2005年8月3日
アスベスト被害者支援にろっこう医療生協が
アスベスト外来を開設
アスベスト被害が発覚して大きな社会問題になってきています。私も市会議員になった当初、港でのアスベスト問題を取り上げたことがありました。神戸港は25年ほど前に年間約10万トンの輸入アスベスト荷受していました。この量は日本全体の取扱量の3分の1に相当します。当時から、危険性が指摘され、対策を国に要望していたことを思い出します。その後20年間、国が放置していたことが今回大きな問題になった原因です。
ろっこう医療生協は民間団体「ひょうご安全労働衛生センター」と連携して、アスベスト被害者の支援を行うことになりました。アスベストを扱う企業で働いた経験のある方、やその家族。また、建築関係でアスベスト使用した建物を建設や解体した記憶のある方。また、震災での大規模な解体現場などで働いたり、その近くに住んでいた方など。不安のある方は電話下さい。
東雲診療所078−262−7236まで
2005年8月3日
神戸空襲の犠牲者の名簿づくりに協力下さい
神戸空襲を記録する会は神戸空襲で犠牲になった死没者の名簿のづくりへの協力を呼びかけています。神戸では60年前に米軍による2度の大きな空襲を受けました。犠牲者は7000人とも8000人とも言われています。しかし、その実数はもちろん死没者名簿もありません。
東京や大阪府、岡山市、富山市などでは行政や市民の運動で犠牲者の名前を明らかにして、慰霊の取組みが毎年行われています。しかし、、神戸市は慰霊の取組みはもちろん死没者の調査すら行っていません。
したがって、神戸空襲を記録する会が戦後60年を機会に、犠牲になった人たちの名前を明らかにして、霊を慰め、悲惨な戦争を繰返さない戒めにしようと死没者名簿づくりをはじめています。是非ともご協力をお願いします。
お名前の受付及び届出用用紙の配布は8月17日〜20日午前9時から午後6時まで神戸市教育会館の「写真で見る神戸大空襲ー戦後60年記念企画写真パネル展」の会場で行っています。また、問合せは「あわはら市議」でも結構です。
2005年8月3日
第4回「平和in夏まつり」に350人
戦争より平和がいちばん
新社会党中央総支部とあわはら富夫後援会は7月23日、葺合文化センターホールで「第4回「平和in夏まつり」を開き、週刊新社会の読者など約350人が参加しました。
特に今回は日本の敗戦・神戸大空襲60周年ということで、記録映画「炎の証言」の上映と神戸空襲を記録する会の中田政子さんから活動の話を聞きました。
中田さんからは神戸市が今だ神戸大空襲の死亡者数の調査もしていないことや戦争資料館の建設も先送りしていることに対する憤りの表明がありました。
また、中田さんは、戦争を担った人には国の補償があるのに、戦争で傷ついた一般市民には何の補償もないこの国のあり方も痛烈に批判しました。
その後、高校の同窓生が中心になって運営する六甲ベルディ吹奏楽団が、「涙そうそう」など沖縄メドレーと今人気の「冬のソナタ」のテーマ曲や「松健サンバ」を演奏して、会場大いに盛り上がりました。
会場ではその他、すし、おでん、金魚つりやヨーヨーつり、スズムシ販売など出店のすべてが完売。最後の抽選では旭堂小南陵師匠も飛び入りで参加。最後に花を添えていただきました。
2005年7月19日
中央区で憲法を学ぶ会に参加下さい。日本が戦争に負けてこの8月で60周年です。神戸でも3回の空襲がありました。この戦争の反省からできた日本国憲法。ところが最近、平和条項9条を変えようとの動きが強まっています。日本国憲法の国民主権、平和主義、基本的人権の尊重などもう一度勉強しようということで、中央区で憲法を学ぶ会が出来上がり、第4回目の勉強会が下記の通り開かれます。誰での参加できますので是非とも参加下さい。
とき 8月2日(火)午後6時30分から8時
ところ 東雲診療所3階
