熱球戦録ヴァルキューレナイン
――プリンセスナイン・プロ野球編
第七話
(1)
浪速ドーム。
第六節・対千葉マートレッツ戦を控えた試合直前、近畿ボルテックスの打撃練習が行われている。吉本ヒカルはバント練習に精を出していた。
(昨日は黒辺はんに見事にしてやられたなぁ。いまのところ、マートレッツが三位でウチが四位。どうもいかんな。今日の先発は左の柳葉はん。ウチの出番はあるやろうか……)
スイッチヒッターのヒカルではあるが、元々は右打者。左投手との相性も悪くはないと自負しているが、スタメンに名を連ねるには至っていない。
与えられたチャンスはそれなりにモノにしているつもりであるだけに、くさってしまいそうにもなるが、今は耐えるときだと自分に言い聞かせている。
神経をバットの先にまで行き渡らせ、ボールの勢いを殺してライン際へと転がす。決して無心になどなれないが、ボールの行方に揺れる感情が乗り移ることも無い。
「相変わらずうまいもんやな」
中宗根が、愛嬌のあるひげ面を珍しく真顔にしていた。
「お褒めにあずかり、光栄ですわ」
顔を上げたヒカルはそう応じる。
「せやけど、それだけやったらまだまだあかんな」
「? なんか、問題がありますか」
だが、中宗根はそれ以上は笑って答えようとはしなかった。
同じ頃、三塁側のブルペンでは、早川涼がブルペン捕手を相手に新しい変化球をマスターしようと投げ込みを続けていた。
もっとも、明確な形を頭の中に描けている訳ではない。とにかく使えそうな球種がないか、手当たり次第に試している状態だ。
イナズマボールを越える、涼だけの魔球が身に付けば一番いいのだが、そんなに都合良く新魔球など開発できるはずもない。既存の球種でも、投球の幅がつけられるだけのキレさえあれば充分に武器になる。
そう思いながらあれこれと投げてみるのだが、成果ははかばかしくない。さほど上背の無い涼は指も特段に長い訳ではない。フォークボールをきっちり挟み込むのはほとんど無理だった。
ならば同じ落ちる球でもショーコこと沢村翔子の得意球であるシンカーを、と挑戦してみるが、同じ左のサイドハンドから繰り出されることもあって、あからさまに見劣りしてしまってこれも使えそうにない。
「なんか、冴えないなぁ」
今日の先発が予定されている柳葉悟が、バカにする風でもなく渋い顔をしている。
「判ってますよ。でも、なんとかしなきゃ……」
「ブレーキのかかる球がいいと思うんだよな、涼が使える球種を考えた場合はさ。球の回転がかからないほうが、ボールの後方に出来る空気の渦が減速の効果が高いはずなんだよ。そのあたりを活かせないもんかな」
「ナックルとか、ですか?」
親指を除く四本の指の爪をたてる、ナックルボールの握りをしてみながら涼は訊く。
柳葉は頷いたが、自分で言っておきながらあまり乗り気ではない様子だった。
「けど、そうなるとせっかくのジャイロボールの特性を殺すんだよなぁ」
結局、色々と試してはみたものの、これといった方針も定まらないまま試合開始の時間だけが迫っていた。
(2)
浪速ドームでの近畿ボルテックス対千葉マートレッズとの試合が開始されたのと同じ時刻に、博多ドームでも、首位攻防戦となる福岡ハーキュリーズ対埼玉レオパルズ戦が始まっていた。
いつもと変わらぬ黙々としたウォーミングアップをしていたつもりの氷室いずみは、傍目にはいかにも落ち着かない様子に見えていた。当人だけが何事でもないと言いたげな顔をしているのが、余計に好意的な失笑を誘っていた。
理由がある。
この試合の始球式を行うのが、いずみにとってかつてのチームメイトである渡嘉敷陽湖だったからだ。
高校卒業後、陽湖は念願であった芸能界に身を置くようになっている。
ハーキュリーズの選手達が守備位置についたところで、ミニスカートにスパッツという変形ユニフォーム姿で陽湖がグラウンドに現れた。ひとしきり観客に向かってアピールをした後、アイドルらしからぬ切れのあるボールをキャッチャーミットに投げ込んでみせた。
