤まらないからだ。一介の係員であっても皆、その眼光は鋭く、所作には落ち着きが感じられる。
「左様。ライアット=ベラルハールと申します。急な来訪ではありますが、どうかお願いいたします」
 ライアットもまた、語調を改めて係員達に頭を下げた。
 ライアットの名を聞いた係員達の表情に驚きの色が走った。顔を見合わせた係員達が改めてまじまじとライアットの顔を眺め、納得したようにうなずきあう。
「なるほど。確かにライアット殿とお見受けした。是非にもご参加下され。客も喜びましょう。もっとも、他の竜士にとっては寝耳に水でしょうがな」
 そう応じた係員の長が丁寧な物腰で、グレーバウルに空いている厩舎の場所を指し示す。さらには近くにある宿の情報なども教えてくれる。
「へえ。ライアットの名前を聞いた途端にぺこぺこしだしたな」
 トレアがしきりに感心する。
「当然です。闘技場の係員で、御大将の名を知らぬ者は、このリフィベルに一人とておりません」
 フィレルが、我が事のように胸を張る。いや、ライアットに仕えることだけが生き甲斐の彼女にとっては、まさしく我が事も同然だろう。

 翌日。
 竜騎槍試合では一日で決勝戦までの試合を全て行うのが通例だった。そのため、宿屋で一泊したライアット達は早朝から起き出して闘技場に入っていた。
 一回戦の第三試合に、ライアットの出番が組まれていた。
 参加者の名簿を渡されたが、そこに知った名前は見あたらなかった。いやもちろん、ここにいる竜士達が新人ばかりという訳ではない。ライアットの記憶にとどまるほどの勇名を馳せている者がいないというだけのことだ。
 過去の大会においては、名のある竜士達が顔を揃えていた第一戦の筈なのに、と拍子抜けする思いだったが、油断は出来ない。
 控え室で、出番を待つ。竜士の中には他の試合を見学して参考にしようとする者も多いが、ライアットはいつも静かに控え室で時を過ごすことが多かった。
 それは、戦場での経験が長い為に、敵の手筋をあらかじめ研究することが邪道に思われるからだった。戦場にあっては、どんな敵と対戦するかなど判るはずもない。彼にとって、いまだに竜騎槍試合とは実戦の前段階である訓練という位置づけなのだった。
 長椅子に腰掛け、腕を組んで目を閉じ、瞑想するようにして待っていると、やがて、係員がライアットと対戦相手の名を呼んだ。