講師 鈴田 渉(山口大学)
テーマ 自民党新憲法試案の要綱の検討
参加費は無料です。
2005年7月5日
矢田市長の出馬表明に思う
官僚市長でなく市民派市長の擁立を
第2回定例市議会最終日の5日、矢田市長は2期目の選挙に立候補することを明らかにしました。震災から10年、そして神戸空港開港を目前にしての市長選挙は今年の10月23日投票で行われます。
私は、市長の表明を議会で直に聞きましたが、予算書を提案をするのと同じ淡々とした口調で、何の感情も表にみせない姿に唖然としました。神戸を巡る景気や神戸市財政が大変なこの時期に、あえて立候補するわけですから、思いというものがあってしかるべきです。感情を表にださない官僚としての決意表明とはこんなものなのでしょうか。
神戸では助役が市長にとのサイクルで、官僚市長がなんと60余年も続いています。住民投票を求める署名が30万人集まってもこの声は無視され、震災被災者支援法の成立に向けた運動も市長自らが先頭に立つべきであったにも関わらず、これも実現しませんでした。
「神戸市株式会社」と言われ、一時代を築いた起債主義、公共デベロッパー方式は、バブルの崩壊後、多くの借金を残し、売れない土地をを生み出しました。それは、福祉施策の後退となり、とうとう公立保育所の人件費削減のための民間移管にまで繋がってきています。
私は、こんな官僚市政を何とか変えようとの試みを過去2度の選挙で行いましたが、いずれも肉薄しながらも失敗に終わっています。今回は、前回のような乱立でなく市民派市長を一本化して擁立しようとの準備が進んでいます。一対一決戦に持ち込めば決して勝てないことはないと思うのです。
2005年7月5日
第2回定例市議会で諸役が改選されました
7月5日で第2回定例市議会が終わりました。この議会は会期は2週間で、議長改選など議会での諸役の改選が行われる人事議会です。私は議会少数野党ですから、議長選挙では応援した議長候補はいつもながら落選。本来の地方議会は何かを問い続けながら、名誉職化しない議長制度の実現にかんばる決意です。私の所属委員会、会派での役職は左記の通りです。
港湾交通常任委員会
空港新産業特別委員会
会派では幹事長
2005年6月30日
公立保育所の民間移管の白紙撤回を求める請願を否決
保護者会への保育所使用は約束
神戸市は4月22日、突然「来年4月から本山北町、中原、鈴蘭台北町の3保育所を社会福祉法人に民間移管」すると発表しました。すでに、保護者説明会も開かれていますが、保護者は保護者会を結成して白紙撤回などを求め、請願・陳情が議会に提出されました。
その審議が6月30日に開かれました。請願・陳情は「提案が唐突」と共通しながらも、「白紙撤回」を求めるものと「条件つき受け入れ」というものに分かれました。
(東灘のベネッセが経営する認可保育所を見てきました。保護者が保育所に1日参加していました。)結果は、「白紙撤回」には新社会党(私)と共産党が賛成しましたが、結果は不採択となり、「条件付受け入れ」が採択となりました。
私は質疑の中で、「保護者の理解を得て公募との当初の約束は守られるべき」「社会福祉法人の公募は延期するべき」と主張しましたが、局長は「移管する民間園が決まれば保護者の理解が得られる」と強弁。見切り発車を公言。「将来に禍根を残す」「子供のことなのになぜ急ぐのか」多くの傍聴者から怒りと驚きの声が上がっていました。
また、これまで認められなかった保護者会の会議のための保育所使用や保護者会の活動承認を求める質疑には、これらを認めるとの答弁がありました。
市会での結果は民間移管を受け入れることになりましたが、質疑の中で保護者会の活動を認めさせたことは、保護者会の意向が移管条件に反映される大きな足がかりを築きました。
主な質疑
問(あわはら)「保護者の理解を得て公募」という4月22日の約束はどうなったのか