陽湖は歓声に送られ、一塁側のハーキュリーズ側ベンチ横の通路口へと足を向ける。と、その場で思いついたように三塁の守備位置についていたいずみの元に近づいてくる。
ほとんどにらみつけるようにして彼女の挙動に目を向けていたいずみと、ここでようやく間近で顔を合わせることになった。
「元気でやってるみたいじゃないの」
と、笑顔の陽湖。
「そっちもね」
と、なぜか苦々しげないずみ。
犬猿の仲という訳ではない。高校での三年間、お互いに価値観が違いすぎて喧嘩にすらならなかった。
二人に共通しているものがあるとすれば、他人への過度な干渉をしないことと、自分が手に入れたいものの為には手段を選ばないこと、ただそれだけだろう。
それなりにつもる話はあるが、長話が出来るはずもなく、陽湖は小走りで一塁側へと駆け去っていく。
(けれど、もしかしたら同族嫌悪なのかもしれない……)
その後ろ姿を見送りながら、否応なく昔を思い起こして心中に沸き立つさざ波を感じ、いずみは思う。陽湖は高校時代にも、一度は芸能界入りのきっかけをつかみながら、仲間の為に野球部に戻ってきた。しかし、今の陽湖からは、野球に対しての未練は何も感じられない。
今、身を置いている場所こそ自分のいきる世界だと思い定めているのが、あえて訊かなくても判る。それはいずみ自身も同じなのだ。
一回表のレオパルズの攻撃。一番の桜井がフォアボールで出塁する。先発の新谷は二番、三番と凡打に討ち取ったが、四番の沢村翔太に手痛い一発を浴びた。あわやホームランという鋭い打球が右中間のフェンスを直撃し、桜井が本塁に生還し、翔太も暴走気味ながら、一気に三塁を陥れたのだ。
「さすがにランニングホームランは無理か」
センターからの間に合わない返球を受けておざなりなタッチをしたいずみに向かい、翔太は余裕綽々で埃を払いながら笑った。
パ・リーグにあっての本塁打数のトップはいずみの十一本だ。ボルテックスの中宗根が十本、沢村翔太が九本で続いている。
翔太の発言はその数字を意識したものなのだろうが、いずみはどう答えていいか判らない。そもそも、答える気もない。返事もせずにボールをマウンドの新谷に投げ返した。
その不躾な態度に腹をたてるでもなく、翔太は言葉を継ぐ。
「妹から聞いてる。感心してたよ。手強いバッターだ、って」
ここでようやく、いずみが反応した。怪訝そうに眉をひそめる。
「妹?」
「ファランクスのショーコ。沢村翔子。まさか知らなかったか?」
意外そうな顔をして翔太が尋ねる。
「血縁には興味ないわ」
そう応じながら、いずみはショーコこと沢村翔子との対戦成績を思い浮かべてみた。まだ直接打席で相対したのは二回だけ。最初は三振していたが、その次の対戦時にはセンター前ヒットを放っている。
いずれにしろ、いずみにとっては沢村翔太も沢村翔子もあまり興味のある相手ではない。もっとも、彼女にとって気になる存在といえば早川涼ただ一人なのだが。
その思いがあからさまであった為か、さすがに翔太も鼻白んでそれ以上話しかけてはこなかった。
(3)
浪速ドーム。
近畿ボルテックス打線が苦戦しながらも柳葉を捉えて四点を奪った為に、七回裏から右投手を一人挟んで涼に出番が回ってきた。
マートレッツはさらに苦しんでおり、一点を挙げるのがやっとだ。
マウンドを均しながら、涼は口元を引き締める。
(とにかく、もう一点もやれない)
涼は二番打者をイナズマボールの連投で三振に切って取った。一イニング限定のつもりだから、涼にとって切り札である必殺の魔球も投げ惜しみしない。
続いて三番打者を迎えるところで、ボルテックスの栗田監督から代打が告げられた。
ベンチから姿を見せたのは吉本ヒカルだった。
如月女子高の同窓対決に、観客のざわめきが一段大きなものとなる。学年は同じでも、涼には二年のブランクがあり、プロとしてはヒカルのほうが先輩だ。当然、近畿ボルテックスの栗田監督がその心理的な影響を考慮した結果の起用である。
(さて、ここは賭けになるな……)
心中密かにそんなつぶやきを漏らしながら、ヒカルは敢えて左打席に入った。
観衆のざわめきの質がやや変わる。