 通路を通って姿を現した古竜の姿に、闘技場がどよめいた。
「エストニカを逐われたライアットの復活戦か。それにしても乗っているのは、えらく強そうな竜じゃないか。ありゃ、野生の竜じゃないのか?」
「だが、あの鱗の荒れ具合を見てみろよ。色もかなり褪せているし、相当の爺さん竜だな。まともに飛ぶのか怪しいもんだ」
「それに、あの右目は完全に潰されているみたいだぞ」
「飛ぶときに傾いていたりしてな」
 リフィベル島の住人は、ライアットの名は竜騎槍試合を通じて知っていても、かつて英雄竜と呼ばれたグレーバウルの名を知らぬ者がほとんどであった。無責任な講評が、聞きたくなくとも、その轡をとるフィレルの耳に飛び込んでくる。
「気にするな」
 怒りと戸惑いのどちらを表情に出して良いか判らずに戸惑っているフィレルに、グレーバウルはやさしく声を掛けた。
 その足音は重たげに響いているが、その挙動は巨体には見合わぬほどに軽い。ある意味では当然だ。図体相応の敏捷性しか持たないとすれば、空を飛ぶことなどかなうはずもない。
「英雄竜には物足りない舞台だろうが、しばらく付き合って貰うぞ」
 鞍上のライアットが、厳しい視線を中空に向け、呟くように言った。
「なんの。久々に人間の戦いが見られる。よもやとは思うが、不覚をとるような真似はするまいな?」
「無論だ」
「では、行くか」
 対戦相手が乗る竜の姿を一瞥してから、グレーバウルが翼をゆっくりと上下させはじめた。
 最小限の揚力を得たところでふわりと舞い上がる。対戦相手の竜がことさらに激しく翼をばたつかせた末に、尾を地面で叩きつつ両足で跳躍してようやっと身体を浮かせたのとは対照的な動きだった。
 浮き上がる瞬間、これまでの鍛錬で克服していた筈の恐怖が背筋に走り、ライアットは思わず表情をこわばらせた。
「勝てる」
 つい、思いを言葉にしていた。
 根拠のない思いこみではない筈だ。
 たとえグレーバウルに弾けるような突進力はなくとも、空を行く竜の羽ばたきの滑らかさを確かめ直し、ライアットは勝利を信じた。
 以前の、力任せの戦いしかできない自分ではない。グレーバウルの元で、狙った一点を過たず突き通す技術も身につけて戻ってきたのだ。
 そしてグレーバウルは、自分が望みうる最強の竜だ。若い竜の羽ばたきは得てして力の入れ具合に無駄があり、胴体を上下にぶれさせてしまう。
 その点、グレーバウルの挙動には全く無駄が無く、羽ばたいているときでも滑空しているときと全く変わらず、震動を起こさない。正確な槍捌きが勝敗を分ける事を思えば、その価値は絶大なものがあった。
 二騎の竜が互いを右手に見ながら、螺旋を描くように右旋回を続ける。
 太鼓の音が下界から響く。試合の開始を告げる合図だ。
 ぐいぐいと高度を取ったグレーバウルに対し、対戦相手は懸命に羽ばたき、ようやっとのことでグレーバウルの高度にまで追随している。合図があった時点で、ややグレーバウルのほうが高みを取っていた。
 中腰で騎乗するライアットは膝下に力を込めて身体を右に倒し、旋回の曲率を一気に鋭くして、相手に竜首をむける。
 脳裏で描いている針路と実際のグレーバウルの飛行経路がぴたりと一致する。ライアットが身体を起こすと、真正面からやや向かって右手に正確に敵が突っ込んでくるのが見えた。
 緩やかな降下で間合いを詰める。
 敵の竜士が放つ気合いが耳に届く。負けじとライアットも面覆いと巻布の下で口を開き、咆哮した。
 竜騎槍を繰り出したのはほんの一瞬、敵が先だった。
 だがライアットが放った竜騎槍の突きは、軽く相手の槍を弾きあげただけでなく、グレーバウルの突進力をそのまま槍先に乗せて、相手の胸甲を見事に捉えていた。
 奥歯がうずくような金属質の音が響いた。
 突きを喰らった衝撃で、前傾姿勢で身構えていた敵の竜士は背中が乗竜の背に当たるほどの勢いで後ろに倒されていた。
 鐙から足が離れず、左手に掴んだ手綱を離さなかっただけでも誉められて良い。しかしながら、完全に双方が行き会った後も態勢を立て直して突撃の構えを取ることが出来ず、彼は敗北を宣告されていた。
 ただの一撃で、ライアットは勝利を決めたのだ。

(12)