答(当局) 移管する民間園が公募で決まれば保護者の理解は得られるものと考える。
問(あわはら)賛成の陳情がだされた本山北町保育所の父母の会には保育所を会議のために貸す ことを承認し、他の保護者会には貸さなかったのはなぜか。大問題だ。
答(当局)職員がその会議に入っていたので貸した。今後は貸すことにする。
問(あわはら)予算審議の際に市長が表明したのが発端だが、移管準備費は当初予算に計上されていたのか。
答(当局)移管準備費は計上されていない。保育所費全体の中でやりくりしている。
(詳細な質疑要旨についてはここをクリック下さい)
2005年6月30日
夜間・休日議会の開催を要求
私は6月30日の福祉環境委員会の冒頭で、公立保育所民間移管問題で多くの請願・陳情が出たことから、こんな時こそ議会改革で課題になっている夜間議会や休日議会を開くべきと提案しました。
当日は、休みを取ってたくさんの保護者が議会傍聴に来ていましたが、夜間休日の開催であるなら、もっとたくさんの保護者の傍聴が見込めたはずです。神戸市の財政的な都合での今回の民間移管問題で、当局も夜間での保護者説明会を何度も行っており、議会もそれに対応した開催のあり方があったはずです。
それぞれの会派は「持ち帰り相談」と表明して、結論は先送りとなりましたが、夜間休日議会を開催することは時の流れであり、多くの傍聴者の中での審議は必ずや議会の活性化を生み出します。
2005年6月24日
韓国からの神戸市へ申し入れ
対立でなく理解深めよう
靖国神社への小泉首相の参拝問題で、中国や韓国で反日の集会やデモなど大変な反発が広がっています。
このことは、過去の歴史認識におきな原因があります。韓国を日本に併合して朝鮮民族の文化や言語まで奪おうとした過去の歴史。また、中国に満州国を作り、軍隊を派遣して、多くの中国人を殺戮したことは紛れもない事実です。
平和のため大東亜共栄圏の建設のためと言いながら、他国に軍隊を展開して侵略ではないと言い張るには無理があります。
6月24日、3年ぶりに韓国から民主労総の代表者が神戸を訪れ、神戸市教育委員会に過去の戦争を肯定する扶養社の教科書を採択しないように求める申入れが行われました。
現在、日本をめぐる国際関係は政治的にも経済的にも韓国や中国と深く結びついています。市民同士の関係は今までになく交流が進み深まっています。このことを発展させることを多くの人々が望んでいます。その国のトップがこの関係に混乱を持ち込むことは絶対に許されません。
2005年6月10日
第3回平和IN夏祭りを開く
今年は敗戦60周年
神戸大空襲を忘れない
今年は日本が戦争に負けて60周年になります。50年もたてば人間は痛みを忘れるものです。イラクに自衛隊が派遣され、戦争しないと決めた憲法9条を変えようという動きも広がっています。
この神戸では60年前に、アメリカ軍による空襲が、3月17日、5月11日、6月5日の計3回ありました。死者は阪神淡路大震災を超える7000人以上です。3月は神戸西部、6月は神戸中央部から東部が焼け野原になりました。今でも、中央区にはその当時の傷蹟が街路樹や神社の鳥居に残されています。
戦争の風化を許さないために、今回の平和in夏祭りでは神戸大空襲の記録「炎の証言」と語り部として中田政子さんを招いています。どうぞ、ご参加ください。
とき 7月23日(土)11時から14時まで
ところ 葺合文化センター大ホール(078-242-0414)
入場 無料
内容 ドキュメント映画 炎の証言(神戸大空襲の記録)
語部 中田政子さん
演奏 吹奏楽団 六甲ベルディ
屋台やお楽しみ抽選あり
2005年6月9日
余りにも唐突な公立保育所の民間移管
計画の白紙撤回を
神戸市は4月22日、突然「来年4月から本山北町、中原、鈴蘭台北町の3保育所を社会福祉法人に民間移管」すると発表しました。すでに、保護者説明会も開かれていますが、保護者は保護者会を結成して白紙撤回を求めています。