それは、同窓云々を別にした、純粋な勝負への興味が引き起こした反応の変化と言って良い。
左対左では打者が不利と言われる。それでもヒカルが左打席を選んだのは二つ理由があった。
一つには彼女得意のセーフティバントを狙うには左打席が有利であること。そしてもう一つはイナズマボール対策だった。
左のサイドハンドから繰り出されるボールは、左打席からは球離れが見づらい。その点では自殺行為とも言えるの。だが、イナズマボールは右打者にとっては自分にぶつかってくるような軌道を描きながら外角低めへと逃げていくきわめて打ちづらい球である。
左打者にとっては、外角に外れるように見えたボールが手元に落ちてくることになる。ヒカルはこの軌道を想定し、クローズドスタンスで構えて迎え打つことを狙っていた。
(ランナーもおらんし、無理に右方向に飛ばすこともないしな)
クローズ気味に構えると、球離れのタイミングはより一層見づらくなる。だがそのリスクを承知の上で打席に立つヒカルの顔には自信があふれている。
もちろん、イナズマボールの狙い打ちを嫌ってストレートで押してくるようなら、隙をついてバントを仕掛けることも頭にはある。
結局のところ、涼の武器は速球とイナズマボールしかないという読みが、ヒカルの余裕を裏打ちしていた。
(涼は案外不器用やからな。そうそう簡単に新魔球なんぞ編み出してへんはずや)
涼は、初球を高めのストレートで入った。
虚をつかれたような顔をしてこちらを見ているヒカルの視線を気にしながら、涼はキャッチャー・深水からの返球をグラブに収める。
(相変わらず強気の配球だな、深水さんは)
厳しい表情でボールをこねながら涼は思う。
続く深水のサインもストレートだった。変化球でかわそうとするよりも力で押すべきとの判断だ。
ヒカルがイナズマボールを待ちかまえているのを、涼も感じている。あるいは裏をかくための演技なのかもしれないが、試してみる気にはなれない。
内角を衝くストレートに対し、一度バットを寝かしかけたヒカルは素早くテイクバックしてスイングした。だがボールはバットの根っこにあたり、一塁側のファウルグラウンドへと走った。
ヘルメットをかぶりなおし、軽く素振りをしたヒカルは、なおもクローズドスタンスで構える。
「勝負はこれからや」
深水にさえ聞こえないほどの小さな声で、ヒカルは呟いていた。
三球目、深水はイナズマボールのサインを出した。一球外すという配球を深水はあまり好まない。イナズマボールのキレを生かすには、内角を衝いて打者の身体を起こしたり、外角に外れるくさい球で打ち損ねを誘うなどという小細工が却って邪魔になるという考えなのだ。
だが、涼は表情を消して首を横に振った。ヒカルを相手にイナズマボールが通じるか、自信が無かったのだ。
(ここでイナズマボールが打たれたら、ホントにわたしには決め球が無くなってしまう……)
深水はその思いを理解したのか、すぐにサインを変えた。しかし、涼の弱気を見切ったかのように、ヒカルは続く球をファウルして粘りはじめた。
ストライクゾーンぎりぎりのきわどい球も、ボール球は落ち着いて見極める。観客にとってはイナズマボールがいつ出るのかを駆け引きしながらの熱気のこもった対決に見えただろうが、実際にはファウルの数が増える度に涼が追い込まれていた。
そして、イナズマボールを使わないまま、十球目となるカーブが低く外れてフルカウントとなった。
涼と深水は、どちらともなく目で合図をかわし、タイムをとった。深水がマウンドまで駆け寄ってくる。
「イナズマボールはやっぱりヤバいんだろうな?」
「わかりません。チームメイトだからといって、打てるとは限らないとは思いますけど」
ヒカルの自信ありげな態度に翻弄されているのを自覚しながらも、涼の歯切れは悪かった。むしろ、イナズマボールはここまで精神的に追い込まれる前に使っておくべきだったのだろう。
その後、二、三の言葉を交わし、深水はベース後方に戻った。
試合が再開される。
涼はワインドアップモーションから、サイド気味に腕を繰り出した。指先から離れたボールは、外角へと流れていく。ヒカルの右足が踏み込まれた。腰が回る。