 メルルドの街は、竜騎槍試合の盛り上がりを引きずったまま、夕刻を迎えていた。たとえ全国大会ではなく、単なる予選大会であっても、竜騎槍試合が開催される際には近隣の町村から人々が集まってくる。
 いかにこの競技がリフィベル島の住人に浸透しているか、街のにぎわいをみれば説明は不要だった。
「良かったなあ。見ていてわくわくした。こういうのも、悪くないな」
 生まれて初めて見る竜騎槍試合に、トレアは朝から興奮しっぱなしだった。
 ライアットは初戦を圧勝で飾ったことで完全に勢いに乗った。元々、参加しているのは格下の竜士ばかりということもあり、気の毒ですらあった。ライアットは全ての試合を四合以内で勝利し、優勝を決めた。
 復活戦としては申し分のない結果といえるだろう。
 ライアット達三人は、昨晩過ごした宿屋の一階にある酒場で円卓を囲み、ささやかな祝宴を行っていた。
 たまたま居合わせた酔客の中にも、ライアットに賭けて懐具合が暖かくなったらしい者がいたらしく、陽気な声をかけてくる。
 ライアットに賭けた者ばかりでもないのだろうが、さすがに無頼の強さを見せつけた彼に、喧嘩を吹っかけてくる輩がいる筈もない。
 酒場全体が明るい賑やかさに包まれていた。なかでもトレアは試合中の興奮が全く醒めていないようで、ここでもしきりに、良かった良かったと繰り返している。
 もっとも、ライアットとグレーバウルの勝利を喜んでいるというよりも、竜騎槍試合を観戦した事のほうが彼女にとっては大きい様子だった。元々血気にはやる性格でもあり、竜士達の真剣勝負を目の当たりにして血がたぎっているようだ。
「私は、御大将の実力が皆様方に認められるのが、なによりもうれしく思います」
 フィレルは、トレアのようにはしゃぎはしない。むしろ、しみじみとした口調である。
 アグレスに受けた謂われ無き屈辱を晴らすまでは本心から喜べない、と言わんばかりだ。とはいえ、乗竜すら失った状況からライアットがここまで盛り返したという事実に、感無量といったところだろう。
 が、いかに予選大会の第一戦に優勝したところで、ライアットが無禄の浪人竜士であることに違いはなく、二人に払う給金も、優勝賞金の一部ぐらいでしかない。
 ライアットがそのことを二人にわびる。
「いいよ、賞金なんて。ライアットが持っていてくれればいい。いままでもグレーバウルと一緒にいたけど、それでお金を貰っていた訳じゃないからね」
 とトレアは笑う。
 フィレルに至っては、「私は、御大将の側に置いてもらえるだけで幸せです」とまで言い切る。
「俺は良い仲間に恵まれたな」
「これくらいのことで、ナニ言ってんだよ」
 トレアはそう笑い飛ばすが、その高い声はどこか照れているようにも聞こえた。
「そうですよ。御大将はこの程度で終わる方ではありませんから」
「なんだ、珍しく意見が一致したじゃないか」
 酒が入ったせいで余計に上機嫌なトレアが酒瓶を手に、しきりにライアットに酌をしようとする。
 酌をする、という概念自体がノード族には無かったものらしく、フィレルがライアットにしているのを見て、真似してみたくなったらしい。酒瓶を取り上げられたフィレルが恨めしげな表情をしていることなどお構いなしである。
 が、トレアが突き出そうとした酒瓶は、横合いからさし出された手に止められた。あっと思ったときには、ライアットの手に持つ器には、横に立った見慣れない男がなみなみと酒を注いでいる。
「見事な戦いぶりにて復活戦の完勝。誠にめでたきことにございます」
 男が、見ようによっては嫌みさえ感じさせる爽やかな笑みを見せた。
「アンタ、確か一回戦でライアットに一撃で負けたヤツじゃないか」
 大きな鼻と尖り気味の顎、そして全体的に童顔に見える面立ちに、トレアは見覚えがあったらしく、驚いた声をあげた。
「いかにも。ライアット殿、お久しうございます。拙者の顔、見覚えはございませぬか」
「ラナエル=アントゥートか。試合の時は、違う名前を名乗っていたと思ったが」
 観客席にいたトレアと違い、ライアットは兜の面覆いを下ろした相手の姿しかみていない。名前が違っていれば、その場で気付けというのが無理な相談だった。ライアットは驚きを隠せなかった。
「アントゥートの一族と大々的に名乗るのは、いささか事を荒立てかねませんので。日頃は偽名を用いております」
 ラナエルは改めて深々と頭を下げた。
 アントゥートとはフェテリアの国王一族の名である。ラナエルは曾祖父の代に嫡流から分かれた家系で、軍事方面を専門としていた。
 そのせいもあって、敵陣のまっただ中に突入して敵将の首を奪うこと以外になにも考えていないような竜士が多い中、ラナエルは珍しく軍略に対しての知識を持っていた。もっともラナエルのほうが年少であり、そもそも竜士としての力量は、当時からライアットには一段も二段も劣っていた。
 ラナエル自身も埋めがたい実力差を判っていたのか、その点をさして悔しがる様子もなかった。
 王族に連なる血筋とはいえ、フェテリアが健在だった頃からライアットに対しては敬語で話すのが普通だった。
「めでたいつったって、一回戦負けのアンタがなんで喜ぶのさ」
 事情が飲み込めないトレアにしてみれば、当然の疑問であろう。
「そうさな。これ以上予選大会に参加する必要がなくなったからかな」
 ライアット殿が参加されるのであれば、どのみち自分には本大会に駒を進められる可能性がないから。ラナエルはあっさり言い切った。
