プリンセスナインにみる組織論





 私立如月女子高野球部は、理事長・氷室桂子のトップダウンによって創設された。三年以内の甲子園出場を目標に掲げる以上、その組織作りは短期に成果を上げる形で為されなければならない。
 だが、如月女子高野球部には、明らかな弱点、もっと言えば欠陥といえる部分が少なからず存在している。

1・エースと四番に頼った、一枚看板のチームである

 頼れるエース、頼もしい四番打者といえば聞こえはいい。しかし、その実状は、控え選手が皆無であるという苦しい台所事情の裏返しに過ぎない。その割には下位打線はほとんど打の戦力として期待されていない。下位打線が上位の三番・四番につなぎ、そこで得点を狙うという攻撃パターンしか有しなかった結果、非常に得点率の低いチームになってしまい、エースに負担がかかることになった。

2・科学トレーニング・ウエイトトレーニングの不徹底

 理事長が強く後押しをしている以上、資金はそれなりに潤沢でなければおかしい。口は出すが金は出さない、ということなのかも知れないが。だが、身体能力で男子に劣る女子選手が、一歩でも不利を埋める為には、こういった側面からのトレーニングが不可欠である。が、如月女子は通り一遍の練習しか行っていないように見える。非科学的な特訓や、精神論が重視されている感もある。

3・スカウト陣の不充実

 1で指摘した戦力の不足は、ひとえにスカウト陣の不充実、あるいは怠慢によるものである。彼らが如月にもたらした選手は、スポーツ紙をチェックする程度で情報を掴めたであろう、吉本と東の二人のみ(共に中学軟式野球の全国大会で優秀選手に選ばれている)。スカウトが発掘したとは到底言えないお粗末さである。他にも、堀田と森村は自らの手では如月女子入学を説得することが出来ず、チームには何人もの素人がレギュラーを張る結果に終わった。

4・トレーナー、コンディショニングコーチの不在

 女子選手の体調管理は男子以上に慎重に行われなければならない。しかし如月女子野球部には専属のスポーツドクターは配されていないようである。

 etc..

 さて。
 ここで気づくのは、上記に挙げた”弱点”は、かつてのある組織に非常に似ているという事である。

 その組織とは、他ならぬ、”旧日本帝国陸海軍”である。

 唐突に飛躍した観があるので、順を追って理由を述べていく。
 1については、艦隊決戦主義を捨てきれず、通称破壊などのトータルな総力戦を行うという概念に乏しかった点になぞらえる事が出来るであろう。氷室、堀田の主砲を揃え、森村という俊足選手を獲得したものの、打順全体として有機的につながらず、得点力が無いところは、陸海軍の不仲にもたとえられよう。

 2に関しては言うまでもなく、陸軍の硬直した精神主義。海軍におけるレーダー等の新兵器開発の遅れなどが相当する。大国を相手に横綱相撲で勝利しようとする無謀さ、と言えるかも知れない。

 3は、偵察能力、暗号解読能力の低さがこれにあたる。正々堂々という点には違いがないが、自ら行動の幅をせばめても、結局は相手を利することにしかならない。如月女子は少なくとも最低16人は自前で選手を集めてもらいたかった。まったくの素人が大道寺、森村、氷室、渡嘉敷の四人もいて、しかも森村を覗いてはスカウトされた訳ではなく、各人の事情によって入部している。
 そもそも、部員や監督自らが部員集めに奔走しなければならなかった如月女子に、「有望な女子選手獲得のためのスカウト陣」なるものが本当に存在していたのかという根本的な疑問にさえつきあたる。

 4は、攻撃偏重、防御軽視の傾向に感覚が近い。防御装甲をほとんど持たなかった零戦、対戦車戦をまともに考慮せずにむなしく撃破されるばかりであった陸軍の戦車、ダメージコントロールを軽視した為に、数発の爆弾や魚雷で容易に沈没した海軍の大型艦が簡単にイメージが重なる。


 以上見てきた中で言えるのは、日本人はこういった組織が好きだという、空しくも滑稽な結論である。
 野球においてはしばしば「管理野球」を否定する風潮がある。本来なら、勝負において勝つことより大事な何かが存在するはずもないのだが、とかく日本人は美意識を勝負に持ち込み、それを優先させるきらいがある。
 勝つためではなく、自己満足のために戦っているようなものである。それで勝っているうちは良かったが、如月女子高は地区大会準決勝で涙を飲む結果に終わった。これを奇貨として、もし続編なるものがあるのなら、本当に強いチーム作りに邁進する姿を描いてほしいと思う。が、「物語」として成り立たせていくためには、こういう隙のない組織は動かしにくい、というイメージがあるのかも知れない。それでも、ここは「プロの仕事」を大いに期待するモノである。




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