だが。
(こいつはっ)
ヒカルは歯を食いしばりながら、とっさに腕をめいっぱいに伸ばした。
手元に戻ってくるイナズマボールではなく、外角からさらに外へ逃げるスライダーであることに気づき、頭で考えての行動ではなく、身体が反応したのだ。
かといって今更スイングは止められない。バットの軌道をねじ曲げるのが精一杯だった。
それでも、バットの先端がボールを捉えた。打球はベース前二メートルで大きくバウンドし、マウンド後方へと落ちていく。
ボールを投げ終えた姿勢から急いで落下点に入って捕球した涼だが、いちはやくヒカルが一塁ベースを駆け抜けており、投げられなかった。
「しまった……」
涼は唇を噛む。
あくまでも勝負の中の駆け引きであり、真っ向勝負を逃げたつもりはない。しかし、結果として半端な球種を選択したために内野安打を許してしまったのは事実だ。
一方のヒカルも、一塁ベース上で浮かぬ顔だった。
「せめて、イナズマボールをうち崩さんことにはなぁ……」
出会い頭の内野安打では、あまりアピールにはならないだろうと思うと、少々恨み言も言いたくなる。
気落ちした涼は、中宗根に対する初球を、不用意に甘いコースに投じてしまった。
中宗根はこれを見逃さず、ボールを粉砕するような凄まじいスイングでこれをはじき返した。
打球はレフトスタンド上段へと飛び込む、だめ押しの第十一号のツーランホームランとなった。
この試合、九回表にマートレッツは一番打者・壕のソロホームランで一点を返すのがやっとで、連勝はならなかった。
(4)
翌日。神戸ブルースタジアム。
グラウンドでは、対東日本ファランクス戦の六回戦を前にしたブルーウイングスの練習が続いている。
混戦模様で始まったパ・リーグのペナントレースであるが、試合数が増えるにつれ、この両チームが次第に首位から引き離されつつあった。
それが、一昨日、昨日とブルーウイングスがファランクスに連敗した結果、両チームのゲーム差は三ゲームと広がってしまった。
そのため、練習中のブルーウイングスの選手達にも、どことなく覇気が感じられない。
元々、注目度の高い人気球団という訳ではなく、親会社の資金力もいささか心許ない。
剣や畑口といった強打者をメジャーに送り出した結果、かろうじて知名度のある選手は、女子選手の先駆けの一人である水沢穂や先頃婚約を発表した滝ぐらいになっている。
(まあ、オレみたいなのがレギュラー張ってるぐらいだからなぁ。選手層の薄さは相当なもんだよな)
不埒なことを考えながら打撃練習を終えてゲージを出た聖良は、穂の姿をグラウンド上に探し求めた。
探すほどのこともなく、一塁側ベンチ前のファウルグラウンドで一人、打撃フォームを確かめるように素振りを続けている穂の姿が目に入った。それはまるで、グラウンドでの打撃練習に背を向けているように見えた。
ここのところ、穂の成績は今ひとつで、それがチームの勢いを鈍らせている側面もある。先輩を相手に余計なお世話と思われるかも知れないが、やはり聖良としては気にかけずにはいられない。
「それ、新しいバットですか?」
「そう。バランスがとれているか確かめてるところ」
その様子を気にした森村聖良が声をかけると、穂は手を止めずに答えた。
長打力が無い分、その俊足を活かすためにも穂には確実な出塁が求められる。
球際に強い守備と走塁ばかりが強調されることが多いが、バッティングに対しても彼女は半端な気持ちで取り組んでいる訳ではない。
特にバットに対するこだわりは人一倍のものがあった。メーカーにこと細かな注文をつけるだけではあきたらず、最終的に出来あがってきたバットの重心を調整する為に、バットの表面をビール瓶の破片で薄皮を剥くように削るのだ。
聖良は、なんどかその作業を傍らで見たことがある。そこまで細やかな神経を使う気になれない聖良は真似しようとも思わず、ただ感心するばかりだったが。
「それって確か『先生』に教わったやり方ですよね」
再びの聖良の問いかけに、穂はこくりとうなずいた。
だが、その様子にはいつものような元気がない。
