その後のその後――
「聖良!」
インターハイ陸上競技地区予選の会場である陸上競技場の選手用通路で一人瞑想し、集中力を高めていた森村聖良は聞き覚えのある呼び声に顔を上げた。
「加奈子! それに涼も! 来てくれたのか」
「当然でしょう。それに知らせておこうと思って。ヒカルたちから連絡があって、真央もいずみさんも見事優勝したそうだ、って」
「ほんとか! いずみはともかく真央のやつ、やったじゃねえか」
「もう、聖良ったら。でも聖良も負けてられないね」
「おう、まかせとけって!」
加奈子の笑みに聖良も自信満々に笑みを返す。
一瞬後、加奈子はふとつぶやいた。
「みんながんばってるんだね・・・」
そして聖良もスタート地点の方を眺めながらつぶやいた。
「そうだな・・・」
臨大附との試合の敗れた如月女子野球部は、存続を望む部員の必死の訴えもむなしく結局廃部となってしまい、グラウンドや部室は新たに結成された「如月女子ソフトボール部」が使うこととなった。
その後、聖良は陸上部にスカウトされ、変装のばれた加奈子は野球からはすっぱりと足を洗わざるをえなくなり、今は医者を目指しての勉強に励んでいた。
いずみと真央はそれぞれ、テニス部と柔道部に戻り、陽湖は芸能界デビューを目指し今も活動していた。
その他の部員、小春、ヒカル、ユキ、そして寧々は新たに「野球同好会」を結成したが、練習場所も予算もなく、
校舎裏でキャッチボールをするくらいしかできなかった。
そして、如月女子野球部のエースであった早川涼は・・・。
「さあ、涼も一緒に聖良を励ましてやろうよ」
加奈子は後ろでうつむき加減に立っていた涼に声をかけた。
だが涼は、その声が聞こえないのか、何かをつぶやきながら、じっと立ったままであった。
「涼、どうしたの」
加奈子はさきほどよりも幾分強い調子で呼びかけ、同時に涼の手を引いた。
すると涼は驚いたように顔を上げた。だがその目は焦点があっておらず、加奈子を見るでもなく、また聖良を見るでもなく虚空を見つめていた。
そして、泣き声とも唸り声ともとれる声を上げた。
「・・・う・・・、ああぁ・・・・・・」
「涼・・・」
聖良は、苦悶の表情とともに涼を見つめた。
「どうしたの涼? 大丈夫、何も怖くないわ」
加奈子は必死に涼をなだめようとした。
やがて、落ち着いたのか涼は聖良と加奈子の顔を交互に見て、つぶやいた。
「・・・せ・・・い・・・ら・・・」
「そう、聖良よ。今から聖良はかけっこをするの。一番になれるように、涼からも”がんばれ”って言ってやろうね」
まるで、幼児に言って聞かせるような口調で加奈子は涼に言った。
「・・・かけっこ・・・いちばん・・・」
「そうよ。さあ」
「・・・せいら・・・がんばれ・・・」
聖良は、そんな涼を見つめてつぶやいた。
「涼・・・すまねぇ」
聖良のパスボールにより、サヨナラのランナーがホームを駆け抜けた瞬間、涼はマウンドに崩れ落ちた。
「涼!」
ヒカルが駆け寄り、急いで抱き起こし、叫んだ。
「あかん! 監督! 救急車や! はよう!」
病院に運ばれた涼は、そのまま一週間眠り続けた。
そして目覚めたとき、部員たちは今までの涼が二度と帰ってこないことを、苦痛とともに認識しなければならなかった。
医者は言った、限界を超えた体力の消耗。そして、その彼女を支えていた精神的な何かが崩れてしまったのだろう。と。
聖良には解っていた。
涼が最後に放った、あの球。あれには涼の全てが、それだけではない何かが込められていたのだ。
そして自分はその球を取ることが出来なかったのだ・・・・。
そして、涼は・・・・。
「女子100m走、決勝に出場する選手は、スタート地点に集合して下さい」
場内アナウンスが集合を告げていた。
「聖良・・・」
「ああ、解ってるって。涼のためにも、そしてみんなのためにも、負けらんねぇ」
「うん。じゃあ私と涼はスタンドで応援してるから。がんばってね」
「おう、まかしとけ」
スタート地点へ向かいながら聖良はふと考えた。
あのとき。あの100球のうち、真央が一球でも涼の球を捕れていたら・・・。
そして、真央が試合でもマスクをかぶっていたら・・・。
真央は、あの運命の一球を捕れていただろうか・・・。
もし、捕れていれば、今頃は・・・。
「女子100m走、決勝に出場する選手は、スタート地点に集合して下さい」
再度流れるそのアナウンスに我に返り、聖良は一瞬浮かんだその想像を振り払うように、頭を小さく振り、100mのスタート地点へと走っていった。
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