神戸市は、「1園につき5000万円の節約になる。保育内容は低下させない」としています。しかし、保護者からは「5000万円も削減して保育低下にならないとはどういうことか」「4月に入園して、子供がまだ落ち着かないときに。事前に何の説明もなく、突然で許せない。」「保育士が来年すべて入れ替わったら、子供はどうなる」など反発の声が広がっています。
保育所はすべてが公営でなければならないわけではありませんが、神戸ではすでに、公営と民営の保育所が半ばしており、今あえて公営保育所を民間移管しなければならない理由が見つかりません。しかも、今回の3保育所は立地や評判もよく待機待ちも多い人気保育所です。
民間移管についての長期的な考えや計画もなく、儲かりそうな保育所を民間事業者に、建物も備品もそっくり無償譲渡するもので、極めて問題です。
2005年5月6日
メーデーから憲法集会、そしてお祭り
多忙な連休でした5月1日、被災地メーデーが若松公園で開かれましたが、残念ながら雨。恒例のあわはら後援会のおでんも売れ行き不振で、赤字となってしまいました。OSKから桜花昇さんに参加いただきましたが、舞台を動き回ることもできず、わずか2曲だけの披露になったことが残念です。近鉄に突如、解散解雇を通告され、失業者に。関西の伝統を守りたい多くの支援者に支えられ市民舞踏団として再建。被災地で解雇された多くの被災者と通じるところがあって今回の参加となりました。雨でなければ・・・。
5月3日は西山記念館で、憲法記念日集会。沖縄から読谷村の山内徳信元村長を呼んでオキナワから平和を考えるとの話を聞きました。あわはら後援会からは総勢100人が参加。米軍基地の中に村役場を建設したなど、日米地位協定に対抗して、日本国憲法の国民主権の実質化を獲得する戦いなど感動ものでした。「主権国家とは何なのか」考える良い機会になりました。
5月4日は二宮神社で春の例祭の神輿の渡御に参加しました。神社とは縁遠い私ですが二宮地域の町興しの一助との思いです。市場がすたれ、街に勢いがなくなっている典型的地域です。しかし、JR三宮、阪急三宮、阪神三宮からそれぞれ10分というところに二宮神社があり、神戸の中心地域です。最近では大阪通勤の若い人たちがマンションに移り住み人口が増え始めています。小学校も廃校になり、神社だけが地域を代表する存在となっています。宮司さんや禰宜さんが町興しに熱心でいろんな取り組みが神社中心で始まっています。私もお手伝いできればと思っています。腰さえ調子がよければ神輿も担ぎたいのですが。
2005年5月1日
JR尼崎事故の原因は日本型労務管理
悲惨な尼崎での鉄道事故。107人の尊い命が失われました。安全よりも、利益優先のJR西日本の体質が生んだ事故。会社の言いなりにならない熟練労働者を早期退職に追い込み23歳に快速運転。しかも過密ダイヤを走らせるなどそもそもが間違いです。国労の組合員からは安全について問題ありとの指摘はずいぶん前から出されていました。その声に耳を貸さず、国労組合員だというだけで差別し、乗客にまぎれて管理職が国労組合員を監視するなどの行為には驚くばかりです。
車掌や運転手など実際に仕事をする人を減らし、監視する人を増やしたと聞きました。このような命令と服従を強いる労働環境が今回の事故の一番の原因です。企業と労組の社会的責任が今問われています。
メールアドレス awara@portnet.ne.jp
携帯ホームページ http://chiiki.ne.jp/awara
住所 自宅 650-0046 神戸市中央区港島中町3-2-1.62-207 電話 078-302-0861
事務所 651-0076 神戸市中央区吾妻通1-3-4 電話 078-251-4778
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