(『先生』の話をするだけで、いつもうれしそうにしてるのに、この頃はなんか変だなあ……)
話の接ぎ穂を失って聖良は困り顔で言葉を無くす。
先生、とは穂にとって野球の恩師であるトレーナー・菱谷圭一のことだ。
高校三年の夏まで陸上のホープと目されていた穂は、性染色体の異常という生まれついての障害を持っている。
医学上女性と認められないために国際大会などの大舞台に立てない以上に、子供を産めない身体である。それを知って深く傷ついた彼女の支えとなったのが、トレーニングコーチとして彼女の傍らにあった菱谷だったのだ。
今でも穂は菱谷のことを先生と呼んで慕っている。元々無邪気な性格の穂だが、菱谷の話をする時は特に目を輝かせて楽しげな様子なので、それを聞かされる立場の聖良も、つい微笑ましい気分になるのが常だった。
当時は接骨院で見習いのような立場にあった菱谷も、いまは独立してフィジカル・メンタル両面からスポーツ選手をサポートするトレーナー業を行っているという。
水沢穂をプロ野球選手に育てあげた、という実績が仕事を行う上でどれだけのプラスになっているかは、聖良も簡単に想像がついた。
それだけに、今の穂の態度は納得しがたい。
「なにか、あったんですか」
さすがに心配になって聖良が尋ねると、穂は我に返った表情になった。
「ううん。……今日の試合、先生が観に来るから、ちょっとね」
「そうだったんですか」
聖良は口元をほころばせて深く頷いた。穂の態度がようやく腑に落ちた気がしていた。
菱谷が観戦に来る事はあまりないから、きっといいところを見せたくて今から気負い、緊張しているのだろう、そう思ったのだ。
それが無邪気な誤解であることに聖良は数時間後に気づくことになる。
セカンドの守備につく聖良は何気なく一塁側の内野席に視線を向けていた。
観戦に来る菱谷の席のだいたいの場所は、穂から聞き出している。
守備位置についている以上、試合を放り出して人捜しをする訳にもいかない。ファランクスの打者が打席に入る合間にちらちらと伺う。そうこうしているうちに、二回表の攻撃終了直前に、何度か見て知っている菱谷の顔を見つけた。
ただ、彼の傍らには見慣れない女性がいた。偶然隣の席に座っているだけかとも思ったが、二人はあれこれと言葉をかわしているようにも見える。
(誰だろ?)
ファランクスの攻撃が終わり、ベンチに戻った聖良はさっそく穂に尋ねてみた。
「先生は誰を連れてきてるんです?」
「高校で、女子バスケット部の監督をしてる杉野さんって人。先生はコーチの仕事をしてるから、その関係」
ダグアウトの奥で、二人はベンチに並んで座った。
「じゃあ、先生の仕事先ってわけですか?」
横顔をのぞき込んで尋ねる聖良の問いに、穂はこくりとうなずいた。だが、その表情はなんとも暗い。
「女子バスケットかぁ。若いコがいっぱいだろうから、先生がちょっと心配ですね」
似合わないな、と思いつつ聖良は穂を笑わせようと冗談を飛ばした。もっとも、心の片隅では穂は本気で菱谷の浮気を心配しているのではないかという気持ちもあった。
だが、穂は首を左右に振った。
「そんなことは心配してない」
「はは、そりゃそうですよね――」
「だって、先生はもうすぐ、杉野さんと婚約するんだから」
うつむいた穂が、ぼそりと言った。聖良の表情が固まる。
「えっ? それって」
そう聞き返したものの、それ以上言葉が続かない。
「いいの。仕方のないことだから。わたしは……」
膝の上に載せた両手の指を絡ませながらのつぶやきは、懸命に自分に言い聞かせているように聖良には聞こえた。
しかし、なんと声をかけるべきか、何も思い浮かばない。ただ、いつも無邪気な穂の表情が、いつになく大人びているな、と場違いな思いだけが聖良の頭の中をぐるぐると巡っていた。
結局、ブルーウイングスはこの日も淡泊な攻撃に終始して敗戦し、五位のファランクスとのゲーム差が四と広がることとなった。
――第八話に続く
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