「すまんな。貴様も生活がかかっているのだろうが、俺も譲ってやるわけにもいかぬ」
「お気になさいますな。予選大会の第一戦でその事を思い知り、むしろよかったと思っております。竜士としての道が開けぬのなら、他の新たな道を探すまでのこと」
 言いながら、ラナエルは空いた席に腰を下ろす。
「新たな道、か。見つけられそうか?」
 ライアットは興味深げに訊ねた。
 自分にとっても全く他人事の話ではないのだ。
 復讐心もあって、アグレスを倒す為にグレーバウルを得て竜騎槍試合に戻ってきたのだが、アグレスに勝った後の事を明確に考えている訳でもない。
 優勝すれば、再びエストニカに仕官がかなうだろうとは思う。しかし、正竜士ということにはなるまい。せいぜい下っ端の准竜士に舞い戻るだけだ。
 本当にそれでいいのか。今のライアットには答えを出せない。
「さて。とりあえずは、ライアット殿の手伝いをしたいと思いますが」
「へん、手伝いなら、間に合ってるよ。アタシはずっとグレーバウルの世話をしてきたんだからさ」
 酔いが回ったのか、ろれつの怪しい口調でトレアがラナエルの申し出を遮った。
「ならばわたしは、情報を集めて参りましょう。幸い、私の手足となって動いてくれる者が若干名おりますので」
「貴公は昔から、戦いは情報によって決まると言っておったな。だが、いったいなんの情報を集めてくれるというのだ」
「ライアット殿がアグレスに勝つための情報です」
「情報など無くても、御大将はアグレスに勝てます」
 ライアットが侮辱されたと思ったのか、ついフィレルが従者という立場も忘れてラナエルに抗議する。
「待て、フィレル。俺はアグレスの事は一言も口にしなかったのだぞ」
「あっ……」
 フィレルは慌てて口をつぐんだ。アグレスを全国大会で倒して汚名をそそぐ、というライアットの思惑自体は責められるものではないが、あまり公言して歩くべきものでもない。
 謂われ無き流言がきっかけで准竜士の地位を失った事を思えば、迂闊な事を言ってアグレスに言質を与える訳にもいかないのだ。
 うろたえた様子のフィレルを見て、ラナエルは穏やかな笑みを浮かべて頭を振った。
「隠そうとしなくとも、そのくらい、すぐに判ることです。そもそも、自分を倒した相手に復讐心を抱けないようでは、浪人竜士など続けてはおれますまい」
「だからアンタも竜士を辞めるってんだな」
 トレアが妙に感心したような口調でラナエルを見つめた。当のラナエルはさらりとした調子でうなずく。
「ま、そんなところです。確かに、ライアット殿は強い。ですが、それもこれも、アグレスが竜騎槍試合に出てこないことには話にならないでしょう」
 ライアットの眉がぴくりと動いた。
「どういうことだ。アグレスが参加しない訳があるまい」
「一年前とは、状況が異なります。いまやアグリスは正竜士。領地を持ち、王族に連なる姫も得た。いまさら命がけの竜騎槍試合に出る意味があるでしょうか?」
「うむ……、しかし」
 ラナエルが言った話は、ライアットには思いもよらない内容だった。しかし、あり得ないと一笑に付すことも出来ず、言葉に詰まってしまう。
「恐らく、目ざといアグレスも、竜騎槍試合の場で復讐を果たそうとのライアット殿の思惑をすぐに気づきましょう。となれば、敢えて本大会に参加しなければ良いと考えても不思議ではありません」
「まさか勝ち逃げるというのか?」
 いくらなんでも、そんなことはあるまい、とライアットは首をひねった。
 前年の優勝者は、規定により、予選大会に参加することなく本大会に参加できる事になっている。
 しかし、領地や姫や莫大な賞金を貰った身ではわざわざ参加する意味を見出しにくい。
 そこで、前年優勝者には参加が義務づけられるとの暗黙の了解があった。新たな優勝者が前の優勝者を倒すことで、真の最強を決める全国大会の意味があるのだ。勝ち逃げは許されるものではない。
「しかし、アグレス殿はそれでも逃げる、と拙者には思われます。体調不良でもなんでも、その気になれば名分の立つ理由など、いくらでも作れます」
「俺にはそんな真似は出来かねるがな。……しかし、だとしたらどうする」
「だからこそ、策が必要。その為の情報を集めたいと申し上げたのです」
「その申し出はありがたいが、俺には貴公になにもしてやれん」
「構いませんよ。金が欲しくての申し出でもありませぬ。かつては同じフェテリアで轡を並べた者同士。ライアット殿が優勝してエストニカ一の竜士となれば、フェテリアに恩義ある者は奮い立ちましょう。それがなによりの報酬です」
 ラナエルは、今後の活躍を期待しております、と言い残し、席を立って去っていった。
 竜士を辞めると宣言した者らしからぬ背筋の伸びた後ろ姿からは、前途を悲観する様子は全く感じられなかった。
 その背を見送りながら、ライアットは自分が何を為すべきか、考えあぐねていた。いつの間にか、勝利の美酒を素直に楽しめる心境ではなくなっていた。

 第六話に続く

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 作者メモ(その5)

 ラナエルのキャラクタは立っているか。説明は充分か。
 竜騎槍試合の描写は繰り返しに陥る可能性がある。同じ表現を多用していないか。

 情景描写
  ・闘技場
    ・控え室
    ・闘技場そのもの

  ・酒場
    飲食しているものの具体的な描写は?

 台詞まわしが時代がかってくるので注意※2/14